【完結】追放令嬢は“呪われた森”で将軍に拾われて、今さら王都に戻れと言われても遅いです

朝日みらい

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第7章 森を抜ける者たち

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 夜明けの空が、やけに赤かったのです。

 森の霧はいつも以上に重く、風がざわめき、遠くで獣の唸りが聞こえました。  
 わたしたちはこの日の朝、砦を中心に防衛の準備をしていました。  
 王国軍が、ついにこの森に進軍してくる──その報せが届いたのです。

「……焼き払うつもりだと?」

「はい。彼らは“魔の瘴気を祓う聖火”と称し、森を燃やすつもりでしょう。」

 報告に来た副官ゲルドの顔は蒼白でした。  
 森を燃やす……あの美しい命に満ちた場所を。

 胸が締めつけられて、わたしは思わず叫んでしまいました。

「そんなこと、させません! 森は呪われてなんていませんわ!」

 けれどゲルドの視線は冷たく、現実的でした。

「お言葉ですが、あの数を前にして防げるとは思えません。百人規模の討伐隊です。」

 沈黙。地図の上で赤い印がにじむように広がっていきます。  
 レオンハルト様は拳を握り、しばし黙っていました。

「クラリス。お前は森の奥に避難しろ。」

「いいえ。」

 即答したわたしに、彼の眉がわずかに動きました。

「危険だ。命令だ。」

「それでも! この森はわたしを受け入れてくれた場所です。  
 森が燃えるなら、わたしもここで共に戦います!」

 レオンハルト様が何かを言いかけ、やがて諦めたように息を吐きました。

「……仕方ない。なら、一歩も離れるな。俺の傍にいろ。」

「はい!」

 その一言で、不思議と恐怖が消えました。  
 彼の隣にいられる──それだけで、どんな炎にも立ち向かえる気がしたのです。

 *

 緊張の中、時間だけがじりじりと過ぎていきました。  
 昼になるころ、遠くから角笛の音が森に響き渡ります。  
 それが王国軍の侵攻の合図でした。

 枝の隙間から、ちらちらと炎の揺らめきが見える。  
 木々に火を放ちながら進軍しているようでした。

「くそっ……! 森を焼く気か!」

 怒鳴るゲルドの声。兵たちが慌てて消火の準備を整える。  
 だが風向きが悪く、火は瞬く間に広がっていく。

「森が……苦しんでる。」

 そう呟いたとき、掌の中の《エルデン石》が淡く光り出しました。  
 光は鼓動のように強まり、胸の奥に直接語りかけてくるような感覚がありました。

(クラリス……呼んでいる。森が……!)

 気づけば、わたしは走り出していました。  
 火の粉が舞う中、燃え盛る大樹の根元へ駆け寄る。

「クラリス! 行くな!」

 背後からレオンハルト様の叫びが聞こえました。  
 けれど、足は止まりません。

「お願い、森よ……あなたを、守らせて。」

 膝をつき、燃えた枝をよけながらエルデン石を掲げました。  
 光が空へと伸び、周囲の炎がゆっくりと鎮まっていく。  
 風が逆巻き、灰が光へと変わり、森が息を吹き返すようでした。

 突然、眩い閃光。  
 頭の奥に、誰かの声が響いたのです。

──“われを解き放て。再生の血の娘よ。”

「な……に……?」

 身体の奥が熱く燃え上がり、視界が白く染まりました。  
 気づいた時、火はすべて消えており、森を覆っていた霧がふっと晴れていたのです。

 兵士たちのざわめき。木々の緑が、まるで春のように鮮やかに甦っていく。  
 レオンハルト様が駆け寄り、わたしの肩を強く抱きしめました。

「無茶をするな! どうして命を賭けた!」

「だって……森が、泣いていました。」

 その言葉に、彼の腕の力が強まりました。  
 熱い鼓動が、すぐ近くで伝わってくる。

「お前という奴は……。」

 低い声で呟きながら、彼は私の髪を撫で、額をそっと合わせてきました。  
 その手の震えが、どれほど心配してくれたかを語っていました。

「……二度と一人で行動するな。頼む。」

「……はい。」

 その約束が、どうしようもなく嬉しかったのです。

 *

 一方その頃、混乱のさなかにいた王国軍の本陣では、異様な現象に兵士たちが怯えていました。  
 森中の炎が突如として掻き消え、花が一斉に咲き誇る。  
 人々はそれを“聖女の奇跡”と呼び始めました。

 報告を受けた王太子は怒りに顔を歪めます。

「クラリスが……生きている? それに、人々が“真の聖女”だと讃えているだと?」

 傍らでリディアが微笑を浮かべました。

「殿下。あの女は危険です。彼女の魔力こそが“再び王を滅ぼす呪い”なのです。」

「ならば、斬ってでも止める。森ごと焼き尽くしてやる!」
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