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第7章「魔女の秘密、王子の誓い」
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その夜、王城の中庭に月が沈黙を落としていました。
銀の光に照らされた花々はしっとりと露に濡れ、風が吹くたび香りを漂わせます。……でも、わたくしの心は静かではありませんでした。
(──これ以上は近づいてはいけないのに)
胸の奥に芽生えた想いを押し殺そうとすればするほど、ユリウスの真っ直ぐな瞳が思い浮かんでしまうのです。
それは決して許されぬこと。わたくしには『過去』がありました。
「セリーヌ。顔色が良くないな」
ふとした瞬間、背後から声をかけられ、思わず肩を跳ねさせました。
振り向けば、蒼い瞳をしたユリウス。いつもと変わらぬ真剣なまなざしで、ただわたくしを見つめている。
「わたくしは……大丈夫」
「嘘だ。無理をしている顔だ」
真っすぐに言い切る彼に、心が軋みました。ごまかせるはずもなく、逃げることもできず──やがて、唇から零れてしまったのです。
「……わたくしは、かつて愚かでした」
視線を逸らし、夜空を仰ぎながら。
「百年前、妻子のある祖父上、ガンダルス王を……愛してしまった」
脳裏には、優しい笑顔が蘇りました。名前を口にすることさえ、まだ恐ろしい。
「けれど……わたくしのせいで、彼は魔王との戦いで呪いに飲まれて命を落とした。あの時の痛みを、わたくしは永遠に忘れられないの」
声が震え、頬を熱いものが伝いました。
「だから二度と愛してはならないと心に決めたの。でなければ──また大切な人を失う」
「だ、誰なんだ」
「……あなたよ。祖父上とよく似ていて……一途で誠実な方」
告白を終えて、わたくしは沈黙しました。答えを聞くのが怖かったのです。引き離されるのが当然。責められるのが筋。
けれど──。
「……そう」
静かに吐息をもらした彼は、まっすぐに歩み寄ってきました。そして気づけば、その大きな両腕の中に抱きしめられていたのです。
「っ……ユリウス!?」
「大切な人を失って、どれほど苦しかったか……想像するだけで胸が裂けそうだ」
耳元に響く声は低く、熱を帯びていました。
「だが、俺は祖父上と違う。俺は君を失わない」
「……なぜ、そんなことが言えるの!?」
あまりに迷いのない宣言に、わたくしは彼の胸に顔を押し付けながら叫んでしまいました。
「呪いがあなたを奪うの! わたくしが愛したら、必ず──」
「なら、何度でも呪いと抗うまでだ」
瞬間、彼の瞳には揺るぎなき炎が宿りました。
「君が拒んでも俺は君を守る。何度壊されても、何度呪いに抗われても──必ず俺が立ち上がり、君を抱きとめる」
その言葉の熱量に、胸が震えました。わたくしの氷の心に、じわじわと温もりが染み渡っていくようでした。
頬にそっと彼の手が触れました。親指が涙の跡をぬぐい、優しくなぞります。
「な……なぜ……どうしてそこまで……」
「理由など単純だ。俺は……君を愛しているからだ」
あまりに真っ直ぐすぎる告白に、わたくしは言葉を失いました。瞳が潤み、視界がにじんで。
気づけば、彼の胸へと飛び込んでいたのです。
「……愚かです、本当に……」
「愚かで結構。君を抱きしめられるなら」
大きな手がわたくしの髪を撫で、背中を支えてくれました。温かさに包まれ、震えがようやく収まっていきます。
(この人は……本当に、何度でも守るつもりなのですね。わたくしのような存在を)
長い年月凍りついていた心が、解けていくのを感じました。切なさと幸福感が入り混じり、涙がとめどなく溢れます。
彼の胸に顔を埋めながら、わたくしは小さな声で囁きました。
「……それでも、いつかあなたを失う」
「なら、その時まで俺がずっとそばに居る。それでいいですか?」
「……強引」
「君に関しては、譲る気はない」
言葉を交わすたび、心臓が音を立てます。理屈では拒めない。心が、確かに求めてしまっているから。
やがてわたくしたちは、月明かりの下で改めて視線を交わしました。
「誓おう、セリーヌ。俺は必ず君を守る。呪いがあろうと、運命がどうあろうと」
「……救えるはずがない」
「救う必要などない。そのままの君でいい」
その一言に、氷の檻が崩れる音がしました。
そのとき、ユリウスの腕に刻まれた赤紫の呪いの痣が、不意に激しく脈打ち始めました。彼の眉間に苦痛の影がよぎります。
