32 / 373
第三章 呪いを暴く話
第2話 夫婦役
”お二人には、夫婦になって貰います”。
「………………………………はい?」
総一郎の言葉についてたっぷりと考えた後、やはり理解出来ずに日和は聞き返す。
「どういう事ですか?」
寝ぼけていた碧真も目を覚ましたのか、物凄く不機嫌そうな顔で総一郎を睨みつけた。眠たさと不機嫌が混ざり合って、今にも総一郎の息の根を止めにかかりそうな目をしている。
総一郎は、碧真の表情に怯える事もなく、楽しそうに笑っている。
「今回の仕事の間、お二人には夫婦役を演じて欲しいのです」
「……どうしたら、そんな馬鹿な考えに辿り着くんです? またいつもの悪ふざけですか? 笑えないんですけど」
碧真はイライラを隠さない早口で、総一郎を口撃する。
「これは、私のアイディアではありません。文句なら、その方に言ってくださいね?」
総一郎がニコニコと笑って受け流す。
総一郎の発案では無いと言われて、碧真は訝しげな表情で丈を見る。
「まさか、丈さんですか?」
「俺でもない。今回の件で、俺が協力者を一人呼んだ。そいつの意見では、村に潜入する為には、二人に夫婦役を演じてもらうのが最良だという話だ」
「協力者?」
首を傾げる日和に、丈は頷く。
「少し変わっているが、頼りになる奴だ」
丈の穏やかな笑みから、信頼関係のある人物なのだろうと感じた。
「碧真君と日和さんは、新婚夫婦として仲睦まじく過ごしてくださいね。日和さんは、ボロを出さないように、しっかりと演じてください」
総一郎は楽しそうに笑いながら、日和に念を押した。
日和は隣に座る碧真を見る。
明らかに『不本意・不愉快』といった表情だ。
(ぜ、絶対に無理)
日和は冷や汗をかく。
「い、今から仕事を辞退とか……」
碧真と夫婦に見られる自信が一ミリもない。その前に、正常なコミュニケーションを取れる自信すらない。
「お仕事、頑張ってくださいね」
総一郎のキラッキラの笑顔と『行け』という無言の圧力が返ってくるだけで、日和の望む答えは返ってこなかった。
「最悪な仕事だ」
碧真が吐き捨てた言葉に、日和は心の中で激しく同意した。
目的地である村へ向かう前に、協力者と合流する事になった。
車の運転席に丈、後部座席に日和と碧真が座る。
碧真はまだ眠いのか、シートを倒して目を閉じた。車が発進して少し経つと、規則正しい寝息が聞こえてきた。
「丈さんは、村でどんな儀式が行われているのか、ご存知なんですか?」
日和は前にいる丈に尋ねる。丈は頷き、唇を開いて言葉を紡ぐ。
「『神隠シ』」
知っている言葉に、日和は目を見開いた。
「神様が人間を違う世界に連れて行くっていう、あの『神隠し』ですか?」
『神隠し』は、昔話や怪異譚の題材になっている。人間が忽然と、この世から消えてしまうこと。それらは神の仕業と言われている。
(けど、神隠しって、神様がやる事だよね? それを人間が儀式でやっちゃうって事??)
「天翔慈家が作り出した術は、赤間さんが知っている『神隠し』とは真逆だ」
「真逆?」
「人間が神を隠す術だ」
「……神様を隠す?」
日和はポカンとする。
「『神隠シ』の術を生み出したのは、天翔慈家稀代の天才と呼ばれる、天翔慈晴信様だ。晴信様の手記によると、今から行く村は、一九〇七年に邪神によって村人が惨殺されていたらしい。晴信様が旅の途中で村を訪れ、村人に『神隠シ』の術を授けた。人の世ではない場所に神を隠して穢れを祓い、邪神の力を奪う術だという。穢れを祓い終えたら、神はこの世に戻ってくるようだ」
神を隠せる程の力を持った術を作り出せるなど、天翔慈家はとんでもない一族なのではなかろうか。
「その邪神の正体は、村の守り神である”待宵月之玉姫”。守り神から邪神に変わり、村人を襲ったらしい」
「どうして、邪神に変わるんですか?」
守り神が邪神に変わる。それが”待宵月之玉姫”の性質なのか、何かしらの外的要因があるのか。
「晴信様の手記は傷みが酷くて読めない部分も多い。何故、待宵月之玉姫が邪神に変わったのかは不明だ。俺も訳があって、事前に村について調べる事が出来なかった。だから、現地で調査するしかない。赤間さんには、村人からの情報収集をしてもらう事になる。君は人当たりが良くて相手に警戒心を与えないから、頼りにしている」
情報収集を任された日和は頷く。
(うまく出来るかわからないけど……。仕事だから、やるしかない)
丈の運転する車が、高層マンション前の駐車場に停車する。
丈がシートベルトを外して車から降りた。協力者は、この場所にいるらしい。
「丈くーん!!」
弾むような声が聞こえて、日和は車の窓から外を見る。
見知らぬ男性が、勢いよく丈に抱きついた。
丈の表情は日和からは見えないが、丈に抱きついている男性は幸せそうな満面の笑みを浮かべていた。
「会いたかったよー! 丈君も、僕に会いたかったでしょ?」
男性は物凄いハイテンションで、丈に話しかける。日和は男性を見てポカンとした。
(もしかして、あの人が協力者なの??)
