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一章ー荒巻の依頼ー
仕事の横取り
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「あー飲んだ。美味かったな。今日はもう遅いし明日からにするか」
鈴味屋を出るともう日が暮れている。
いい具合にほろ酔いだ。
結局あれからそこそこ酒を飲んでしまった。
おさきはもう一杯と言わず、徳利一つ飲み干すまでは付き合ってくれたが、その後は一人で飲んだ。
飯を食ったら宇吉と江吉の家に様子を見に行こうと思っていたが、もうそんな気は起こらなかった。
今行った所で何かが変わるわけでもない。
明日でいいだろう。
それにしても猫一匹で仲の良かった関係が崩れるとは何とも馬鹿な話だが、彼らにとっては、いや、彼らの家族にとっては大きな事なのだ。
それに気付かされただけでも今日は大きな収穫だった。
だから今日鈴味屋で飲んだ事は無駄ではないのだ。
「ただいま」
家に着くと伝之助はいない。
しめた。
調査をすると言って何もせず帰ったらまた何かと言われると思っていたが、伝之助がいないとなればここはさっさと寝床についてしまおう。
明日から策を練って二人の仲を取り持とう。
そう決意して眠りについた。
「おい、いつまで寝よっとか」
伝之助の不機嫌な声で目を覚ます。
「んあ……ああ、伝之助さん。おはようございます」
「ないを呑気におはようございますじゃ。はよ起きて働かんか」
体を起こして外を見るともう日が高く昇っている。
どうやら寝すぎたようだ。
「はいはい、わかりました。さっさと支度します」
お前がやっといてくれたらええやないか。
そんな思いで嫌味を込めて返事をするが、伝之助は意に介さない。
相変わらず羨ましいほどの無神経だ。
昼飯をかきこみ支度をすると家を出る。
伝之助は見送りにもこなかった。
宇吉と江吉の家に向かうが、家に行ってどうすればいいのかと考える。
約束の日まであと二日。
それまでに猫相手に何をすればいいのだろう。
猫のたまに決めさせるとは言ったものの、何も策は思いついていない。
あれこれ考えていると宇吉と江吉の家に着く。
「なんで……」
優之助は目を疑った。
つい先日まであれほどいがみ合っていた二人が縁側でにこにこと仲睦まじく猫を撫でている。
優之助は二人に走り寄った。
「仲直りしたんですか?」
優之助が詰め寄ると、宇吉と江吉は目尻を下げたまま優之助の方を見る。
猫は人間達の様子など意に介していない。
宇吉か江吉か、どちらかが答える。
「ええ、この通り。お騒がせして申し訳ありません」
それに対して申し合わせていたように、またどちらかが呼応する。
「いや、俺らがいがみ合ってたらたまが可哀想て気付いたんですわ」
そんなもん理由になるかい――あれ程の剣幕でやり合っていたのにそんな簡単に仲直りするはずがない。
「ついこの間まであれ程いがみ合ってたのに……一体何が?」
「お侍さんが諭してくれたんです」
そう言って宇吉と江吉の妻が出てきた。
宇吉と江吉も他人ながら顔がよく似ているが、二人の妻もよく顔が似ている。
「お侍さんが諭してくれた?」
まさか、伝之助が手を打ってくれたのだろうか。
「ええそうです。確か理精流と言う剣術道場の師範をされている方でした」
理精流の師範……荒巻志郎か。
一瞬でも伝之助が手を打ってくれたのかと思った自分が馬鹿だった。
「荒巻さんですか」
「ああそないなお名前の方でした。昨日、荒巻様が家へいらして互いの亭主が揉めているそうでと言うもので。もう優之助さんにお願いしたと言うと話だけでもさせてほしいと言うものですから……それで話し終えて暫くしたらあの様子です」
完全な妨害やないか。
いくら侍とは言え、人の商売の邪魔をするとは許し難い。
「あれ程いがみ合ってたのが嘘のように二人してにこにこして。逆に気味悪いぐらいです」
呆れ返ってどちらかの妻が言う。
もう一方の妻が申し訳なさそうに優之助へ向き直る。
「優之助さんには申し訳ない事になってしまいました。お金はお支払いします」