「っ……!」
反射的に、わたくしは彼の手を取り、掌から青白い魔力を注ぎ込みました。
銀の光に照らされた花々はしっとりと露に濡れ、風が吹くたび香りを漂わせます。……でも、わたくしの心は静かではありませんでした。
(──これ以上は近づいてはいけないのに)
胸の奥に芽生えた想いを押し殺そうとすればするほど、ユリウスの真っ直ぐな瞳が思い浮かんでしまうのです。
それは決して許されぬこと。わたくしには『過去』がありました。
「セリーヌ。顔色が良くないな」
ふとした瞬間、背後から声をかけられ、思わず肩を跳ねさせました。
振り向けば、蒼い瞳をしたユリウス。いつもと変わらぬ真剣なまなざしで、ただわたくしを見つめている。
「わたくしは……大丈夫」
「嘘だ。無理をしている顔だ」
真っすぐに言い切る彼に、心が軋みました。ごまかせるはずもなく、逃げることもできず──やがて、唇から零れてしまったのです。
「……わたくしは、かつて愚かでした」
視線を逸らし、夜空を仰ぎながら。
「百年前、妻子のある祖父上、ガンダルス王を……愛してしまった」
脳裏には、優しい笑顔が蘇りました。名前を口にすることさえ、まだ恐ろしい。
「けれど……わたくしのせいで、彼は魔王との戦いで呪いに飲まれて命を落とした。あの時の痛みを、わたくしは永遠に忘れられないの」
声が震え、頬を熱いものが伝いました。
「だから二度と愛してはならないと心に決めたの。でなければ──また大切な人を失う」
「だ、誰なんだ」
「……あなたよ。祖父上とよく似ていて……一途で誠実な方」
告白を終えて、わたくしは沈黙しました。答えを聞くのが怖かったのです。引き離されるのが当然。責められるのが筋。
けれど──。
「……そう」
静かに吐息をもらした彼は、まっすぐに歩み寄ってきました。そして気づけば、その大きな両腕の中に抱きしめられていたのです。
「っ……ユリウス!?」
「大切な人を失って、どれほど苦しかったか……想像するだけで胸が裂けそうだ」
耳元に響く声は低く、熱を帯びていました。
「だが、俺は祖父上と違う。俺は君を失わない」
「……なぜ、そんなことが言えるの!?」
あまりに迷いのない宣言に、わたくしは彼の胸に顔を押し付けながら叫んでしまいました。
「呪いがあなたを奪うの! わたくしが愛したら、必ず──」
「なら、何度でも呪いと抗うまでだ」
瞬間、彼の瞳には揺るぎなき炎が宿りました。
「君が拒んでも俺は君を守る。何度壊されても、何度呪いに抗われても──必ず俺が立ち上がり、君を抱きとめる」
その言葉の熱量に、胸が震えました。わたくしの氷の心に、じわじわと温もりが染み渡っていくようでした。
頬にそっと彼の手が触れました。親指が涙の跡をぬぐい、優しくなぞります。
「な……なぜ……どうしてそこまで……」
「理由など単純だ。俺は……君を愛しているからだ」
あまりに真っ直ぐすぎる告白に、わたくしは言葉を失いました。瞳が潤み、視界がにじんで。
気づけば、彼の胸へと飛び込んでいたのです。
「……愚かです、本当に……」
「愚かで結構。君を抱きしめられるなら」
大きな手がわたくしの髪を撫で、背中を支えてくれました。温かさに包まれ、震えがようやく収まっていきます。
(この人は……本当に、何度でも守るつもりなのですね。わたくしのような存在を)
長い年月凍りついていた心が、解けていくのを感じました。切なさと幸福感が入り混じり、涙がとめどなく溢れます。
彼の胸に顔を埋めながら、わたくしは小さな声で囁きました。
「……それでも、いつかあなたを失う」
「なら、その時まで俺がずっとそばに居る。それでいいですか?」
「……強引」
「君に関しては、譲る気はない」
言葉を交わすたび、心臓が音を立てます。理屈では拒めない。心が、確かに求めてしまっているから。
やがてわたくしたちは、月明かりの下で改めて視線を交わしました。
「誓おう、セリーヌ。俺は必ず君を守る。呪いがあろうと、運命がどうあろうと」
「……救えるはずがない」
「救う必要などない。そのままの君でいい」
その一言に、氷の檻が崩れる音がしました。
そのとき、ユリウスの腕に刻まれた赤紫の呪いの痣が、不意に激しく脈打ち始めました。彼の眉間に苦痛の影がよぎります。
「っ……!」
反射的に、わたくしは彼の手を取り、掌から青白い魔力を注ぎ込みました。
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