【完結】私は借金返済で売られた令嬢だけれど、侯爵家に拾われて溺愛されるなんて聞いてません！

第10章 準男爵家の破産

　侯爵家を狙う親族たちを退けてから、わたしたちの日常は、少しずつ、穏やかなものを取り戻していきました。

 　侯爵様も、病の峠を越えられたようで、以前のように、わたしたちの様子を温かく見守ってくださるようになりました。

　「リリアーナ、アラン。君たちのおかげで、この家は、守られた。本当に、ありがとう」

　侯爵様はそう言って、わたしたちの手を優しく握ってくださいました。 

　アラン様はその言葉に、少しだけ照れたように、はにかんでいました。

　「僕たちにとっては、当然のことです。それに僕には、大切なリリアーナが隣にいてくれましたから」

　アラン様がそう言うと、侯爵様は、満足そうに頷かれました。

 　そんな穏やかな日々が、しばらく続きました。

　学園でも、わたしたちへの注目はさらに高まっていました。

 　アラン様は次期侯爵として、その才能と毅然とした態度で学園中の尊敬を集めていました。

 　そして、わたしもまた、彼の隣にいることを、誰もが認めてくれるようになりました。

 　「リリアーナ嬢、本当に、アラン様にお似合いですわ」

 　「ええ、あの二人を見ていると、まるで、一幅の絵のようですわね」

　そんな周囲の言葉を聞くたびに、わたしの心は温かい光に包まれていきました。 

　わたしは、ようやく、わたしが『必要』とされる場所を見つけられたのだと、そう感じることができました。

　ですが、そんな幸せな日々は、長くは続きませんでした。 

　ある日の午後、学園の友人から、ひそひそと、こんな話を聞きました。

　「ねぇ、聞いた？　コレット準男爵家が、とうとう破産したんですって」 

　「あら、知らなかったわ。あの家、見栄っ張りで、借金まみれだったらしいじゃない」

　わたしはその言葉を聞いて、心臓が冷たい氷に包まれたようでした。

 　コレット家が、破産。

 　わたしの知る限り、あの家は決して裕福ではありませんでした。

 　見栄と欲に溺れた父と、その父を唆した継母……。

　わたしは、すぐにアラン様に、そのことを話しました。

 　アラン様は、わたしの手を取り、優しく言いました。

　「……リリアーナ。君は、もう、あの家とは関係ない。君には僕たちがいる」

　アラン様のその言葉に、わたしは、涙があふれてきました。

 　わたしは、ずっと、心のどこかで、あの家との繋がりを完全に断ち切ることができずにいたのかもしれません。 

　ですが、アラン様の言葉を聞いて、わたしは、もう後ろを振り返る必要はないのだと、そうはっきりと理解することができました。

　そして、その日の夕方。

 　屋敷の門の前で、大きな騒ぎが起こっている、と執事様が知らせてきました。 

　 「……コレット準男爵家の、ご夫妻でいらっしゃいます」

　執事様の言葉を聞いて、わたしの胸は、再び、ざわめき始めました。

 　わたしは、アラン様と一緒に屋敷の玄関へ向かいました。

　そこには、みすぼらしい身なりをした、父と継母の姿がありました。

 　彼らの顔には、かつての見栄や、尊大な態度はもうありませんでした。

 　ただ、惨めさと絶望が、滲み出ているようでした。

　「リリアーナ！　ああ、リリアーナ！　助けてくれ！」

　父はわたしを見つけると、縋るように、そう叫びました。

 　ミレイユお義母様も、目に涙を浮かべながら、わたしに、手を伸ばしてきました。

　「リリアーナ……。お願い、この家を、私たちを助けて……」

　わたしは、その姿を見て、一瞬、心が揺らぎそうになりました。

 　ですが、その時、アラン様が、わたしの手を、強く握ってくださいました。

 　 わたしは、その手の温かさに、正気を取り戻しました。

 　もう、かつての、弱々しいわたしではない。

 　わたしには、アラン様と侯爵様が、そして、この侯爵家が、ついている。

　わたしは、父と継母の前に堂々と、立ちました。

 　そして、静かに、しかし、毅然とした態度で言いました。

　「……父上。ミレイユお義母様。お二人には、お目にかかる用事などございません」

　わたしの言葉に、父と継母は信じられない、という表情をしました。

　「リリアーナ！　何を言っているのだ！　お前は、この家の娘ではないか！」

　父が、そう叫びました。

 　わたしは、静かに、そして、冷たく言い返しました。

　「……わたくしは、二千枚の金貨と引き換えに、貴方方の家から買い取られた人間です。もう、貴方方と、なんの縁もありません」

　その言葉に、父と継母は、顔色を失いました。

 　彼らが、わたしを売り払ったことが、どれほど醜く、そして愚かなことだったか。 

　わたしはそのことを、はっきりと、突きつけてやりました。 

　 父と継母は何も言えずに、ただ、その場に、立ち尽くすことしかできませんでした。

 　彼らは、自分たちの愚かさによって、すべてを失ったのです。

　その時、アラン様がわたしの前に立ちはだかりました。

 　そして、冷たい瞳で、父と継母を見つめました。

　「これ以上、僕の大切なリリアーナに、無礼を働くことは許されない。二度と、この屋敷に足を踏み入れるな」

　アラン様の、その威圧的な言葉に、父と継母は、震え上がりました。 

　彼らは何も言えずに、すごすごと、屋敷の門を後にしました。


 　***


　父と継母が去った後、アラン様は、わたしを、優しく抱きしめてくださいました。 

　 「……もう、大丈夫だ。君は、もう、一人ではないんだ」

　アラン様の温かい胸の中で、わたしは、安らぎを感じました。

 　もう、あの惨めな過去に縛られる必要はない。

 　わたしには、大切な人がいる。 

　「アラン様……ありがとうございます」

　わたしは、アラン様の胸に顔を埋め、そう言いました。

 　アラン様は、わたしの髪を優しく撫でてくださいました。

　「……リリアーナ。君は、本当に強くなったね」

　アラン様の言葉に、わたしの心は、温かい光に満たされていきました。

 　わたしは、彼に弱さを見せることなく、堂々と自分の道を歩むことができた。 

　それは、アラン様が、いつもわたしの隣にいてくださったからです。

　わたしは、アラン様の手を取り、彼の瞳を真っ直ぐに見つめました。 

　「はい。アラン様のおかげです」

　わたしがそう言うと、アラン様は、少しだけ照れたように、はにかみました。 

　「……リリアーナ。僕は、君が、この侯爵家の正式な家族になってくれる日を、心から楽しみにしているよ」

　アラン様は、わたしの頬に、そっと触れてくださいました。

 　彼の指先は、とても温かくて、わたしは、彼の真剣な想いをはっきりと感じることができました。