「いや、俺が解決したわけやないんでそれは受け取れません」
依頼内容が大した事ではないので、報酬も大した額ではないが受け取る訳にいかない。
何度かの押し問答の末、報酬は辞退した。
代わりにどのようにしてこうなったか詳しく聞いた。
と言っても二人の妻は逐一様子を見ていたわけではないので詳しくわからないようだったが、何やら荒巻がじっくりと双方の言い分を聞き、諭したようだ。
まさに正攻法である。
「ちくしょう……」
優之助は悪態つきながら帰路につく事となった。
家に帰ると伝之助は裏庭で剣の稽古をしていた。
伝之助の扱う流派天地流、「天地両断の剣」と言われ、一度刀を抜いたら一撃で相手を仕留めるかの如く、恐怖や迷いは一切捨て、天地両断の気概を持って全力で斬り掛かる剣術だ。
稽古中に話しかけても伝之助は答えない。
それに構わず無理くり話しかけると怒り出す。
集中している所に水を差される事が嫌なのか、稽古中と言えど常に実戦を意識して気を抜かない。
優之助は伝之助の稽古が終わるのを待った。
もう終盤だったのか、程なくして稽古を終えた伝之助が汗をぬぐいながら居間に来た。
「伝之助さん。稽古は終わりましたか」
「おう」
「それじゃあ少しお話しよろしいですか」
「ないじゃ。慌ただしい奴じゃの」
そう言いながらも伝之助は優之助の向かいに座る。
「実は……」
優之助は荒巻に横取りされた仕事の経緯を話す。
伝之助は腕を組んで黙って聞いていた。
「あの……聞いてます?」
「聞いちょる。そうか。そげんこつなったとか」
「そうなんですよ。ほんま荒巻とかいう侍、人の商売横取りして酷いもんですわ」
優之助は悪態付く。
自分が先にやっていたという自負がある。
「まあ二人が来た時お前、親身になっちょらんかったからの。そいが伝わったかもしれんの」
おさきにも言われた通りで、確かにそうだが……
「それじゃあ伝之助さんが話を聞いてやればよかったじゃないですか」
「お前はないを言うちょっとか。おいが話聞いてまとめたらお前ん仕事ば無くなっど。おいはおいの役目があり、お前にはお前の役目があっとじゃろ」
確かにその通りだ。
自身の甘い考えに歯噛みする。
「伝之助さんのおっしゃる通りです」そう言うしかない。
「わかればよか。次からもっと親身んなって聞いちゃれ」
次……そう言えば……
「伝之助さん、その次なんですけど……今回の依頼が最後やったみたいで今のところ次の依頼はないようです」
「あれ程あったんにか」
伝之助は目を見開いて驚く。
「ええ、それが……」
優之助はおさきに聞いた、荒巻が師範を務める理精流の道場に相談事を持ち掛ける人々が多いようでこちらに回ってくる分が減っており、ついに無くなってしまったと話した。
「宇吉と江吉んこつだけとちごうたか。そいは困ったの」
伝之助はそれ程困っていない様子で言った。
実際、伝之助は用心棒の仕事をして稼ぐ事が出来るから困ったと言ってもそれ程でもない。
本当に困った事になるのは優之助である。
実家からの仕送りを断り、親と弟の脛をかじるのをやめたのだ。
今は相談事を持ち掛けられ解決し、その報酬を貰い生活している。
多少の蓄えはあるが、収入がなく出て行くばかりとなるといつまでも持たない。
このままではまた実家に頼み込む事になる。
それは避けたい。
「ついこの間まで忙しかったんが懐かしいですね。忙しいんも嫌やったけど仕事がないんはもっと嫌です」
「今更仕事がある有難味に気付いたとか」
「ええ、今更ながら気付きました」
「お前はほんのこて残念な奴じゃの」
誰が残念な奴や。
やかましいわ。
黙って不貞腐れる。
「もうよか。過ぎたこつ言うても仕方んなか。理精流の道場、行ってみっとか」
「え……」
まさか、乗り込みに行くのか。
「勘違いすな。ないも道場破りすんでなか。偵察じゃ」
ほっとした。
こいつなら「荒巻を懲らしめにいっど」とか言い出しかねないと思ったからだ。
伝之助も少しはまともな発言をするようになったようだ。
「そうですね。相手を知らん事にはあきません。一度偵察に行きましょう」
「よかよか。お前が入門したいち言うこつにしていっど」
は?
