【完結】嫌われ令嬢のはずなのに、姉様と慕われ、王子に愛されてます!? ― 過去の罪と向き合う転生の物語―

朝日みらい

文字の大きさ
4 / 6

第四章 告白と断罪の理由

しおりを挟む
 階段での事件のあと、わたしの心は未だ重たく揺れていました。あの場はレオネル殿下やセシリアが必死に庇ってくださったおかげで最悪を免れましたが、胸のざわめきは消えません。どこに潜むかも分からない影に怯え、息を潜める日々。

​「どうして……わたしはただ、目立たず平穏に……それだけを願っているのに」

​ そんな不安を抱えたまま、数日が過ぎました。

 ​転機は、学園の温室で訪れました。
​夕暮れどき、人けのない温室。花々の甘い香りが満ち、窓越しの茜色の光がガラスを透かして、きらきらと舞い踊る塵を照らしていました。誰もいない静寂の中、そこに彼は待ち構えていたのです。侯爵令息イザーク様。

​「クラリッサ・ヴァレンティーナ」

 ​冷たい声に呼び止められて、思わず背筋がぞくりと震えました。

​すらりとした立ち姿に金色の髪、氷のように鋭い眼差し。周囲を牽制するかのように背筋を伸ばしたその姿に、息を呑みます。

​「な、なんのご用でしょうか……?」

​「用件は一つ。……断罪だ」

​「っ……!」

 ​今にも心臓が潰れそうでした。冗談やからかいではない、本気の声音。わたしの背後で、植木鉢を世話していた猫(いつの間にか紛れ込んでいたのです)が“にゃあ”と鳴く音だけが、恐怖の沈黙をかろうじて和らげました。

​「お前に罪がある」

 ​イザークの視線が鋭くわたしを射抜く。

​逃げ出したくなる気持ちを押し殺しながら、問い返しました。

​「わ、わたしはもう変わり……!」

​「――変わった、か? だがなクラリッサ、加害者はすぐ忘れるものだ」

 ​ぎり、と彼の歯ぎしりが聞こえるほどでした。

​そして言葉は、鋭い刃のように容赦なくわたしに突き刺さりました。

​「お前はかつて、我が妹を公衆の面前で辱めた。彼女を泣かせ、“劣った娘”だと笑った」

​ その瞬間。脳裏に、ぼやけた絵のような映像が広がっていきました。

​取り巻きの悪友たちに囲まれ、傲慢に高笑いしているわたし。その視線の先に、たった一人で肩を震わせ、泣きじゃくる小さな少女の姿がありました。その子の金色の髪は、まるで夕焼けの光を映したかのように美しく輝いていて――その光景は、今のセシリアと重なって見えました。

