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 そんな二人の出会いの祝宴が楽しく開かれている間、次第に陽は傾いた。

 窓辺からは湖畔の水面に、夕日のオレンジ色の光が映り込み、 水鳥が静かに寝床の林へと帰って行く。

 料理人が船から去り、アンテネットが幸せそうに椅子にもたれて、膨れたお腹をさすっている。

「これから、王都に帰る」

 ワインで頬を淡い紅色に染めたスハルトが、彼女を見下ろして立っていた。

 アンティネットは、 眠そうにうっすらとまぶたを上げながら、彼を見あげた。

「もう少しゆっくりできないの? それにこの船じゃ、都に行くことなんかできないでしょ」 

「それは平気だ。ルハン、食器を片づて、船の碇を上げろ。そろそろ、出航する時間だ」

「分かりました。旦那様」
 
 執事はそう言うと、手際よく食器を片付け始める。

「しゅ、出航する?」

 アンティネットは、驚いて椅子から立ち上がろうとするが、足がもつれてしまい、転びそうになる。

「あっ」

 スハルトはそっと彼女の両足を抱えあげ、ゆっくりとした足取りで寝室のベッドに運び入れてくれる。

(お姫様抱っこなんて。初めて)

「あ……ありがとう」

「いいんだ。わたしはこれから操縦席に行く。この船が空に飛ぶから、転げ落ちないにしなさい」

「なら、わたし、一緒にいたい。船が飛ぶところを見たいの」

「分かった。 ただし無理しないでほしい」

「分かった」

 スハルトはアンティネットと、船の前方にある操縦部屋に向かう。

 部屋の床下の扉を開けて、梯子で燃料庫におりていく。

 炉の奥には青白い炎が揺れている。うす暗い部屋の壁いっぱいに、金色の鉱石が積み上げられていた。

「これ、金? 金塊!」

「金ではない。魔法石の一種だ。 元々はただの石だが、闇魔術で飛行鉱石に変えている」

「飛行石……」

「発明したのは、デスモンド卿。最大の発明家でもあり、恐ろしい犯罪者でもある」

(お母様を殺したやつ……)

 スハルトは、飛行石を炉の中に 積み上げながら、言う。

「彼はまだ生きている。 私が管理責任者なのだ」

「……スハルトさんが? なぜ、 罰を受けさせないの?」

「 それは……」

 複雑な彼の横顔を、アンテネットは見つめる。

「彼は牢獄でしか生きられないからだ。彼は強力な魔法の結界の牢獄にいる。皆が恐れながらも、国王や側近の高貴な貴族たちは、彼を処刑する命令は出さない。彼の発明は、まだ国家は彼を利用価値があると踏んでいるからだろう」

「でも、スハルト様でなくても、他の人が彼を監視すれば……」

「彼の魔力を防ぐには、それなりの技量がいる。最近、少し任せられる後継者ができた。名前はフローレイン嬢。由緒ある王家の血筋を引く公爵家の娘だ。君の学園の2年先輩にあたる娘だ」

「……フローレイン公爵令嬢」

「着いたら、彼女を紹介する。誠実で真面目だが、プライドは高い。それから、2年前に王太子から婚約破棄されたことは、絶対禁句だから」

「……婚約破棄されちゃったんだ」

(婚約破棄って、結構あるのかな)

「でも彼女は、新しい恋人ができて、幸せそうだ。こうして少し遠出もできるしな。だが、それも日帰りが限度だ」

「…… 今日中に戻れるの? 普通三日もかかるのに」

「陸路ではね。空にさえぎるものはない。今夜遅くには着けるはずだ」

 そう言うとスハルトは、再び梯子を上って操縦席に座る。コンパスと運行地図を広げて、ルートを確かめている。

 彼の横に、アンティネットも並んで座った。

(スハルト様って、やっぱりかっこいいな)

 執事が操縦席にやって一礼して、

「旦那様。出航の準備が整いました」
 
「わかった。アンティネット、この椅子にベルトが付属してある。それに身体を固定しろ。離陸に揺れて点灯すると危ない」

「え、ええと……」

 執事が、彼女の体にベルトを結いつけてくれる。

「ありがとう」

 執事は微笑むと、操縦席の端の椅子に腰掛けて、ベルトで固定する。

「浮上する」

 スハルトは、 操縦桿を握ると 足を踏み込む

 ゆっくりと船は水上を走りながら徐々にスピードを上げていき、空に向かって上っていく。

(わあー。どんどん町が小さくなっていく)

 湖畔にいた人々、連なる別荘の屋根がどんどん小さくなっていき、やがて湖さえも小さくなり、さらには見えなくなって、辺りは森や林、そして田んぼや街、そして森が……と、景色が目まぐるしく変わっていく。

 操縦席の窓下から景色を眺めながら、これまで行った来た世界が 大きな空から眺めたら、とてもちっぽけなものに見えてくる。

(ああ、きれい!)

 アンティネットは今度は空を見上げると、すっかり陽が落ちて、透き通った夜空に眩しい真珠のような世界が広がっている。 

 そして、隣には頼りになるスハルトがいてくれる。

(次にはどんな、世界が待っているんだろう! フローレインさんって、どんな方か楽しみだな!)

 眼下にはちぎれ雲が広がっている。その隙間から、王都までの街の灯りがどこまでも広がっていた。
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