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第2章:はじめてのアプローチ、そして妨害
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よーし、今日こそは……一歩踏み出してみせます!
公爵様に近づく機会――それを探し続けて数日。
ついに、王宮で行われる定例のお茶会に、公爵様が“顔を出されるかもしれない”という噂を聞きつけました。
「よしっ! 本気で行くわよ!」
貧乏男爵家の令嬢とはいえ、ドレスだけは母が夜なべして縫ってくれました。
薄桃色のシフォン地に、手縫いのレース。胸元に小さな薔薇のブローチを添えて。
鏡の前で深呼吸をし、軽く頬を叩いてから出発――
ここからすべてが始まるのだと、私には確かに見えた気がしました。
* * *
お茶会の庭園は、王宮の中でも特に格式高い区画にありました。
白亜の石畳に、季節の花が揺れるベンチ、銀器で供される紅茶の香り――
そのどれもが、貴族令嬢たちの社交の舞台。
そして……
「あれが……公爵様……!」
庭の奥。金色の髪をゆるく束ね、淡い色のスーツに身を包んだ麗人が、まるで絵画のように立っていました。
整った横顔。
碧眼がちらりと光をとらえて、視線を横に流すその仕草だけで、会場がひとつ息を呑みました。
(落ち着いて。とにかく話しかけるだけ、よね……!)
できるだけ自然に、優雅に、公爵様の元へ――
と、思った矢先。
「そこのドジっ子、止まりなさい」
突然、目の前にスッと現れた人物。
銀縁眼鏡に整った顔立ち。制服には見慣れたエルベルト家の紋章。
(また出た……! あなたまた……!)
「公爵様の弟……ジークフリート・ヴァン・エルベルト」
低く、凛とした声。表情一つ崩さず、私の進路を完全封鎖。
「以前お話ししたかと思いますが、兄上は社交に干渉されたくありませんので、お控えください」
「えっと……私、干渉じゃなくて、恋なんですけど!?」
「それがまさに干渉の最たるものです。要注意人物ですね」
「そんなバッサリ!?」
「でも、要注意とは、目が離せないほど、気になる方だという意味ですから」
「……はい?」
返しも完璧。そして塩対応……?
周囲の視線が気になって、顔から火が出そうになりながらも、私は踏みとどまるしかありませんでした。
「どうして文官なのに、こんなところにまで……」
「兄上の社交動線と監視業務は私の管理下です」
「社交動線!?」
「あなたの道筋は私が守りますから安心してください」
「……?」
どうやらジーク様は、公爵様のあらゆる予定を“厳格に”管理しているらしく――
“自由に話しかける”などという行為は、完全に禁則事項らしいのです。
(なんなの……まるで公爵様じゃなくて、この弟こそ“氷”じゃない?)
* * *
その日からというもの、奇妙な現象が起こり始めました。
公爵様に近づこうとするたび、なぜか現れるジーク様。
廊下の角にいて、図書室にいて、温室にまでいる。
(え……これ、私……監視されてる!?)
「あなたの動きは、王国安定のため記録しています」
「いやそれ、恋愛対象への対応じゃないですよね!?」
「私にはあなたの愛は国家レベルです」
「……はいっ?」
プレゼントの花束は「処理済」。
手紙は「機密漏洩の恐れあり」。
お茶会への招待状は「混乱を招くため却下」。
(全部、完全阻止されてる……この恋、始まる前に終了の危機じゃない!?)
「でも……でも、負けられないのよ……!」
ここで引き下がったら、我がブランシェット家の明日はない。そして――
この胸も、納得しないの!
* * *
そしてその夜。部屋の窓辺で頬杖をつきながら、私は月を眺めていました。
(公爵様に近づくたび、あの弟様が現れるってことは――)
(……つまり、彼の動きを把握すれば、公爵様の動きも見えるってこと?)
視点を変える発想は、恋愛小説好きの令嬢としての鍛えられた思考から導き出されたもの。
“恋の道は、まず障害から”。
そうよ――この恋の最大の壁である文官様を攻略しない限り、公爵様には辿り着けないんだ!
