【完結】前世で命を捧げた聖女、今世は侯爵令嬢。冷たい学院教師がかつての騎士様でした!?

朝日みらい

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第11章 決戦、そして未来へ

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 儀式を中断させたのは、学院へ迫る魔物襲来の報せでした。

 大広間の中は一気に騒然となり、貴族たちは顔を青くして混乱するばかり。

神官たちは祈りの言葉を唱えるに留まり、騎士団員たちだけが慌ただしく外へ駆け出していきます。

「学院を包囲するほどの数だと!?」

「こんな時に、城都からの援軍は──!?」

 不安の声が飛び交うその中心で、わたしはレオン先生の手に強く包まれていました。

「……セリーナ」

 低く呼ばれ、わたしは先生を見上げました。

灰色の瞳は静かに燃えていて、恐怖よりも決意で満ちていました。

「ここから先は地獄だ。だが俺は、必ず君を守る」

 その言葉が全身を震わせます。思わず唇を噛み、頷きました。

「わたしも──もう逃げません。わたしの力で学院を守ってみせます」

 聖女の印が、手の甲から強い光を放ち始めました。


 外に出ると、雨上がりの空の下に黒い影がうごめいていました。

 魔物の群れ。かつて記録で読んだ以上の数。牙と爪を光らせ、うねるようにして学院を取り囲んでいます。

「きゃあああっ!」

「結界はまだ張れていないのか!?」

 生徒たちの悲鳴。騎士たちが次々に剣を抜きます。

 その中で、レオン先生はひとり高く剣を掲げました。

 いつの間にか彼の手には、かつてと同じ“騎士アレン”の剣が握られていたのです。

「退け! この場は俺が抑える!」

 鋭い声に一瞬場が静まり、次いで勇気を取り戻した騎士たちが「おおっ!」と声をあげました。

 灰色の瞳に迷いはなく、漆黒の外套を翻し魔物の群れに切り込む様は、まさに戦場に舞い戻った騎士。

息を呑むほどに凛々しくて、わたしの胸を高鳴らせました。

(……アレン様)

 呼びそうになったその名を、慌てて飲み込みました。

 でも確かにそこにいたのは、前世の騎士であり、今世でわたしの大切な教師──レオン先生。


「セリーナ嬢!」

 背後から声が飛び、振り返ると、留学生のエリオット殿下が駆け寄ってくるのが見えました。

「君は聖女だろう? 君の力がなければ結界を張れない! 我々が時間を稼ぐ、その間に!」

 青い瞳は必死に輝いていました。

 彼もまた、迷いなく剣を構え、一歩も引かぬ覚悟を示しているのです。

「殿下……ありがとうございます」

 ひととき彼と視線を交わし、わたしは心を決めました。

(そうだ、今がその時──!)

 胸に手を当て、印を掲げると、眩い光が学院全体を包み始めました。

「聖女の結界を……!」

「これで持ちこたえられるぞ!」

 希望の声が次々にあがります。

 光の壁は魔物の群れを押し返し、学院を守護しました。

 けれど、その光は同時にわたしの体力を激しく奪っていきます。

「はっ……くっ……」

 息が荒くなり、立っているのがやっとに。


「セリーナ!」

 鋭い声とともに、強い腕がわたしを抱きとめました。

 振り返るより早く、レオン先生の胸に引き寄せられます。

「無理をするな。結界は俺が守る。お前は命を削る必要はない」

「でも……これ以上放っておけば!」

「わかっている。だが、一人で背負うな」

 髪を撫でられ、頬にそっと触れられる。

 凛烈な戦場の空気の中で、その仕草だけが甘くて、わたしは涙が零れそうになりました。

「では……一緒に」

「ああ」

 次の瞬間、彼の手がわたしの手を強く握りました。


 魂が共鳴したように、胸の奥が熱く輝きました。

 先生の灰色の瞳が、わたしの金色の光を映して強く燃え上がります。

「ならば、俺の剣と君の光で、運命を変える!」

「はい!」

 声を合わせると、光と刃が重なり合いました。

 学院を覆う結界は一層強く、そして美しく輝きを増し、魔物の群れは一斉に咆哮を上げます。


 光の結界を起点に、学院全体が聖なる輝きに包まれました。

 けれど魔物たちは怯むどころかますます凶暴さを増し、幾重にも重なって突進してきます。

結界がびりびりと震え、金色の光に黒い爪が突き刺さっては火花を散らしました。

「っ……セリーナ!」

 わたしの手を握った先生の声が鋭くわたしを引き戻す。

「集中しろ。お前の力は俺の剣に重ねろ!」

「はい!」

 結界を維持しながら、わたしは手のひらから光を放って先生の剣に注ぎ込みます。

たちまち灰色の刃が眩しく輝き、焔のような光を帯びました。

「ハァッ!」

 先生が振り抜くと、光刃が空を裂き、迫る魔物の群れを一閃でまとめて焼き払った。

「な……なんという力だ!」

「聖女と……氷の教師が共鳴している!?」

 騎士や生徒たちが息を呑んで見守ります。

 でも、まだ終わりではありませんでした。


 結界の外側で、ひときわ大きな影がうごめきました。

 黒い甲殻の巨躯、血色の目をぎらつかせたそれは、群れを率いる“主”の魔物。

 咆哮だけで空気が震え、恐怖で何人かが膝をつくほどの存在感でした。

「これが……大いなる魔獣……!」

 わたしも思わず声を震わせます。

 しかしレオン先生はただ一歩、前へ進み出ました。

「セリーナ、怖れるな。俺が前に立つ。その後ろで、お前は光を解き放て」

 その背中に、ぐっと胸が熱くなります。

(どんな時も、こうして前に立って……守ってくれる)

 けれどもう、それだけに頼る私ではありません。

「いいえ、先生。一緒に戦います。わたしを守るだけじゃなくて──共に!」

 力を込めて言い切ると、先生はわずかに目を見開き、そして小さく笑いました。

「……そうだったな。君はもう、俺の“守られる存在”じゃない」


 魔獣が結界に巨大な腕を叩きつけた瞬間。

「──いま!」

 わたしは全身の力を解き放ちました。

 印が輝き、学院の空全体が金色の光に染まります。

 先生はその光を剣に宿し、跳躍しました。

「おおおおッ!」

 雷鳴のような咆哮とともに、光の剣が闇を切り裂きました。

 魔獣の甲殻が砕け、白い閃光が走る。

 しかし魔獣はまだ吠え、爪を振り下ろそうとする──その時。

「……セリーナ!」

 強く握られた手から、想いが流れ込んできました。

 わたしたちの心が、鼓動が、完全に重なり合った瞬間。

「この学院を……未来を救う!」

 二人の声が重なり、光と刃がひとつとなって奔流を描きました。


 黄金の嵐が魔獣を包み込みました。

 闇すら焼き尽くすような光が炸裂し、巨体は断末魔とともに溶けていく。

 その瞬間、どこからか聖歌のような風が吹き抜け──。

 わたしは悟りました。

(これは……“運命”が変わる瞬間)
 

「……終わったのか」

 静まり返った学院の広場。

 結界も霧のように消え、残るのは晴れ渡る空と、互いに支え合う二人の姿でした。

 ふと気づくと、まだ先生に腕の中で抱きかかえられていて、顔が熱くなるほど近く。

「せ、先生……みんな見ています!」

「構わない」

 平然とした顔で髪を撫でられ、思わず赤面してしまいました。

「俺は誓っただろう。今度こそ、二度と君を失わないと」

「……っ」

 涙がまた、零れました。

 でもその涙は、前のような絶望ではなく、確かに“希望”の熱でした。
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