「俺が入門ですか?」
「おう。あくまで形だけじゃ」
「形だけでも多少は稽古みたいなんさせられるんちゃいますかね」
「そりゃそうじゃ。ちいと見してくれなんち言うんが通用するか。流派によっては外に漏れるのを嫌う流派もある。理精流がどげんか知らんがの」
ほっとしたのが馬鹿だった。
剣術を書物で知る事は好きだが、自分でやるのは嫌だ。
なぜなら自分に剣才が無い事を自覚しているからだ。
それどころか体を動かすこと自体が嫌いだ。
「そう言うのはさっきの言うところ、伝之助さんのお仕事ではないんでしょうか」
「馬鹿たい。おいは天地流をしちょう。他流はせん」
「いや、だから形だけ――」
「しつこい奴じゃのう」
伝之助が口調を変えて遮る。
これ以上言うと怒らせる。
「わかりました。俺が入門しに行きます。でも伝之助さんも付き添いで来て下さい」
「お前は赤子か」
伝之助が呆れて後ろに手を付く。
「何とでも言うてください。でも絶対に一緒に行って下さいよ」
「よかよか。うぜらしかのう」
鬱陶しそうに片手を振る。
ちくしょう……腹が立つがここは我慢だ。
一人で行くとどんな目に遭うかわかったもんじゃない。
のこのこと一人で敵の中枢に繰り出すわけにはいかない。
伝之助を巻き込むのだ。
「それでいつ行くんですか。いつもみたいに明日とか言うんやないでしょうね」
「おう、そんつもりじゃ。明日いっど」
やはりそうだ。
こいつは思いついたらすぐに実行せずにはいられない。
その作戦がどれ程浅はかで無謀でも突き進む。
今までは何とかなってきたが、いつかえらい目に遭うのではないだろうか。
「ほんまに明日行くんですか」
「おう」
こうなるともう止めても無駄だ。
と言うより止まらない。止まる気もないだろう。
「はいはいわかりました」
どうせいつかは通らないといけない、避けては通れない道だ。
鈴味屋を出るともう日が暮れている。
いい具合にほろ酔いだ。
結局あれからそこそこ酒を飲んでしまった。
おさきはもう一杯と言わず、徳利一つ飲み干すまでは付き合ってくれたが、その後は一人で飲んだ。
飯を食ったら宇吉と江吉の家に様子を見に行こうと思っていたが、もうそんな気は起こらなかった。
今行った所で何かが変わるわけでもない。
明日でいいだろう。
それにしても猫一匹で仲の良かった関係が崩れるとは何とも馬鹿な話だが、彼らにとっては、いや、彼らの家族にとっては大きな事なのだ。
それに気付かされただけでも今日は大きな収穫だった。
だから今日鈴味屋で飲んだ事は無駄ではないのだ。
「ただいま」
家に着くと伝之助はいない。
しめた。
調査をすると言って何もせず帰ったらまた何かと言われると思っていたが、伝之助がいないとなればここはさっさと寝床についてしまおう。
明日から策を練って二人の仲を取り持とう。
そう決意して眠りについた。
「おい、いつまで寝よっとか」
伝之助の不機嫌な声で目を覚ます。
「んあ……ああ、伝之助さん。おはようございます」
「ないを呑気におはようございますじゃ。はよ起きて働かんか」
体を起こして外を見るともう日が高く昇っている。
どうやら寝すぎたようだ。
「はいはい、わかりました。さっさと支度します」
お前がやっといてくれたらええやないか。
そんな思いで嫌味を込めて返事をするが、伝之助は意に介さない。
相変わらず羨ましいほどの無神経だ。
昼飯をかきこみ支度をすると家を出る。
伝之助は見送りにもこなかった。
宇吉と江吉の家に向かうが、家に行ってどうすればいいのかと考える。
約束の日まであと二日。
それまでに猫相手に何をすればいいのだろう。
猫のたまに決めさせるとは言ったものの、何も策は思いついていない。
あれこれ考えていると宇吉と江吉の家に着く。
「なんで……」
優之助は目を疑った。
つい先日まであれほどいがみ合っていた二人が縁側でにこにこと仲睦まじく猫を撫でている。
優之助は二人に走り寄った。