男性のハイテンションな声で目を覚ましのか、碧真が体を起こす。
男性を見た碧真は、いつも以上に不機嫌な表情を浮かべた。
「……協力者って、あの人かよ」
碧真が心底嫌そうに呟く。どうやら、碧真も知っている人らしい。
「壮太郎。少し落ち着け」
丈が溜め息と共に、男性を宥める。壮太郎と呼ばれた男性は素直に応じて、両手を離した。
「いや~、久しぶりでついテンションが上がっちゃったよ!」
壮太郎は、飄々とした印象の人だった。
アシンメトリーな髪型で、髪色は緑系のブラウンアッシュ。肌は色白。細身で身長も高く、すらりとしている。服装は白シャツにチャコールグレーのベストと黒のズボンで、清潔感のある見た目だった。
壮太郎が車に近づいてきて、助手席のドアを開ける。壮太郎は日和を見て、人懐っこい笑みを浮かべた。
「この子が、丈君が言っていた一般人の子かー。はじめまして! 僕は結人間壮太郎。丈君の同級生で、大親友。そして、義兄だよ」
***
三人を送り出した総一郎は、母屋の縁側で一人ゆっくりとお茶を飲みながら庭を眺めていた。
「総一郎」
名前を呼ばれて、総一郎は声がした方へ顔を向ける。
「おや、咲良子さん」
廊下に咲良子が立っていた。
儚げな少女というのが、咲良子を知らない人が見た時の印象だ。少しでも交流した事があるのなら、彼女の性格が見た目とは随分と違うとわかる。
「……私は、何か貴女を怒らせるような事をしましたか?」
総一郎は内心冷や冷やしながらも、笑顔を取り繕って尋ねる。
咲良子の表情は、一見すると無表情に見えるが、付き合いの長い総一郎には怒っているのだと一目でわかった。
「なんで、日和と巳を近づけようとするの?」
咲良子の声は、咎める色を含んでいる。
手に持っていた湯飲みを盆の上に置いて、総一郎は目を伏せた。
「……碧真君には、日和さんのような人が必要だと感じたからです」
「日和のような人?」
「碧真君には、側にいてくれる人が必要です。『呪罰行きの子』としてではなく、『鬼降魔碧真』という人間を見てくれる人が」
一族の人間は、碧真の事を『呪罰行きの子』としか見ない。蔑むか、遠ざけて、誰も碧真を人間として見ようとしない。
「ただ、碧真君にとって、綺麗すぎる人間は毒でしかない。綺麗すぎるものに傷つけられる事もありますから。日和さんは、清濁どちらも合わせ持った人だと感じました。日和さんは、己の汚さを否定したり、隠す事はしなかった。迷いながらも悩んで、生きて、受け入れてきた人なのでしょう。そんな彼女なら、碧真君と対等に関わってくれると思いました」
人を呪いたいと思ったことはないかと問われた時、日和は隠さなかった。
どんな過去があるのかはわからないが、自分の汚さを思い知らされた経験があるのだろう。そして、苦しみながらも、その汚さを受け入れた。
自分の弱さや汚さを受け入れられる人は、他人の弱さも汚さも受け入れられる。
日和なら、碧真の事も否定するのではなく、受け入れてくれるのではないかと総一郎は考えた。
「巳の為に、日和を利用するの?」
咲良子の膨れ上がった怒気に、総一郎は背中に冷や汗をかく。
「もし、日和が巳に酷い目に遭わされたら、責任取れるの?」
「……碧真君は、彼の父親とは違います。本来の彼は、優しい子です」
総一郎は幼い頃の碧真を知っている。『呪罰行きの子』になる前の碧真は、よく笑う子だった。碧真を歪めたのは、彼の両親と一族の人間だ。
咲良子の表情が険しくなったと思った瞬間、胸ぐらを掴まれる。
射殺すような咲良子の強い視線が、総一郎を捕らえた。
「『呪罰行きの子』に、大切な婚約者を傷つけられた事を忘れたの?」
”総一郎さん……──”。
過去の記憶がブワリと蘇る。
室内に飛び散る赤い血。血だらけになった愛しい女性。笑いながら、彼女の体を突き刺した少年の顔。横たわる、親しい人達の死体。何も出来なかった自分。
咲良子は、総一郎から乱暴に手を離した。
「私は、総一郎の中途半端な所、嫌い」
咲良子は総一郎に背を向ける。
「あの子にかけた術にも、綻びが出来てた。今回は、私が直したけど」
「……申し訳ありません」
術の綻びに気づかなかった事に、総一郎は驚きと共に自分の不甲斐なさを恥じた。
「しっかりして。あなたは、私の共犯者なんだから」
そう言い残して、咲良子は去って行った。
残された総一郎は、息を吐き出して床の上に寝転がる。
「私は、どうやっても、あなたの家の人間には嫌われますね」
総一郎は片腕で両目を覆い隠して、自嘲的な笑みを浮かべた。
あなたにおすすめの小説
スラム街の幼女、魔導書を拾う。
海夏世もみじ
ファンタジー
スラム街でたくましく生きている六歳の幼女エシラはある日、貴族のゴミ捨て場で一冊の本を拾う。その本は一人たりとも契約できた者はいない伝説の魔導書だったが、彼女はなぜか契約できてしまう。
それからというもの、様々なトラブルに巻き込まれいくうちにみるみる強くなり、スラム街から世界へと羽ばたいて行く。
これは、その魔導書で人々の忘れ物を取り戻してゆき、決して忘れない、忘れられない〝忘れじの魔女〟として生きるための物語。
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
