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第6章 追放と荷車の旅
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──王子暗殺未遂、の容疑で、へき地へ追放。
それがわたくし、フィオナ・エルステッドに下された「裁き」でした。
「……はあ、なんて、壮大な冤罪劇かしら。これ、恋愛小説じゃなくて宮廷陰謀劇の終盤よね?」
しとしとと冷たい雨が降りしきるなか、わたしは荷車の上で項垂れていました。
そう、まさに"荷車"です。
馬車でもなく、輿でもなく──囚人が乗るような、ごつごつした木製の、あの、荷車です。
干し草のクッションもありません。
振動が腰に直撃してきます。いたたたた。
「……さすがに、これは、ちょっと……」
口に出しても、誰も聞いてくれません。
王都を出てからというもの、護衛役の兵士たちは目も合わせてくれず、まるで腐った野菜でも運んでいるかのような扱いでした。
「うわ、泥だ……最悪」
しかも追い討ちのように、ぬかるみにハマった車輪から泥が跳ね、わたしのドレスに直撃。
白いシルクが、ずぶずぶの褐色に染まっていきます。
お気に入りのドレスだったのに……って、そんなこと言ってる場合じゃないわね。命があるだけマシと考えるべきかしら。
(前世も、似たような境遇だったわね……)
ぼんやりと、現世に来る前の記憶がよみがえってくる。
誰にも必要とされなくなるのが怖かっただけ。頼りにされたかっただけなのに、いつも「無能」「邪魔」「出来損ない」と、冷たい言葉を浴びてられていたあの頃。
でも……違うの。今のわたしは、もうあの頃のわたしじゃない。
(今度こそ、人生を変えてみせる。這いつくばってでも、自分の足で歩いてやるわ)
ぎゅっと拳を握った時でした。
「……おい、そこの。大人しくしろよ。逃げたって無駄だからな」
荷車の横から声をかけてきたのは、護衛兵の一人。
名前も知らない、無表情で愛想もない男の人。というか、逃げたところでこのドレスじゃ山も越えられませんけど!
なんなら靴片方脱げてますけど!
「ご心配なく、逃げる元気もありませんわ」
「……へえ。気丈なもんだな。まあ、侯爵の女は、捨てられても見栄張るのが仕事か?」
「そういうこと、貴族の前で言わない方がいいわよ。減俸されても知らないから」
わたしがにっこりと微笑むと、彼は鼻で笑って歩いていきました。
ちょっとくらい、乙女のジョークに乗ってくれてもいいのに……。
とはいえ、こんな仕打ちを受けても、笑っていられるのは自分でも不思議です。
だって──婚約者だった王太子殿下は、わたしを裏切った。
あの女、リゼットの甘ったるい声と猫撫で笑いに簡単に騙されて、「フィオナが僕を毒殺しようとした!」なんて言い出す始末。
毒なんて使わなくても、あなたの鈍感さは人を殺せるわよ?
(ああもう、わたしってば未練がましい!)