 ​手の震えが止まりません。

​忘れたかった過去が、容赦なく現実に突きつけられる。

​「お前がどれほど取り繕おうと、優しさを装おうと……罪が消えると思うな」

​「……っ!」

 ​胸の奥が抉られる気持ちでした。セシリアに慕われても、殿下に庇われても、そのすべては偽善で――過去の報いからは逃れられない。

​「だから俺は、お前を赦すつもりはない。……必ず、裁いてみせる」

​そう吐き捨てるイザーク様の声音に、わたしは膝が崩れそうになりました。

​「そこまでだ」

​ 低く落ち着いた声が温室を満たした瞬間、わたしの腕が強く引かれました。

​背後に広がる温もり。驚いて振り返れば、そこには――レオネル殿下の姿が。

​「レオネル……殿下!」

​「クラリッサを追い詰めるな。彼女は変わった。過去を持ち出すなら、堂々と公の場でするがいい」

​「っ……」

 ​イザークの顔が怒りと歪みで影を落とす。けれど、殿下はわたしを抱き寄せたまま、まるで盾のように立ちはだかってくださったのです。

 ​殿下の腕の中で、わたしは必死に声を殺しました。

​頬に触れる大きな手、その暖かさに、嗚咽が漏れそうになる。

​「君は……罪に縛られる必要はない。僕が、必ず守る」

 ​耳元に響いた囁きはひどくまっすぐで――反して、涙の衝動は抑えられませんでした。

​「けれどわたし……本当に変われるんでしょうか」

​「イザーク様の言葉は……正しいわ。わたしはかつて、たくさんの人を泣かせた。だから……」

​ 心臓が苦しいほどに痛む。

​わたしは殿下の胸に縋り、思わず小さく呟きました。

​「……贖える日は来るのでしょうか」

​ わたしの問いに、殿下はわずかに目を細めて、優しく髪を撫でてくださいました。

​「贖罪じゃなくていい。変わろうとする君を、僕は見ている。――それで十分だ」

 ​胸の奥で、なにかが音を立てて揺れる。それは、古い殻が剥がれ落ちるような、柔らかな響きでした。

​わたしは泣き笑いみたいに俯いて、小さく頷きました。

​ けれどイザークの瞳には、なお消えぬ憎しみの影が残っていました。

​ そして彼は宣言したのです。

​「次の学園祭――その舞台で、俺はお前を断罪してやる」

​ 夕暮れの光がその金の髪を照らし、冷ややかに輝く。

​それは、逃れられぬ“決戦の予告”にしか見えませんでした。

​「学園祭の場で……皆の前で……」

​ 崩れ落ちそうな恐怖に震えるわたしを、殿下はぎゅっと抱きしめてくださったまま――温室の空気は、静かにけれど嵐の前触れのように張りつめていたのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「陛下、子種を要求します!」~陛下に離縁され追放される七日の間にかなえたい、わたしのたったひとつの願い事。その五年後……~

ぽんた
恋愛
「七日の後に離縁の上、実質上追放を言い渡す。そのあとは、おまえは王都から連れだされることになる。人質であるおまえを断罪したがる連中がいるのでな。信用のおける者に生活できるだけの金貨を渡し、託している。七日間だ。おまえの国を攻略し、おまえを人質に差し出した父王と母后を処分したわが軍が戻ってくる。そのあと、おまえは命以外のすべてを失うことになる」 その日、わたしは内密に告げられた。小国から人質として嫁いだ親子ほど年齢の離れた国王である夫に。 わたしは決意した。ぜったいに願いをかなえよう。たったひとつの望みを陛下にかなえてもらおう。 そう。わたしには陛下から授かりたいものがある。 陛下から与えてほしいたったひとつのものがある。 この物語は、その五年後のこと。 ※ハッピーエンド確約。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

婚約破棄されたので、辺境で「魔力回復カフェ」はじめます〜冷徹な辺境伯様ともふもふ聖獣が、私の絶品ご飯に夢中なようです〜

咲月ねむと
恋愛
「君との婚約を破棄する!」 料理好きの日本人だった前世の記憶を持つ公爵令嬢レティシアは、ある日、王太子から婚約破棄を言い渡される。 身に覚えのない罪を着せられ、辺境のボロ別荘へ追放……と思いきや、レティシアは内心ガッツポーズ! 「これで堅苦しい妃教育から解放される! 今日から料理三昧よ!」 彼女は念願だったカフェ『陽だまり亭』をオープン。 前世のレシピと、本人無自覚の『魔力回復スパイス』たっぷりの手料理は、疲れた冒険者や町の人々を瞬く間に虜にしていく。 そんな店に現れたのは、この地を治める「氷の騎士」こと辺境伯ジークフリート。 冷徹で恐ろしいと噂される彼だったが、レティシアの作った唐揚げやプリンを食べた瞬間、その氷の表情が溶け出して――? 「……美味い。この味を、一生求めていた気がする」 (ただの定食なんですけど、大げさすぎません?) 強面だけど実は甘党な辺境伯様に胃袋を掴んで求婚され、拾った白い子犬には懐かれ、レティシアの辺境ライフは毎日がお祭り騒ぎ! 一方、彼女を捨てた王太子と自称聖女は、レティシアの加護が消えたことでご飯が不味くなり、不幸のどん底へ。 「戻ってきてくれ」と泣きつかれても、もう知りません。 私は最強の旦那様と、温かいご飯を食べて幸せになりますので。 ※本作は小説家になろう様でも掲載しています。ちなみに以前投稿していた作品のリメイクにもなります。