「仲直りしたんですか?」
優之助が詰め寄ると、宇吉と江吉は目尻を下げたまま優之助の方を見る。
猫は人間達の様子など意に介していない。
宇吉か江吉か、どちらかが答える。
「ええ、この通り。お騒がせして申し訳ありません」
それに対して申し合わせていたように、またどちらかが呼応する。
「いや、俺らがいがみ合ってたらたまが可哀想て気付いたんですわ」
そんなもん理由になるかい――あれ程の剣幕でやり合っていたのにそんな簡単に仲直りするはずがない。
「ついこの間まであれ程いがみ合ってたのに……一体何が?」
「お侍さんが諭してくれたんです」
そう言って宇吉と江吉の妻が出てきた。
宇吉と江吉も他人ながら顔がよく似ているが、二人の妻もよく顔が似ている。
「お侍さんが諭してくれた?」
まさか、伝之助が手を打ってくれたのだろうか。
「ええそうです。確か理精流と言う剣術道場の師範をされている方でした」
理精流の師範……荒巻志郎か。
一瞬でも伝之助が手を打ってくれたのかと思った自分が馬鹿だった。
「荒巻さんですか」
「ああそないなお名前の方でした。昨日、荒巻様が家へいらして互いの亭主が揉めているそうでと言うもので。もう優之助さんにお願いしたと言うと話だけでもさせてほしいと言うものですから……それで話し終えて暫くしたらあの様子です」
完全な妨害やないか。
いくら侍とは言え、人の商売の邪魔をするとは許し難い。
「あれ程いがみ合ってたのが嘘のように二人してにこにこして。逆に気味悪いぐらいです」
呆れ返ってどちらかの妻が言う。
もう一方の妻が申し訳なさそうに優之助へ向き直る。
「優之助さんには申し訳ない事になってしまいました。お金はお支払いします」
「いや、俺が解決したわけやないんでそれは受け取れません」
依頼内容が大した事ではないので、報酬も大した額ではないが受け取る訳にいかない。
何度かの押し問答の末、報酬は辞退した。
代わりにどのようにしてこうなったか詳しく聞いた。
と言っても二人の妻は逐一様子を見ていたわけではないので詳しくわからないようだったが、何やら荒巻がじっくりと双方の言い分を聞き、諭したようだ。
まさに正攻法である。
「ちくしょう……」
優之助は悪態つきながら帰路につく事となった。
家に帰ると伝之助は裏庭で剣の稽古をしていた。
伝之助の扱う流派天地流、「天地両断の剣」と言われ、一度刀を抜いたら一撃で相手を仕留めるかの如く、恐怖や迷いは一切捨て、天地両断の気概を持って全力で斬り掛かる剣術だ。
稽古中に話しかけても伝之助は答えない。
それに構わず無理くり話しかけると怒り出す。
集中している所に水を差される事が嫌なのか、稽古中と言えど常に実戦を意識して気を抜かない。
優之助は伝之助の稽古が終わるのを待った。
もう終盤だったのか、程なくして稽古を終えた伝之助が汗をぬぐいながら居間に来た。
「伝之助さん。稽古は終わりましたか」
「おう」
「それじゃあ少しお話しよろしいですか」
「ないじゃ。慌ただしい奴じゃの」
そう言いながらも伝之助は優之助の向かいに座る。
「実は……」
優之助は荒巻に横取りされた仕事の経緯を話す。
伝之助は腕を組んで黙って聞いていた。
「あの……聞いてます?」
「聞いちょる。そうか。そげんこつなったとか」
「そうなんですよ。ほんま荒巻とかいう侍、人の商売横取りして酷いもんですわ」
優之助は悪態付く。
自分が先にやっていたという自負がある。
「まあ二人が来た時お前、親身になっちょらんかったからの。そいが伝わったかもしれんの」
おさきにも言われた通りで、確かにそうだが……
「それじゃあ伝之助さんが話を聞いてやればよかったじゃないですか」
「お前はないを言うちょっとか。おいが話聞いてまとめたらお前ん仕事ば無くなっど。おいはおいの役目があり、お前にはお前の役目があっとじゃろ」
確かにその通りだ。
自身の甘い考えに歯噛みする。