公爵様に近づく機会――それを探し続けて数日。
ついに、王宮で行われる定例のお茶会に、公爵様が“顔を出されるかもしれない”という噂を聞きつけました。
「よしっ! 本気で行くわよ!」
貧乏男爵家の令嬢とはいえ、ドレスだけは母が夜なべして縫ってくれました。
薄桃色のシフォン地に、手縫いのレース。胸元に小さな薔薇のブローチを添えて。
鏡の前で深呼吸をし、軽く頬を叩いてから出発――
ここからすべてが始まるのだと、私には確かに見えた気がしました。
* * *
お茶会の庭園は、王宮の中でも特に格式高い区画にありました。
白亜の石畳に、季節の花が揺れるベンチ、銀器で供される紅茶の香り――
そのどれもが、貴族令嬢たちの社交の舞台。
そして……
「あれが……公爵様……!」
庭の奥。金色の髪をゆるく束ね、淡い色のスーツに身を包んだ麗人が、まるで絵画のように立っていました。
整った横顔。
碧眼がちらりと光をとらえて、視線を横に流すその仕草だけで、会場がひとつ息を呑みました。
(落ち着いて。とにかく話しかけるだけ、よね……!)
できるだけ自然に、優雅に、公爵様の元へ――
と、思った矢先。
「そこのドジっ子、止まりなさい」
突然、目の前にスッと現れた人物。
銀縁眼鏡に整った顔立ち。制服には見慣れたエルベルト家の紋章。
(また出た……! あなたまた……!)
「公爵様の弟……ジークフリート・ヴァン・エルベルト」
低く、凛とした声。表情一つ崩さず、私の進路を完全封鎖。
「以前お話ししたかと思いますが、兄上は社交に干渉されたくありませんので、お控えください」
「えっと……私、干渉じゃなくて、恋なんですけど!?」
「それがまさに干渉の最たるものです。要注意人物ですね」
「そんなバッサリ!?」
「でも、要注意とは、目が離せないほど、気になる方だという意味ですから」
「……はい?」
返しも完璧。そして塩対応……?
周囲の視線が気になって、顔から火が出そうになりながらも、私は踏みとどまるしかありませんでした。
「どうして文官なのに、こんなところにまで……」
「兄上の社交動線と監視業務は私の管理下です」
「社交動線!?」
「あなたの道筋は私が守りますから安心してください」
「……?」
どうやらジーク様は、公爵様のあらゆる予定を“厳格に”管理しているらしく――
“自由に話しかける”などという行為は、完全に禁則事項らしいのです。
(なんなの……まるで公爵様じゃなくて、この弟こそ“氷”じゃない?)
* * *
その日からというもの、奇妙な現象が起こり始めました。
公爵様に近づこうとするたび、なぜか現れるジーク様。
廊下の角にいて、図書室にいて、温室にまでいる。
(え……これ、私……監視されてる!?)
「あなたの動きは、王国安定のため記録しています」
「いやそれ、恋愛対象への対応じゃないですよね!?」
「私にはあなたの愛は国家レベルです」
「……はいっ?」
プレゼントの花束は「処理済」。
手紙は「機密漏洩の恐れあり」。
お茶会への招待状は「混乱を招くため却下」。
(全部、完全阻止されてる……この恋、始まる前に終了の危機じゃない!?)
「でも……でも、負けられないのよ……!」
ここで引き下がったら、我がブランシェット家の明日はない。そして――
この胸も、納得しないの!
* * *
そしてその夜。部屋の窓辺で頬杖をつきながら、私は月を眺めていました。
(公爵様に近づくたび、あの弟様が現れるってことは――)
(……つまり、彼の動きを把握すれば、公爵様の動きも見えるってこと?)
視点を変える発想は、恋愛小説好きの令嬢としての鍛えられた思考から導き出されたもの。
“恋の道は、まず障害から”。
そうよ――この恋の最大の壁である文官様を攻略しない限り、公爵様には辿り着けないんだ!
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