白い結婚のはずが、騎士様の独占欲が強すぎます! すれ違いから始まる溺愛逆転劇

鍛高譚
恋愛
婚約破棄された令嬢リオナは、家の体面を守るため、幼なじみであり王国騎士でもあるカイルと「白い結婚」をすることになった。 お互い干渉しない、心も体も自由な結婚生活――そのはずだった。 ……少なくとも、リオナはそう信じていた。 ところが結婚後、カイルの様子がおかしい。 距離を取るどころか、妙に優しくて、時に甘くて、そしてなぜか他の男性が近づくと怒る。 「お前は俺の妻だ。離れようなんて、思うなよ」 どうしてそんな顔をするのか、どうしてそんなに真剣に見つめてくるのか。 “白い結婚”のはずなのに、リオナの胸は日に日にざわついていく。 すれ違い、誤解、嫉妬。 そして社交界で起きた陰謀事件をきっかけに、カイルはとうとう本心を隠せなくなる。 「……ずっと好きだった。諦めるつもりなんてない」 そんなはずじゃなかったのに。 曖昧にしていたのは、むしろリオナのほうだった。 白い結婚から始まる、幼なじみ騎士の不器用で激しい独占欲。 鈍感な令嬢リオナが少しずつ自分の気持ちに気づいていく、溺愛逆転ラブストーリー。 「ゆっくりでいい。お前の歩幅に合わせる」 「……はい。私も、カイルと歩きたいです」 二人は“白い結婚”の先に、本当の夫婦を選んでいく――。 -

断罪された私ですが、気づけば辺境の村で「パン屋の奥さん」扱いされていて、旦那様(公爵)が店番してます

さら
恋愛
王都の社交界で冤罪を着せられ、断罪とともに婚約破棄・追放を言い渡された元公爵令嬢リディア。行き場を失い、辺境の村で倒れた彼女を救ったのは、素性を隠してパン屋を営む寡黙な男・カイだった。 パン作りを手伝ううちに、村人たちは自然とリディアを「パン屋の奥さん」と呼び始める。戸惑いながらも、村人の笑顔や子どもたちの無邪気な声に触れ、リディアの心は少しずつほどけていく。だが、かつての知り合いが王都から現れ、彼女を嘲ることで再び過去の影が迫る。 そのときカイは、ためらうことなく「彼女は俺の妻だ」と庇い立てる。さらに村を襲う盗賊を二人で退けたことで、リディアは初めて「ここにいる意味」を実感する。断罪された悪女ではなく、パンを焼き、笑顔を届ける“私”として。 そして、カイの真実の想いが告げられる。辺境を守り続けた公爵である彼が選んだのは、過去を失った令嬢ではなく、今を生きるリディアその人。村人に祝福され、二人は本当の「パン屋の夫婦」となり、温かな香りに包まれた新しい日々を歩み始めるのだった。

氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!

柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」 『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。 セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。 しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。 だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

メイド令嬢は毎日磨いていた石像(救国の英雄)に求婚されていますが、粗大ゴミの回収は明日です

有沢楓花
恋愛
エセル・エヴァット男爵令嬢は、二つの意味で名が知られている。 ひとつめは、金遣いの荒い実家から追い出された可哀想な令嬢として。ふたつめは、何でも綺麗にしてしまう凄腕メイドとして。 高給を求めるエセルの次の職場は、郊外にある老伯爵の汚屋敷。 モノに溢れる家の終活を手伝って欲しいとの依頼だが――彼の偉大な魔法使いのご先祖様が残した、屋敷のガラクタは一筋縄ではいかないものばかり。 高価な絵画は勝手に話し出し、鎧はくすぐったがって身よじるし……ご先祖様の石像は、エセルに求婚までしてくるのだ。 「毎日磨いてくれてありがとう。結婚してほしい」 「石像と結婚できません。それに伯爵は、あなたを魔法資源局の粗大ゴミに申し込み済みです」 そんな時、エセルを後妻に貰いにきた、という男たちが現れて連れ去ろうとし……。 ――かつての救国の英雄は、埃まみれでひとりぼっちなのでした。 この作品は他サイトにも掲載しています。

本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます

氷雨そら
恋愛
 本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。 「君が番だ! 間違いない」 (番とは……!)  今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。  本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...