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第二十二章 反逆の序曲
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王都の夜は、不気味な静けさに包まれていた。だがその陰で、ひそかに刃が動き出していた。
「リディア・エヴァンズか…。亡きレオン・ウェルス伯爵の娘で、父亡き後は教会の孤児院に行き、そこでエヴァンズ辺境伯の目に留まり養女になった。ふん……あの娘、名前を変えて過去から逃れて生きると思っていた。だがまさか、あの敵の宰相と婚約して真実を暴くとは…全く、限り我々の計画は台無しだ」
侯爵ルベルクは執務室で呟いた。顔には仮面のような笑み。しかしその奥の目は、焦燥に揺れていた。
彼の背後には、黒衣をまとった刺客がひざまずいていた。
「命令を」
「リディア嬢を始末しろ。今宵中に、跡形もなくな」
刺客が静かに消えたあと、ルベルクはワイングラスを口に運んだ。赤い液体が、まるで血のように揺れる。
「――身の程知らずめ」
その頃、宰相邸の一室。リディアがかつて使っていた客間は、まるで彼女がまだそこにいるかのように整えられていた。窓にはレースのカーテン、机には彼女が好んでいたスミレの香油の小瓶。
だが、そこにいたのは――
「……来たな」
低く、鋭い声。闇の中から現れたのは、王太子直属の騎士団だった。
瞬間、部屋の窓が割られ、黒い影が飛び込んできた。
「――あ?」
次の瞬間、床に叩きつけられたのは、その刺客だった。
「遅かったな、ルベルク侯の使いよ」
剣を肩に担いだ青年騎士が、楽しげに言った。
「姫君はすでに別の場所へ。しっぽを振って追っても、骨しか見つからんぞ」
「……“しっぽを振る”って、刺客相手に言う言葉じゃないだろ」
後ろからもう一人の騎士が苦笑する。
だが、すべては計画通りだった。王太子の手によって、リディアは既に別の隠れ家――古い修道院の離れに匿われていた。
その隠れ家で、リディアは窓から夜空を見上げていた。
「……まったく。命を狙われるって、想像以上に胃に悪いのね」
側にいた女官が、お茶を差し出す。
「お嬢様、レモンバームティーです。お腹と……あと、心にも優しいですわ」
「ありがとう……もう、私ったら“反逆者に狙われる恋する乙女”じゃない?劇にでもして売れそうね」
そう呟きつつも、リディアの瞳は真剣だった。今宵が、すべての決着の始まりになると知っていたからだ。
――そして、地下牢。
重く冷たい空気の中、ヴァルトは独り、静かに目を閉じていた。彼の両手には、未だ鉄の枷がかけられている。けれど、その表情はどこか穏やかだった。
そのとき。
ギイ……と、扉が軋んだ音を立てて開いた。
「お前を牢に繋いでおくのは、もう限界のようだな」
その声に、ヴァルトは目を開けた。
「……レオンハルト殿下」
扉の向こうから現れたのは、王太子レオンハルト。そして彼の後ろには、堂々たる騎士たちが並んでいた。
「王が動く準備は整った。証拠も、証人も、物語もある。……リディア嬢が、君のために命を張ったんだ」
「……彼女が?」
ヴァルトの目が大きく見開かれた。そして、その唇に、かすかな笑みが浮かんだ。
「……あの子は、強いな。私より、ずっと……」
レオンハルトが頷く。
「だが、安心して彼女を任せておけるほど、私は甘くないぞ。彼女を守りたいなら……君にも動いてもらおうか、宰相ヴァルト」
「……承知した」
枷が外されたとき、ヴァルトは一瞬、手を胸に当てた。そこには、リディアが最後に渡した、彼女の黄色のスカーフが残っていた。
――夜明けは、近い。
「リディア・エヴァンズか…。亡きレオン・ウェルス伯爵の娘で、父亡き後は教会の孤児院に行き、そこでエヴァンズ辺境伯の目に留まり養女になった。ふん……あの娘、名前を変えて過去から逃れて生きると思っていた。だがまさか、あの敵の宰相と婚約して真実を暴くとは…全く、限り我々の計画は台無しだ」
侯爵ルベルクは執務室で呟いた。顔には仮面のような笑み。しかしその奥の目は、焦燥に揺れていた。
彼の背後には、黒衣をまとった刺客がひざまずいていた。
「命令を」
「リディア嬢を始末しろ。今宵中に、跡形もなくな」
刺客が静かに消えたあと、ルベルクはワイングラスを口に運んだ。赤い液体が、まるで血のように揺れる。
「――身の程知らずめ」
その頃、宰相邸の一室。リディアがかつて使っていた客間は、まるで彼女がまだそこにいるかのように整えられていた。窓にはレースのカーテン、机には彼女が好んでいたスミレの香油の小瓶。
だが、そこにいたのは――
「……来たな」
低く、鋭い声。闇の中から現れたのは、王太子直属の騎士団だった。
瞬間、部屋の窓が割られ、黒い影が飛び込んできた。
「――あ?」
次の瞬間、床に叩きつけられたのは、その刺客だった。
「遅かったな、ルベルク侯の使いよ」
剣を肩に担いだ青年騎士が、楽しげに言った。
「姫君はすでに別の場所へ。しっぽを振って追っても、骨しか見つからんぞ」
「……“しっぽを振る”って、刺客相手に言う言葉じゃないだろ」
後ろからもう一人の騎士が苦笑する。
だが、すべては計画通りだった。王太子の手によって、リディアは既に別の隠れ家――古い修道院の離れに匿われていた。
その隠れ家で、リディアは窓から夜空を見上げていた。
「……まったく。命を狙われるって、想像以上に胃に悪いのね」
側にいた女官が、お茶を差し出す。
「お嬢様、レモンバームティーです。お腹と……あと、心にも優しいですわ」
「ありがとう……もう、私ったら“反逆者に狙われる恋する乙女”じゃない?劇にでもして売れそうね」
そう呟きつつも、リディアの瞳は真剣だった。今宵が、すべての決着の始まりになると知っていたからだ。
――そして、地下牢。
重く冷たい空気の中、ヴァルトは独り、静かに目を閉じていた。彼の両手には、未だ鉄の枷がかけられている。けれど、その表情はどこか穏やかだった。
そのとき。
ギイ……と、扉が軋んだ音を立てて開いた。
「お前を牢に繋いでおくのは、もう限界のようだな」
その声に、ヴァルトは目を開けた。
「……レオンハルト殿下」
扉の向こうから現れたのは、王太子レオンハルト。そして彼の後ろには、堂々たる騎士たちが並んでいた。
「王が動く準備は整った。証拠も、証人も、物語もある。……リディア嬢が、君のために命を張ったんだ」
「……彼女が?」
ヴァルトの目が大きく見開かれた。そして、その唇に、かすかな笑みが浮かんだ。
「……あの子は、強いな。私より、ずっと……」
レオンハルトが頷く。
「だが、安心して彼女を任せておけるほど、私は甘くないぞ。彼女を守りたいなら……君にも動いてもらおうか、宰相ヴァルト」
「……承知した」
枷が外されたとき、ヴァルトは一瞬、手を胸に当てた。そこには、リディアが最後に渡した、彼女の黄色のスカーフが残っていた。
――夜明けは、近い。
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