公爵令嬢は冷酷な騎士団長に甘やかされすぎて困っています

朝日みらい

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第一章 冷酷な騎士団長との出会い

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 燦めくシャンデリアが、まるで無数の星々を集めたかのように舞踏会場を照らしていました。煌びやかに飾られた鏡の壁には、笑顔で舞う令嬢たちの姿が映し出され、音楽とざわめきが重なり合います。
 その光景は、夢の中に迷い込んだように美しく――一歩引いて眺めている私には、どこか現実味が薄いものでした。

 私は、イレーネ・グランツ。公爵家の娘として、この場に「いなければならない」立場にあります。ええ、表向きは堂々と場に華を添える令嬢でなければならないのです。……けれど実際には、どうでしょう。社交と縁遠い性分のせいで、私は壁際の空気と一体化し、必死に存在感を消していました。

(はあ……できれば今日の舞踏会も、何事もなく終わればいいのですけれど)

 そう思った矢先、にこやかに声をかけてくださる方がありました。

「イレーネ嬢、最近は舞踏もお勉強なさっているとか?」

「あ、はい……少しずつ、ですが……」

 笑顔を返そうとした瞬間でした。
 私の足元で、ドレスの裾がふいに誰かの衣装と絡んでしまったのです。わずかに踏まれ、視界が一瞬だけ大きく揺れました。

「きゃっ――!」

 床に倒れる。そう確信したはずなのに、次に私を包んだのは、鋼のように強くて、それでいて温かい腕でした。

「……無茶をするな」

 耳に届いた声は低く、冷ややかにすら思えました。ですが、なぜでしょう。胸の奥に深く響き、じんわりと広がるその響きに、私は一瞬だけ息を止めてしまったのです。
 顔を上げれば――目の前には鋭い眼差しと、整った顔立ち。

 王国騎士団長、ダリウス・ハーゲン様でした。

 冷酷無比と囁かれる御方。軍神に等しいと称えられ、その存在感は畏怖と尊敬をもって語られます。社交の場に姿を見せることすら珍しいお方が、なぜ私を支えていらっしゃるのでしょう。

「っ、し、失礼を……!」

 慌てて身を引こうとした私を、ダリウス様はすぐには解放してくださらず、そのまましっかりと支え続けてくださいました。射抜くような鋭い眼差しの奥には、ほんの僅かに熱を帯びたものが……見えたような気がしたのです。

(な、なにを考えているの、わたし! 冷酷な騎士団長の目に……熱なんて、そんなわけありませんわ!)

 真っ赤になった頬を見られぬよう、慌てて視線を逸らしました。すると彼は、私の手をそっと握り直し、立たせてくださったのです。大きく硬い手のひらに、私は支えられて。

「……怪我はないな」

「は、はいっ! だ、大丈夫でございます!」

 必死に答える私の声が震えていたのは、会場中の視線に晒されているからではなく……彼の存在が与える圧倒的な熱のためでした。
 その時の私は気づいていなかったのです。――たった今から、私の世界が少しずつ変わっていくことに。



 舞踏会を終えて、帰路につこうとした時のことでした。

「イレーネ嬢、帰路はどちらだ」

「えっ……? えっと……」

「馬車まで送ろう」

「そ、そんな恐れ多いことでございますからっ!」

 咄嗟に遠慮を申し上げましたが、聞き入れてはくださいません。自然な動作で手を取られ、それがあまりにも当然のことのようで……抗う気力すら失ってしまうのでした。
 結果、私は王国騎士団長様直々に、馬車まで護衛されてしまったのです。

 馬車に乗り込むと、閉ざされた空間の中。強い光を宿した瞳に射抜かれて、どきり、心臓が高鳴りました。
 やがて低く囁かれた言葉に、私の心は大混乱に陥ります。

「君の泣き顔を……他の男に見せるな」

「なっ……ななな、なんのことでございますかっ!」

(泣き顔!? わたし、泣いた覚えなんてありませんのに!)

 慌てて否定する間もなく、ダリウス様の声音は熱を帯びているように聞こえました。
 “氷の刃”と呼ばれるお方が、私ごときを気づかっておられる……? そんな馬鹿な、と頭では否定しても、胸は妙に温かくなるのです。

 ふと、彼の指先が私の髪に触れました。
 ──大切な宝物を扱うみたいに、そっと、優しく。

「……君は脆い。だが、それを守るのは俺の役目だ」

「……っ」

 不器用に視線を逸らす姿に、言葉を失いました。
 冷酷だと恐れられる騎士団長様が、こんなにも優しい手つきで私を包み込むなんて。夢を見ているのでは、とさえ疑ってしまうほどでした。



 日々の舞踏会に足を運ぶようになると、次第に周囲からの視線が妙に冷ややかであることに気づきはじめました。

「イレーネ様は幸運ですわね。冷酷な騎士団長にエスコートされるなんて」

「でもまあ、あんな方が優しいそぶりなど……裏に意味があるに決まっておりますわ」

 囁かれる陰口。そこに甘さも慰めもなく、鋭い棘だけが潜んでいました。
 中心にいるのは侯爵家のご令嬢、クラリッサ様。社交界随一の美貌と完璧な笑みを持ち、言葉で人を追い詰める策士のような女性です。

「まあ、グランツ様? そのドレス……裾がほつれておりますわよ」

「えっ……?」

 嘲るような視線に気づいた時には遅く。裾を踏まれ、身体が揺らいでしまいます。再び転ぶ。そう思った途端。

「イレーネ」

 低い声と共に、強い腕に引き寄せられ――気づけば、彼の胸の中でした。

「っ、ダリウス様っ!?」

「誰であろうと……君を傷つけさせはしない」

 冷酷な声色でクラリッサ様を睨みつけたその瞬間――会場の空気が一瞬で凍りついたように感じられました。

(な、なんという恥ずかしい……! これではますます目立ってしまいますのに! なのに……不思議と、嫌ではないなんて……)

 胸中がぐるぐると掻き乱されていく中、クラリッサ様の笑顔は張り付いたまま固まっておりました。
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