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第三章 呪いを暴く話
第28話 前世との邂逅
しおりを挟む少女を包む毛布が床の上に落ちる。
小さな壺を抱えた少女の腹部から複数の刃が生えていた。その刃が、丈の体を傷をつけたのだと壮太郎は理解する。
丈は少女の体を下ろすと、床に膝をついた。事前に仕込んでいたのか、少女の腹部には黒の術式が見える。
少女の体から生えた刃が再び丈を斬りつけようと蠢く。壮太郎は指輪を投げつけて、少女を結界の中へ閉じ込めて丈への攻撃を防いだ。
「丈君! 丈君!!」
壮太郎は血相を変えて、丈に駆け寄る。
「……壮太郎。大丈夫だから落ち着け」
俯いていた丈が顔を上げる。
丈は咄嗟に危険を察知し、少女の体を反らせる事で刃に刺される事を回避していた。頬や胸部にわずかに切り傷はあるが、傷は浅いようだ。
「丈君を傷つけるなんて、余程死にたいらしいね」
壮太郎は立ち上がり、木木塚を睨む。壮太郎が放つ威圧感に気圧され、木木塚は呼吸が上手く出来ずに口をパクパクさせて震えていた。
「さっきまでの威勢は何処に行ったのかな? 怯えた小動物のような顔してさ」
三体の髑髏達が、木木塚の上に伸し掛かる。
「ああ、君達はまだ手を出さないで。最初は僕がやるから」
壮太郎の指示に、髑髏達は大人しく従った。髑髏達は木木塚の手足を抑えて自由を奪う。仰向けになった木木塚は抵抗しようとするが、髑髏達の力には敵わない。
壮太郎は右足で木木塚の喉をゆっくりと踏みつける。木木塚が苦しげに顔を歪めたのを見て、壮太郎は笑みを浮かべた。
「さて、どうやって苦しめてあげようか? 窒息させるだけじゃ味気ない。ああ、君が言っていたように、手足を一本ずつ、ゆっくり切り落としてあげるのがいいかな? 切り落とした手足を、この子達に食べさせよう。自分の体の一部が、咀嚼されていく様を見せつけるのは楽しそうだ」
壮太郎は左手首につけていたブレスレットに力を注ぐ。ブレスレットはノコギリに変形した。
壮太郎はノコギリの歯を木木塚の左足首に当てる。皮膚に歯が喰い込む痛みに、木木塚は体を震わせた。
「生きたまま、手足をノコギリで切り落とされるって、どんな気持ちなのかな? ねえ、後で感想を聞かせてよ」
木木塚の顔からは完全に血の気が引いていた。楽しげに尋ねる壮太郎に心底恐怖を感じたようだ。
「安心して? いきなり手足を切り落とすなんてしないよ。まずは指を一本一本切り落として、痛みに慣れさせてあげる」
一体の髑髏が、木木塚の靴を脱がせる。壮太郎は、木木塚の左足首から足の指へノコギリの歯を移動する。恐怖が限界まで来たのか、木木塚が悲鳴を上げた。
壮太郎が木木塚の肌を傷つけようとした寸前で、ノコギリが側面からの攻撃によって壊される。
ノコギリを破壊したのは、床に転がる先の尖った銀色の棒。鬼降魔家の術者が使用する『銀柱』だった。
「壮太郎。そこまでにしておけ」
銀柱を投げた丈が、真っ直ぐな目で壮太郎を射抜く。壮太郎は固まった後、溜め息を吐き出した。
「ごめん。頭に血が上っちゃった」
壮太郎がいつもの雰囲気に戻ると、丈は安堵の表情を浮かべた。
「さて、どうするか……」
丈は木木塚を見下ろして、思案顔を浮かべた。木木塚の処遇について考えているのだろう。
呪罰行きは、あくまで『禁呪を使った鬼降魔家の人間を閉じ込める為のもの』。鬼降魔以外の人間は対象外だ。警察に突き出すとしても、呪術を証明するのは難しい。
壮太郎は左手首につけていた鎖状のブレスレットに力を送る。
ブレスレットが壮太郎の手首から離れて、長い鎖になって木木塚を縛り上げる。木木塚の動きを封じた壮太郎は、『がしