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第1章「呪われし王太子、蒼月の塔を訪う」
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その夜、塔を包む月光は、いっそう青白く、まるで世界の悲しみを吸い込んだかのように冷たかった。
いつものように、わたくしは水晶窓から外を見下ろし、夜空を渡る星々に目を細めていました。
人の世から遠ざかって、もう何百年も経ちます。誰も寄せつけぬこの『蒼月の塔』こそ、わたくしの心の砦。二度と誰かを愛すまいと誓ったからこそ、この幽閉のような孤独を選んだのです。
なぜなら――わたくしには『愛した者は必ず破滅する』という呪いがあります。
それは、わたくしが背負った『蒼月の魔女の宿命』。
かつて人を愛したその瞬間に、最愛を奪われた夜を、わたくしは決して忘れません。
涙と血に濡れた、あの王の亡骸。
己が心を差し出した対価として、最も大切だった人を失った夜――。
だからこそ、もう二度と誰も愛さないと、硬く誓ったのです。
……けれど、その夜だけは違いました。
塔のふもとに、ひときわ強い気配が近づいてくるのを感じたのです。
胸の奥でざらりとした予感がざわめきます。人など滅多に来ないこの場所に、あれほど濃い『生の気』を放つ者が――。
「……ひどく、厄介なお客様のようですわね」
そう言い切ってしまえればよかったのです。けれど心のどこかで、わずかに震えるものがあったのです。その理由を探るより早く、塔の扉は重たく叩かれました。
ゴン、ゴン――。
静かな夜に、まるで心臓の鼓動のように、力強い音が響きます。
わたくしは無言で杖を手に取り、結界を解きました。光と共に扉が開き、そこに立っていたのは――。
深紅のマントを翻し、剣を佩き、燃えるような青の瞳を持つ青年。
(ガンダルス様……っ)
思わず息をのんでしまいました。
ただの若き戦士ではありませんでした。肩に背負う威厳。歩み寄るたびに漂う気迫。そして、目を合わせた瞬間に、心の奥まで突き刺さるような真っ直ぐさ。その面影に、わたくしは胸を抉られる思いがしたのです。
忘れられるはずもない――わたくしがかつて心から愛し、そして最期を共にできなかったあの国王、ガンダルス様。彼が若き日に纏っていたのと同じ光を、この青年は宿していました。
「蒼月の魔女、セリーヌ・アルディア。会いたかった」
低く深い響きの声。胸の奥まで震わせるその音色に、記憶が呼び覚まされます。過去と今がないまぜになるような感覚に、思わず言葉を失いました。
「あ……あなたは?」
「ユリウス・アーデル・グランツェン。グランツェン王国の王太子です」
――王太子。
血の気が引くのを隠せません。その姓を口にした瞬間に、確信しました。
やはりこの青年は――あの方の血を継ぐ者。あの王の孫に違いありません。
なぜ、そのような存在が、この孤塔を訪れるというのでしょうか。
「お帰りください。ここは王宮の社交場ではございません。王子様の遊び場でもありませんが」
できる限り冷たく突き放したつもりでした。けれど彼は怯まず、一歩を踏み出します。
「俺は――呪われているのです」
重い言葉に、塔の空気が震えました。彼の放つ真摯さが胸をざわつかせます。
「……呪い?」
「魔王との闘いで勝利したとき、『死』の呪いを刻まれた。これが証です」
青年の腕に、赤紫色の魔王の痣が刻まれているのを見て、わたくしは目を閉じました。
なんという皮肉でしょう。彼は国を救った英雄であり、しかし命を蝕まれる呪われし存在。
……同じ。わたくしと、あまりにも似ています。
「残念ながら、できることはありませんわね」
そう断ち切ろうとしたのに――。
彼は炎のような強さをひめて微笑んだのです。
「あなたなら解決してくれるはず」
「……な、何を――?」
「俺の妻になればいい」
胸が張り裂けそうになりました。なぜ、彼はそんなにも真っ直ぐに。わたしが避け続けた『誰かの真剣な想い』を、こんなにも無防備に向けて来るのでしょうか。
「ふ、ふざけないで! 愛したら破滅するわよ」
怒鳴ると同時に、思わず魔力が溢れました。部屋の中に青白い光が弾け、雷鳴が走ります。けれど彼は怯まず、ただ真っ直ぐこちらを見つめるばかり。
思わず怒鳴って魔力を弾けさせても、彼は怯むどころか、さらに一歩近づき、「孤独を捨ててください」と告げます。
「もし破滅するというなら――その運命、俺が背負います」
――ずるい…方。
血を分けた祖の面影でわたしを揺さぶり、さらに「同じ呪われた者」として対を成そうとするなんて。
(こんな厄介な方が王太子だなんて……)
思わず背を向け、彼を追い出すよう言い放ったのに、心臓の鼓動は耳鳴りのように鳴り響くばかりです。
「今日は帰ります」
「……勝手にすれば」
それきり彼を見送ったものの、胸の奥では恐ろしい予感がしていました。
このままでは、決して許されぬ未来に手を伸ばしてしまう気がして――。
いつものように、わたくしは水晶窓から外を見下ろし、夜空を渡る星々に目を細めていました。
人の世から遠ざかって、もう何百年も経ちます。誰も寄せつけぬこの『蒼月の塔』こそ、わたくしの心の砦。二度と誰かを愛すまいと誓ったからこそ、この幽閉のような孤独を選んだのです。
なぜなら――わたくしには『愛した者は必ず破滅する』という呪いがあります。
それは、わたくしが背負った『蒼月の魔女の宿命』。
かつて人を愛したその瞬間に、最愛を奪われた夜を、わたくしは決して忘れません。
涙と血に濡れた、あの王の亡骸。
己が心を差し出した対価として、最も大切だった人を失った夜――。
だからこそ、もう二度と誰も愛さないと、硬く誓ったのです。
……けれど、その夜だけは違いました。
塔のふもとに、ひときわ強い気配が近づいてくるのを感じたのです。
胸の奥でざらりとした予感がざわめきます。人など滅多に来ないこの場所に、あれほど濃い『生の気』を放つ者が――。
「……ひどく、厄介なお客様のようですわね」
そう言い切ってしまえればよかったのです。けれど心のどこかで、わずかに震えるものがあったのです。その理由を探るより早く、塔の扉は重たく叩かれました。
ゴン、ゴン――。
静かな夜に、まるで心臓の鼓動のように、力強い音が響きます。
わたくしは無言で杖を手に取り、結界を解きました。光と共に扉が開き、そこに立っていたのは――。
深紅のマントを翻し、剣を佩き、燃えるような青の瞳を持つ青年。
(ガンダルス様……っ)
思わず息をのんでしまいました。
ただの若き戦士ではありませんでした。肩に背負う威厳。歩み寄るたびに漂う気迫。そして、目を合わせた瞬間に、心の奥まで突き刺さるような真っ直ぐさ。その面影に、わたくしは胸を抉られる思いがしたのです。
忘れられるはずもない――わたくしがかつて心から愛し、そして最期を共にできなかったあの国王、ガンダルス様。彼が若き日に纏っていたのと同じ光を、この青年は宿していました。
「蒼月の魔女、セリーヌ・アルディア。会いたかった」
低く深い響きの声。胸の奥まで震わせるその音色に、記憶が呼び覚まされます。過去と今がないまぜになるような感覚に、思わず言葉を失いました。
「あ……あなたは?」
「ユリウス・アーデル・グランツェン。グランツェン王国の王太子です」
――王太子。
血の気が引くのを隠せません。その姓を口にした瞬間に、確信しました。
やはりこの青年は――あの方の血を継ぐ者。あの王の孫に違いありません。
なぜ、そのような存在が、この孤塔を訪れるというのでしょうか。
「お帰りください。ここは王宮の社交場ではございません。王子様の遊び場でもありませんが」
できる限り冷たく突き放したつもりでした。けれど彼は怯まず、一歩を踏み出します。
「俺は――呪われているのです」
重い言葉に、塔の空気が震えました。彼の放つ真摯さが胸をざわつかせます。
「……呪い?」
「魔王との闘いで勝利したとき、『死』の呪いを刻まれた。これが証です」
青年の腕に、赤紫色の魔王の痣が刻まれているのを見て、わたくしは目を閉じました。
なんという皮肉でしょう。彼は国を救った英雄であり、しかし命を蝕まれる呪われし存在。
……同じ。わたくしと、あまりにも似ています。
「残念ながら、できることはありませんわね」
そう断ち切ろうとしたのに――。
彼は炎のような強さをひめて微笑んだのです。
「あなたなら解決してくれるはず」
「……な、何を――?」
「俺の妻になればいい」
胸が張り裂けそうになりました。なぜ、彼はそんなにも真っ直ぐに。わたしが避け続けた『誰かの真剣な想い』を、こんなにも無防備に向けて来るのでしょうか。
「ふ、ふざけないで! 愛したら破滅するわよ」
怒鳴ると同時に、思わず魔力が溢れました。部屋の中に青白い光が弾け、雷鳴が走ります。けれど彼は怯まず、ただ真っ直ぐこちらを見つめるばかり。
思わず怒鳴って魔力を弾けさせても、彼は怯むどころか、さらに一歩近づき、「孤独を捨ててください」と告げます。
「もし破滅するというなら――その運命、俺が背負います」
――ずるい…方。
血を分けた祖の面影でわたしを揺さぶり、さらに「同じ呪われた者」として対を成そうとするなんて。
(こんな厄介な方が王太子だなんて……)
思わず背を向け、彼を追い出すよう言い放ったのに、心臓の鼓動は耳鳴りのように鳴り響くばかりです。
「今日は帰ります」
「……勝手にすれば」
それきり彼を見送ったものの、胸の奥では恐ろしい予感がしていました。
このままでは、決して許されぬ未来に手を伸ばしてしまう気がして――。
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