【完結】運命をやり直す伯爵令嬢は、氷の婚約者を愛で溶かす

朝日みらい

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第三章 「半年前の朝」

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 眩しい朝日がまぶたを突き抜けて、私は思わずうめき声をあげてしまいました。

「……ううっ、夢……?」

 おかしい。どうして、こんなに手が温かいのでしょう。

 あの夜、絶望と涙の中で散ったはずの温もりが、まだ指先に残っている。なのに、カーテンが揺れる光景は――あの、懐かしい屋敷のもの。

「え……屋敷……? ここは……我が家」

 周囲を見渡すと、時計の針も日付も、“半年前”。

 頭が真っ白になりました。信じられない。けれど、手のひらに残る感覚だけは、現実よりも現実的で。

「……夢でも、やり直してみせます」

 思わず気合いの声が出てしまい、慌てて毛布に潜り込みました。

令嬢らしからぬ挙動ですが、もうそんなことは構っていられません。今度こそ、大切な人を、そして未来を守るのです。

「クラリッサ様、お目覚めですか」

 突然開いた扉の向こうには、執事のトーマスさん。

 あぁ、懐かしさで泣きそう。けれど泣いたら間違いなくヘンな空気になるので、涙は即封印です。

「はい! 今日も一日、全力で頑張ります」

 やたら気合いの入った令嬢(半年前リターン済み)です。

 トーマスさんが「?」という顔を浮かべていましたが、細かいことは気にしてはいけません。

 朝食後。母の厳しい美声とともに聞こえてきたのは、例の噂話です。

「氷の公子、今日も完璧だそうですよ」

「う、噂ですよね……割と不器用なころがたくさん……」

 紅茶を飲みながら返事をしようとした瞬間、咳き込み、カップをこぼしそうに。

慌ててハンカチで拭き、笑ってごまかしました。やり直し令嬢、早速挙動不審です。

 そして、運命を変える第一歩――社交界。

 これまでなら壁際でひっそりしていますが、今日は違います。

「アドリアンさま、本日はご多忙ですか? 少し、ご一緒しても……」

 自分から話しかけました。

「……珍しいな。君から話しかけに来るとは」

 心臓がバクバク。顔が赤いのがバレたら死ぬ……と思いながらも、必死に言葉を繋ぎます。

「い、いえ……たまには行動力も大事かと……」

 途端に、周囲がざわざわしています。あれ? 私、変なこと言いましたか?

 いや、違う。きっと「氷の公子」の隣でにこにこしている現象に社交界全員がびっくりしているのです。

「クラリッサ、今日はかなり積極的ね」

 アリシア嬢がすかさず近寄り、ウインクしてきます。

 援軍かと思いきや――

「さすが氷の公子の未来の妻。今夜の社交界、話題はクラリッサ嬢で持ちきりですねえ」

 ……やらかしてしまいました。

 でも負けません。だってこれは、運命を変える挑戦なのですから。

 その後、ほんの一瞬ですがアドリアンさまの腕に触れてしまい――

「す、すみません! わざとじゃなくて……」

「……構わないが」

 さりげなく手を重ねてくださって、指先がかすかに絡まる。

 その一瞬に心臓が悲鳴をあげるのに、彼は何事もなかったように冷静で。

 ――ずるいです。無自覚な優しさの破壊力は有罪です。


 そして夜の舞踏会。運命の舞台が再び訪れました。

「クラリッサ嬢、踊っていただけませんか?」

 現れたのは、あのライナス・ヴァルモント。優雅な微笑の裏に潜む、見え透いた邪悪な野心。

 誰にも気づかれぬよう、禁制品が運び込まれました。何か密輸の賊との関係を書いた証拠。それらを先にやられる前に手に入れさえすれば。
 
 ――あの悲劇は食い止められるはず。

「もちろんですわ……で、アドリアンさま、お隣で見ていらっしゃいますよね?」

 私の言葉に、ライナスは困惑気味、アドリアンはやはり不機嫌です。奇妙な三角空間……。

 ぎこちないステップで踊れば、案の定スカートがふわりと舞い、皆の視線が集中。前世なら顔から火が出るほど恥ずかしかったはずです。

 けれど今は違う。神様のおかげで、今、生きているのです。私は笑ってごまかし、失敗を楽しむ勇気を持てました。

「クラリッサ、怪我はないか?」

 踊り終えた瞬間、アドリアンさまが心配そうに駆け寄ってきてくださいます。

「怪我なんて大丈夫です! だって、アドリアンさまが――」

 ――生きている!

 思わず口に出しかけて、慌てて口を閉じました。危ない、調子に乗ると墓穴です。

 ……でも、全ては本心です。

「君は……何で泣いている」

「何でも……ないですわ」

 不思議そうに首を傾げる彼。その瞳が一瞬だけやわらかく揺らいだ気がして、私はハンカチで目頭を押さえながら、視線を落としました。

 遠くで、ライナスが小さく舌打ちをしています。
 
 その苛立ちが私の背筋を熱くしました――そう、彼こそが未来を狂わせた黒幕なら、上手く利用しましょう。

「ライナスさま、次に踊る時は、あなたのお屋敷にしませんか? 舞踏会はどうでしょう? 屋敷で焼け死んだ幽霊が生き返る怪談話でもします? きっと皆さまゾッとしますわ」

「……それは、楽しみだな」

 変な汗をかきながら遠ざかる彼。

 戦いにはならなかったけれど、これは私なりのささやかな反撃でした。

 その夜。帰宅した私は鏡の前に立ち、ひとり決意を新たにしました。

「これでいいんでしょうか、前の私」

 ――いや、今度こそ。

「大切な人を守るためなら、笑われても、変わり者と呼ばれても構わない」

 鏡の中の自分に誓いを立てる。

 今、確かに運命の歯車が動き出している――そう信じて。
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