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第四章 告白と断罪の理由
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階段での事件のあと、わたしの心は未だ重たく揺れていました。あの場はレオネル殿下やセシリアが必死に庇ってくださったおかげで最悪を免れましたが、胸のざわめきは消えません。どこに潜むかも分からない影に怯え、息を潜める日々。
「どうして……わたしはただ、目立たず平穏に……それだけを願っているのに」
そんな不安を抱えたまま、数日が過ぎました。
転機は、学園の温室で訪れました。
夕暮れどき、人けのない温室。花々の甘い香りが満ち、窓越しの茜色の光がガラスを透かして、きらきらと舞い踊る塵を照らしていました。誰もいない静寂の中、そこに彼は待ち構えていたのです。侯爵令息イザーク様。
「クラリッサ・ヴァレンティーナ」
冷たい声に呼び止められて、思わず背筋がぞくりと震えました。
すらりとした立ち姿に金色の髪、氷のように鋭い眼差し。周囲を牽制するかのように背筋を伸ばしたその姿に、息を呑みます。
「な、なんのご用でしょうか……?」
「用件は一つ。……断罪だ」
「っ……!」
今にも心臓が潰れそうでした。冗談やからかいではない、本気の声音。わたしの背後で、植木鉢を世話していた猫(いつの間にか紛れ込んでいたのです)が“にゃあ”と鳴く音だけが、恐怖の沈黙をかろうじて和らげました。
「お前に罪がある」
イザークの視線が鋭くわたしを射抜く。
逃げ出したくなる気持ちを押し殺しながら、問い返しました。
「わ、わたしはもう変わり……!」
「――変わった、か? だがなクラリッサ、加害者はすぐ忘れるものだ」
ぎり、と彼の歯ぎしりが聞こえるほどでした。
そして言葉は、鋭い刃のように容赦なくわたしに突き刺さりました。
「お前はかつて、我が妹を公衆の面前で辱めた。彼女を泣かせ、“劣った娘”だと笑った」
その瞬間。脳裏に、ぼやけた絵のような映像が広がっていきました。
取り巻きの悪友たちに囲まれ、傲慢に高笑いしているわたし。その視線の先に、たった一人で肩を震わせ、泣きじゃくる小さな少女の姿がありました。その子の金色の髪は、まるで夕焼けの光を映したかのように美しく輝いていて――その光景は、今のセシリアと重なって見えました。
手の震えが止まりません。
忘れたかった過去が、容赦なく現実に突きつけられる。
「お前がどれほど取り繕おうと、優しさを装おうと……罪が消えると思うな」
「……っ!」
胸の奥が抉られる気持ちでした。セシリアに慕われても、殿下に庇われても、そのすべては偽善で――過去の報いからは逃れられない。
「だから俺は、お前を赦すつもりはない。……必ず、裁いてみせる」
そう吐き捨てるイザーク様の声音に、わたしは膝が崩れそうになりました。
「そこまでだ」
低く落ち着いた声が温室を満たした瞬間、わたしの腕が強く引かれました。
背後に広がる温もり。驚いて振り返れば、そこには――レオネル殿下の姿が。
「レオネル……殿下!」
「クラリッサを追い詰めるな。彼女は変わった。過去を持ち出すなら、堂々と公の場でするがいい」
「っ……」
イザークの顔が怒りと歪みで影を落とす。けれど、殿下はわたしを抱き寄せたまま、まるで盾のように立ちはだかってくださったのです。
殿下の腕の中で、わたしは必死に声を殺しました。
頬に触れる大きな手、その暖かさに、嗚咽が漏れそうになる。
「君は……罪に縛られる必要はない。僕が、必ず守る」
耳元に響いた囁きはひどくまっすぐで――反して、涙の衝動は抑えられませんでした。
「けれどわたし……本当に変われるんでしょうか」
「イザーク様の言葉は……正しいわ。わたしはかつて、たくさんの人を泣かせた。だから……」
心臓が苦しいほどに痛む。
わたしは殿下の胸に縋り、思わず小さく呟きました。
「……贖える日は来るのでしょうか」
わたしの問いに、殿下はわずかに目を細めて、優しく髪を撫でてくださいました。
「贖罪じゃなくていい。変わろうとする君を、僕は見ている。――それで十分だ」
胸の奥で、なにかが音を立てて揺れる。それは、古い殻が剥がれ落ちるような、柔らかな響きでした。
わたしは泣き笑いみたいに俯いて、小さく頷きました。
けれどイザークの瞳には、なお消えぬ憎しみの影が残っていました。
そして彼は宣言したのです。
「次の学園祭――その舞台で、俺はお前を断罪してやる」
夕暮れの光がその金の髪を照らし、冷ややかに輝く。
それは、逃れられぬ“決戦の予告”にしか見えませんでした。
