【完結】仮面夫婦ですが、今日も毒舌が止まりません

朝日みらい

文字の大きさ
3 / 11

第3章:仮面夫婦の幕開け

しおりを挟む
 ドレスの裾を優雅に揺らしながら、わたくしは舞踏会のホールを歩いておりました。

「まあ、奥様ったら、まるで貴婦人のお手本ですこと」

「アーデン伯爵に相応しいご婦人ね。さすがですわ」

 取り巻く令嬢たちの笑顔と称賛の言葉に、わたくしは微笑みを返します。

頬には柔らかな笑み、瞳には少しの謙遜。

そう、“完璧”な伯爵夫人を演じるには慣れておりますので。

(ええ、すべて芝居ですわ)

 伯爵家の面子、社交界のバランス、家の名誉。

それを守るためなら、微笑むくらい簡単ですもの。

***

 結婚式から一週間。

レオニス様とは表向き、申し分のない夫婦として振る舞ってまいりました。

 舞踏会では腕を組み、晩餐会ではグラスを交わし、訪問客の前では互いに微笑む。

ですが、寝室は別、会話は必要最小限。

まるで豪華な舞台の上での共演者です。

「君は、なぜこんなにも冷静なんだ?」

 ある晩、二人きりの書斎でレオニス様がぽつりと問いました。

まるで、本物の感情を探るようなその眼差し。

「期待しなければ、落胆することもありませんわ」

 そう返すと、彼はしばらく黙りこんで、わずかに視線を伏せました。

静かなその仕草が、かえってわたくしの胸を少しだけざわつかせます。

(何を考えていらっしゃるの……?)

 心が揺れそうになったので、そっと紅茶をすすいで、無理やり意識を冷静に戻しました。

***

 しかしその“冷静さ”は、社交界ではむしろ好評でした。

「クラリス様、あの侯爵夫人にも物怖じなさらず、会話なさるなんて!」

「物言いには気品があるのに、どこか毒も混じっていて素敵ですわ」

 そう言われて、わたくしは「ふふ、光栄ですわ」と微笑み返しながら、こう思っておりました。

(毒、というより、諦めに近いものですけれど)

 それでも令嬢方の間では、“アーデン伯爵夫人・クラリス”の評判は上々です。

わたくしの刺のある言葉遣いが妙に受けてしまって、知らぬ間に「淡々系毒舌令嬢」などという呼ばれ方をされているらしいのです。

(なにそれ。わたくし、毒草か何かかしら)

***

 一方、レオニス様はというと――社交の場では完璧な紳士ぶり。

ですが、その距離感はどうにも掴みづらくて、近いようで遠いのです。

 わたくしが令嬢方に囲まれているときなど、彼は少し離れた場所からぼんやりと見つめているようで。

「彼女は、私の知らない顔をいくつ持っているんだ?」

 夜、誰もいない寝室で彼がぽつりとこぼした言葉。

それを偶然、わたくしは部屋の前で聞いてしまいました。

 そう言われて、わたくしはノックもせずに扉を開けました。

「ご存じない顔は、まだいくつか残っておりますわ。ですが、知ろうとするなら……演技くらいはします」

「演技?」

「ええ。明日の晩餐会、伯爵家の面子を保つために、『仲の良い夫婦』を演じていただけませんか?」

 そう申し上げると、レオニス様は少し目を細めて言いました。

「……善処しよう」

 その言葉は少しだけ硬く、それでいてほんの少し、柔らかさを含んでいました。

(あら、今の返事。少しだけ本気に聞こえましたわ)

「ふふ、それはご丁寧に。では、明晩よろしくお願いしますわね、伯爵さま」

 わたくしは軽やかに言葉を告げてから、寝室をあとにしました。

***

 その夜、廊下を歩きながら、ふと思い出したのです。

 結婚前、父に言われた言葉――“期待しなければ、失望しない”。

その通りですわ。

期待など、最初から捨ててしまえばよろしいのです。

 でも、もし万が一、この仮面夫婦に“ほんの少しの感情”が入り込むようなことがあれば……そのとき、わたくしはどうすればよいのでしょう。

(困りましたわね。わたくし、その手のマニュアルは持っておりません)

 とりあえず、今は晩餐会で“最も理想的な夫婦像”を演じなければならないのです。

 そして翌日。

 晩餐会の準備に追われる屋敷の中、わたくしのもとへ一枚の招待状が届きました。

「……レイナ・フローレス嬢、来訪予定」

(あら。ついに、噂の“愛人令嬢”が直々にご訪問とは。これはなかなか賑やかになりそうですわね)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の長所はスタイルだけってあんまりですのよ!

神楽坂ゆい
恋愛
伯爵令嬢のレナータは、“悪役令嬢”として王都中で噂の的。公爵令嬢であるヒロインをいびり、婚約者である王太子の心を掴めずに振り回し――いつか破滅する運命にある……と言われ続けていた。

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない

エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい 最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。 でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

「誰もお前なんか愛さない」と笑われたけど、隣国の王が即プロポーズしてきました

ゆっこ
恋愛
「アンナ・リヴィエール、貴様との婚約は、今日をもって破棄する!」  王城の大広間に響いた声を、私は冷静に見つめていた。  誰よりも愛していた婚約者、レオンハルト王太子が、冷たい笑みを浮かべて私を断罪する。 「お前は地味で、つまらなくて、礼儀ばかりの女だ。華もない。……誰もお前なんか愛さないさ」  笑い声が響く。  取り巻きの令嬢たちが、まるで待っていたかのように口元を隠して嘲笑した。  胸が痛んだ。  けれど涙は出なかった。もう、心が乾いていたからだ。

元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?

3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。 相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。 あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。 それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。 だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。 その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。 その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。 だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。

処理中です...