やり直し令嬢は箱の外へ、気弱な一歩が織りなす無限の可能性~夜明けと共に動き出す時計~
悠月
ファンタジー
これは、狭い世界に囚われ、逃げ続けていた内気な貴族令嬢が、あるきっかけで時間が巻き戻り、幼い頃へ戻った。彼女は逃げるように、過去とは異なる道を選び、また周囲に押されながら、徐々に世界が広がり、少しずつ強くなり、前を向いて歩み始める物語である。
PS:
伝統的な令嬢物語ではないと思います。重要なのは「やり直し」ではなく、「箱の外」での出来事。
主人公が死ぬ前は主に引きこもりだったため、身の回りに影響する事件以外、本の知識しかなく、何も知らなかった。それに、今回転移された異世界人のせいで、多くの人の運命が変えられてしまい、元の世界線とは大きく異なっている。
薬師、冒険者、店長、研究者、作家、文官、王宮魔術師、騎士団員、アカデミーの教師などなど、未定ではあるが、彼女には様々なことを経験させたい。
※この作品は長編小説として構想しています。
前半では、主人公は内気で自信がなく、優柔不断な性格のため、つい言葉を口にするよりも、心の中で活発に思考を巡らせ、物事をあれこれ考えすぎてしまいます。その結果、狭い視野の中で悪い方向にばかり想像し、自分を責めてしまうことも多く、非常に扱いにくく、人から好かれ難いキャラクターだと感じられるかもしれません。
拙い文章ではございますが、彼女がどのように変わり、強くなっていくのか、その成長していく姿を詳細に描いていきたいと思っています。どうか、温かく見守っていただければ嬉しいです。
※リアルの都合で、不定期更新になります。基本的には毎週日曜に1話更新予定。
作品の続きにご興味をお持ちいただけましたら、『お気に入り』に追加していただけると嬉しいです。
※本作には一部残酷な描写が含まれています。また、恋愛要素は物語の後半から展開する予定です。
※この物語の舞台となる世界や国はすべて架空のものであり、登場する団体や人物もすべてフィクションです。
※同時掲載:小説家になろう、アルファポリス、カクヨム
※元タイトル:令嬢は幸せになりたい
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~
杵築しゅん
ファンタジー
戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。
3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。
家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。
そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。
こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。
身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。
聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!
碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった!
落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。
オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。
ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!?
*カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
悪女の針仕事〜そのほころび、見逃しません!〜
陰陽@4作品商業化(コミカライズ他)
ファンタジー
公爵令嬢として生まれながら、子ども時代からメイドや周囲の陰謀で、次々と濡れ衣を着せられ、「悪女」扱いされてきたミリアム。
第3王子との婚約を聖女に奪われ、聖女への嫌がらせの冤罪で国外追放された後、平民として生き延びる中で、何度も5年前へのロールバック(逆行)を繰り返すことに。
生計をたてる為に、追放後の平民生活で極めた針仕事が、ロールバックが繰り返されることで、針仕事の能力だけは引き継がれ、天才的な実力を手に入れる。
その時女神「アテナ」の加護を得て、2つの力を手にすることに。
「加護縫い」
(縫った布に強力な祝福を込められる)
「嘘のほころびを見抜く力」
(相手の嘘を布のほころびとして視覚的に捉え、引き抜く、または繕うことで、真実を暴いたり修正したりする)
を手にしたミリアムは、5歳の幼女時代まで遡り、2つの力で悪評をぬりかえ、仲違いしていた家族も、加護の力を与えることで協力な味方へと変貌。
さらに、女神から可愛いしもべ「アリアドネ」を授かり、元婚約者と聖女にザマァを狙う中、加護縫いの能力が最も高い人間を王太子妃に迎える決まりのある大国、ルーパート王国の王子が近付いて来て……?