「学園祭の場で……皆の前で……」
崩れ落ちそうな恐怖に震えるわたしを、殿下はぎゅっと抱きしめてくださったまま――温室の空気は、静かにけれど嵐の前触れのように張りつめていたのでした。
「どうして……わたしはただ、目立たず平穏に……それだけを願っているのに」
そんな不安を抱えたまま、数日が過ぎました。
転機は、学園の温室で訪れました。
夕暮れどき、人けのない温室。花々の甘い香りが満ち、窓越しの茜色の光がガラスを透かして、きらきらと舞い踊る塵を照らしていました。誰もいない静寂の中、そこに彼は待ち構えていたのです。侯爵令息イザーク様。
「クラリッサ・ヴァレンティーナ」
冷たい声に呼び止められて、思わず背筋がぞくりと震えました。
すらりとした立ち姿に金色の髪、氷のように鋭い眼差し。周囲を牽制するかのように背筋を伸ばしたその姿に、息を呑みます。
「な、なんのご用でしょうか……?」
「用件は一つ。……断罪だ」
「っ……!」
今にも心臓が潰れそうでした。冗談やからかいではない、本気の声音。わたしの背後で、植木鉢を世話していた猫(いつの間にか紛れ込んでいたのです)が“にゃあ”と鳴く音だけが、恐怖の沈黙をかろうじて和らげました。
「お前に罪がある」
イザークの視線が鋭くわたしを射抜く。
逃げ出したくなる気持ちを押し殺しながら、問い返しました。
「わ、わたしはもう変わり……!」
「――変わった、か? だがなクラリッサ、加害者はすぐ忘れるものだ」
ぎり、と彼の歯ぎしりが聞こえるほどでした。
そして言葉は、鋭い刃のように容赦なくわたしに突き刺さりました。
「お前はかつて、我が妹を公衆の面前で辱めた。彼女を泣かせ、“劣った娘”だと笑った」
その瞬間。脳裏に、ぼやけた絵のような映像が広がっていきました。
取り巻きの悪友たちに囲まれ、傲慢に高笑いしているわたし。その視線の先に、たった一人で肩を震わせ、泣きじゃくる小さな少女の姿がありました。その子の金色の髪は、まるで夕焼けの光を映したかのように美しく輝いていて――その光景は、今のセシリアと重なって見えました。
手の震えが止まりません。
忘れたかった過去が、容赦なく現実に突きつけられる。
「お前がどれほど取り繕おうと、優しさを装おうと……罪が消えると思うな」
「……っ!」
胸の奥が抉られる気持ちでした。セシリアに慕われても、殿下に庇われても、そのすべては偽善で――過去の報いからは逃れられない。
「だから俺は、お前を赦すつもりはない。……必ず、裁いてみせる」
そう吐き捨てるイザーク様の声音に、わたしは膝が崩れそうになりました。
「そこまでだ」
低く落ち着いた声が温室を満たした瞬間、わたしの腕が強く引かれました。
背後に広がる温もり。驚いて振り返れば、そこには――レオネル殿下の姿が。
「レオネル……殿下!」
「クラリッサを追い詰めるな。彼女は変わった。過去を持ち出すなら、堂々と公の場でするがいい」
「っ……」
イザークの顔が怒りと歪みで影を落とす。けれど、殿下はわたしを抱き寄せたまま、まるで盾のように立ちはだかってくださったのです。
殿下の腕の中で、わたしは必死に声を殺しました。
頬に触れる大きな手、その暖かさに、嗚咽が漏れそうになる。
「君は……罪に縛られる必要はない。僕が、必ず守る」
耳元に響いた囁きはひどくまっすぐで――反して、涙の衝動は抑えられませんでした。
「けれどわたし……本当に変われるんでしょうか」
「イザーク様の言葉は……正しいわ。わたしはかつて、たくさんの人を泣かせた。だから……」
心臓が苦しいほどに痛む。
わたしは殿下の胸に縋り、思わず小さく呟きました。
「……贖える日は来るのでしょうか」
わたしの問いに、殿下はわずかに目を細めて、優しく髪を撫でてくださいました。
「贖罪じゃなくていい。変わろうとする君を、僕は見ている。――それで十分だ」
胸の奥で、なにかが音を立てて揺れる。それは、古い殻が剥がれ落ちるような、柔らかな響きでした。
わたしは泣き笑いみたいに俯いて、小さく頷きました。
けれどイザークの瞳には、なお消えぬ憎しみの影が残っていました。
そして彼は宣言したのです。
「次の学園祭――その舞台で、俺はお前を断罪してやる」
夕暮れの光がその金の髪を照らし、冷ややかに輝く。
それは、逃れられぬ“決戦の予告”にしか見えませんでした。
「学園祭の場で……皆の前で……」
崩れ落ちそうな恐怖に震えるわたしを、殿下はぎゅっと抱きしめてくださったまま――温室の空気は、静かにけれど嵐の前触れのように張りつめていたのでした。
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