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7-1 暗黒卿 

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 あれから、 あっという間に半月以上の時は流れた。フローレインが婚約破棄をされたあの夜、グレッグと共に過ごしたあの時間を思い返しながら、新しい高等科での授業を受けている。

 あれからグレッグとは、話をしていない。同じ学生服を着て、教室にいるのに話しかけられずにいる。

「おはよう、フローレイン様」

 グレッグはいつものように、爽やかな笑顔で挨拶をしてくる。そしてフローレインは、何事もなかったようにツンとすました顔で、

「グレッグ様、おはようございます」

 と、挨拶をした。

 マリアンヌ嬢も気まずそうに同室にいて、ときどきフローレインに気を使って笑いかけたりするが、彼女は完全に無視していた。

 マリアンヌは王太子と婚約したということもあり、王家のおこぼれに預かろうと、随分と多くのおべっかいの友だちもどきが増えたように思える。

 それに比べてフローレインの方は、婚約を破棄されたということで、これまで媚びを売る友人はいなくなり、彼女は一人でいることが多くなった。けれど彼女は寂しくはなかった。

(むしろ、すっきりしたかもしれないわね。むしろ、ほっとしたかも)

 そんな日常生活を続けながら、それでも、フローレインは毎朝、グレッグと会うのが楽しみで、彼の変わらない笑顔を見るたびに一日が頑張れるような、快活な気持ちになるのだった。

 中等部の頃とは内容は変わらない。魔法学から算術、国文学、王家の歴史 、法律など。このようないつもの退屈な勉学と放課後の同じ趣味を持った者同士の集団活動(倶楽部)に所属する者もいる。

 グレッグはどこにも所属せず、放課後は図書室で勉強や読書をしていた。一方、フローレインは魔法の技術が非常に高いことを見込まれて 、副学長のスハルト先生から、週3回、直々に特別指導を受けていた。

 スハルト先生はとても寡黙な先生だった。学園の敷地内の屋敷に居を構えて、学校外にはたまにしか外出せず、その学園の地下牢獄で監視役をしているのが常だった。

 通常の犯罪者であれば、国王直轄の騎士団での管理となる。看守による監獄に閉じ込めればいい。

 だが、魔法による犯罪を犯した者は、魔法省の管轄となる。通常の武器では歯が立たないからだ。 それだけ魔法使いは、国内では1番尊敬され、また恐れられてもいた。

 魔法の管理を司る魔法省では、こうした犯罪人を全国の魔法学校の教員が収容して監視する。それほどの魔術が使えない、軽度の罪人であれば、地方の魔術学校で面倒は見れる。

 だが、暗黒卿と呼ばれるデズモンド伯爵の監視には、それ相応の力があるものでないと制御できない。

 スハルト先生は、この国で1位、2位を争う魔法使い。なので、暗黒卿の監視役としてはうってつけの存在だった。もちろん、そのための待遇は恵まれていて、魔法省から多額の給与を貰っているらしい。

 放課後、フローレインはいつものように、スハルト先生の特別授業に参加するため、誰も入室が許されない、彼の教員室に向かった。

「ようこそ、フローレイン様」

 窓もない、ランプの明かりだけの、うす暗い地下室の扉が開き、初老の執事が現れた。

「スハン様、こんにちは」

 奥の大部屋の机には、いつもの魔法省の詰め入りの制服姿のスハルトがおり、分厚い書類をめくっている。

 ぎっしりと綺麗に整った書棚は、フローレインが3年かけて整えたものだ。

  初めてここに来た中等部の12歳の当初は、書物がめちゃくちゃに押し込まれていて、棚からあふれ出す始末。あちこち、奥の本には埃が積もるほどに。

 それでも、スハルト先生の机の背面にかけられている、金髪の女性の肖像画だけはちり一つないのだった。それだけ、先生が彼女を慕っているのが、よく分かる。

(あれが、アテーネ様。過去最強の魔法騎士団長様ですのね。お美しいわ。彼女を死滅させたデスモント卿とは、どれほど恐ろしい方なのかしら)

「先生、特別授業とは、どのようなことをするのですか?」

「書斎を整理整頓しなさい」

 スハルト先生の特別指導はたった一言だった。

(これが、特別ですって。わたくしでなくてもそんな雑用など、執事にさせれば……)

 そんな考えが、フローレインの脳裏をよぎった。けれども、思ったことは、顔にはおくびにも出さない。

「分かりました、先生。わたくし、完璧にやります」

 生真面目なフローレインは、コツコツと項目ごとにまとめていく。

(それも、何かの役に立つはずだから)

 共通点を探すためには、そこに書かれている内容も理解が必要だったので、自分なりに考えて、誰でもわかりやすく分別していく。

 それでも分からない時はフローレインは先生に質問したが、

「君に任せる」

と言ったきりだった。

「分かりましたわ」

 フローレインは、分からない呪文などは、他に並べられている魔術辞典をめくりながら、勉強した。そして、空き時間には強固な壁に仕切られた地下室の実験室で、本を片手に魔法を試してみた。その時には必ず、スハルト先生はそばで見守ってくれた。

 間違っていても、スハルト先生は注意などしない。ほとんど好きなようにさせてくれた。

(先生は無口だけれど、いつもわたくしを遠くで見守ってくださる。心根が暖かい方なのだわ)

 こうしているうちに、みるみるうちに、攻撃や防備、薬学や治癒、占い、あらゆる分野の魔法の知識と技術が備わってきた。そして、他の生徒たちを圧倒するまでになっていた。

 高等部の一年生になって、これまで通り書斎の片づけをしていると、地下牢の入口の鉄扉からスハルト先生が顔を出した。

「フローレインさん。杖を持って、ついてきなさい」

(デスモント卿が囚われている場所にわたくしが……)

「え、は、はい、分かりましたわ」

 フローレインは、恐怖と好奇心を胸に秘めながら、スハルト先生に連れられて、さらに深い地下層へと足を踏み入れていった。 
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