「伝之助さんのおっしゃる通りです」そう言うしかない。
「わかればよか。次からもっと親身んなって聞いちゃれ」
次……そう言えば……
「伝之助さん、その次なんですけど……今回の依頼が最後やったみたいで今のところ次の依頼はないようです」
「あれ程あったんにか」
伝之助は目を見開いて驚く。
「ええ、それが……」
優之助はおさきに聞いた、荒巻が師範を務める理精流の道場に相談事を持ち掛ける人々が多いようでこちらに回ってくる分が減っており、ついに無くなってしまったと話した。
「宇吉と江吉んこつだけとちごうたか。そいは困ったの」
伝之助はそれ程困っていない様子で言った。
実際、伝之助は用心棒の仕事をして稼ぐ事が出来るから困ったと言ってもそれ程でもない。
本当に困った事になるのは優之助である。
実家からの仕送りを断り、親と弟の脛をかじるのをやめたのだ。
今は相談事を持ち掛けられ解決し、その報酬を貰い生活している。
多少の蓄えはあるが、収入がなく出て行くばかりとなるといつまでも持たない。
このままではまた実家に頼み込む事になる。
それは避けたい。
「ついこの間まで忙しかったんが懐かしいですね。忙しいんも嫌やったけど仕事がないんはもっと嫌です」
「今更仕事がある有難味に気付いたとか」
「ええ、今更ながら気付きました」
「お前はほんのこて残念な奴じゃの」
誰が残念な奴や。
やかましいわ。
黙って不貞腐れる。
「もうよか。過ぎたこつ言うても仕方んなか。理精流の道場、行ってみっとか」
「え……」
まさか、乗り込みに行くのか。
「勘違いすな。ないも道場破りすんでなか。偵察じゃ」
ほっとした。
こいつなら「荒巻を懲らしめにいっど」とか言い出しかねないと思ったからだ。
伝之助も少しはまともな発言をするようになったようだ。
「そうですね。相手を知らん事にはあきません。一度偵察に行きましょう」
「よかよか。お前が入門したいち言うこつにしていっど」
は?
「俺が入門ですか?」
「おう。あくまで形だけじゃ」
「形だけでも多少は稽古みたいなんさせられるんちゃいますかね」
「そりゃそうじゃ。ちいと見してくれなんち言うんが通用するか。流派によっては外に漏れるのを嫌う流派もある。理精流がどげんか知らんがの」
ほっとしたのが馬鹿だった。
剣術を書物で知る事は好きだが、自分でやるのは嫌だ。
なぜなら自分に剣才が無い事を自覚しているからだ。
それどころか体を動かすこと自体が嫌いだ。
「そう言うのはさっきの言うところ、伝之助さんのお仕事ではないんでしょうか」
「馬鹿たい。おいは天地流をしちょう。他流はせん」
「いや、だから形だけ――」
「しつこい奴じゃのう」
伝之助が口調を変えて遮る。
これ以上言うと怒らせる。
「わかりました。俺が入門しに行きます。でも伝之助さんも付き添いで来て下さい」
「お前は赤子か」
伝之助が呆れて後ろに手を付く。
「何とでも言うてください。でも絶対に一緒に行って下さいよ」
「よかよか。うぜらしかのう」
鬱陶しそうに片手を振る。
ちくしょう……腹が立つがここは我慢だ。
一人で行くとどんな目に遭うかわかったもんじゃない。
のこのこと一人で敵の中枢に繰り出すわけにはいかない。
伝之助を巻き込むのだ。
「それでいつ行くんですか。いつもみたいに明日とか言うんやないでしょうね」
「おう、そんつもりじゃ。明日いっど」
やはりそうだ。
こいつは思いついたらすぐに実行せずにはいられない。
その作戦がどれ程浅はかで無謀でも突き進む。
今までは何とかなってきたが、いつかえらい目に遭うのではないだろうか。
「ほんまに明日行くんですか」
「おう」
こうなるともう止めても無駄だ。
と言うより止まらない。止まる気もないだろう。
「はいはいわかりました」
どうせいつかは通らないといけない、避けては通れない道だ。
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