「わたしを国外追放ですって! じゃあ、せめて国外のイケメンと恋に落ちるくらいのドラマ、用意しておいてくださらない?」
自嘲気味にそう呟くと、荷車を引く御者がちらりとこちらを見て、鼻をすすりました。
「あんた、意外と元気だな」
「ええ、心だけは誰にも縛れませんもの」
見栄ですけどね。
だけど、誰にも奪えないものが、心にひとつでもあれば、人は意外と歩き続けられるものなのだと知りました。
前は──ただ泣くだけだった。
誰かに助けてほしいと思うだけだった。
けれど今のわたしには、「生き方を変える」という覚悟がある。
この泥まみれのドレスも、くしゃくしゃの髪も、雨に濡れた頬も、きっといつか笑い話にしてやる。
「待ってらっしゃいな、リゼット。次にお会いする時は、きっとわたしの方が綺麗よ。美しくて賢くて強い、女になって帰ってくるわ」
……まあ、今のところ、最初の一歩が「牛と一緒に揺られる荷車」だけれど。
それがわたくし、フィオナ・エルステッドに下された「裁き」でした。
「……はあ、なんて、壮大な冤罪劇かしら。これ、恋愛小説じゃなくて宮廷陰謀劇の終盤よね?」
しとしとと冷たい雨が降りしきるなか、わたしは荷車の上で項垂れていました。
そう、まさに"荷車"です。
馬車でもなく、輿でもなく──囚人が乗るような、ごつごつした木製の、あの、荷車です。
干し草のクッションもありません。
振動が腰に直撃してきます。いたたたた。
「……さすがに、これは、ちょっと……」
口に出しても、誰も聞いてくれません。
王都を出てからというもの、護衛役の兵士たちは目も合わせてくれず、まるで腐った野菜でも運んでいるかのような扱いでした。
「うわ、泥だ……最悪」
しかも追い討ちのように、ぬかるみにハマった車輪から泥が跳ね、わたしのドレスに直撃。
白いシルクが、ずぶずぶの褐色に染まっていきます。
お気に入りのドレスだったのに……って、そんなこと言ってる場合じゃないわね。命があるだけマシと考えるべきかしら。
(前世も、似たような境遇だったわね……)
ぼんやりと、現世に来る前の記憶がよみがえってくる。
誰にも必要とされなくなるのが怖かっただけ。頼りにされたかっただけなのに、いつも「無能」「邪魔」「出来損ない」と、冷たい言葉を浴びてられていたあの頃。
でも……違うの。今のわたしは、もうあの頃のわたしじゃない。
(今度こそ、人生を変えてみせる。這いつくばってでも、自分の足で歩いてやるわ)
ぎゅっと拳を握った時でした。
「……おい、そこの。大人しくしろよ。逃げたって無駄だからな」
荷車の横から声をかけてきたのは、護衛兵の一人。
名前も知らない、無表情で愛想もない男の人。というか、逃げたところでこのドレスじゃ山も越えられませんけど!
なんなら靴片方脱げてますけど!
「ご心配なく、逃げる元気もありませんわ」
「……へえ。気丈なもんだな。まあ、侯爵の女は、捨てられても見栄張るのが仕事か?」
「そういうこと、貴族の前で言わない方がいいわよ。減俸されても知らないから」
わたしがにっこりと微笑むと、彼は鼻で笑って歩いていきました。
ちょっとくらい、乙女のジョークに乗ってくれてもいいのに……。
とはいえ、こんな仕打ちを受けても、笑っていられるのは自分でも不思議です。
だって──婚約者だった王太子殿下は、わたしを裏切った。
あの女、リゼットの甘ったるい声と猫撫で笑いに簡単に騙されて、「フィオナが僕を毒殺しようとした!」なんて言い出す始末。
毒なんて使わなくても、あなたの鈍感さは人を殺せるわよ?
(ああもう、わたしってば未練がましい!)
「わたしを国外追放ですって! じゃあ、せめて国外のイケメンと恋に落ちるくらいのドラマ、用意しておいてくださらない?」
自嘲気味にそう呟くと、荷車を引く御者がちらりとこちらを見て、鼻をすすりました。
「あんた、意外と元気だな」
「ええ、心だけは誰にも縛れませんもの」
見栄ですけどね。
だけど、誰にも奪えないものが、心にひとつでもあれば、人は意外と歩き続けられるものなのだと知りました。
前は──ただ泣くだけだった。
誰かに助けてほしいと思うだけだった。
けれど今のわたしには、「生き方を変える」という覚悟がある。
この泥まみれのドレスも、くしゃくしゃの髪も、雨に濡れた頬も、きっといつか笑い話にしてやる。
「待ってらっしゃいな、リゼット。次にお会いする時は、きっとわたしの方が綺麗よ。美しくて賢くて強い、女になって帰ってくるわ」
……まあ、今のところ、最初の一歩が「牛と一緒に揺られる荷車」だけれど。
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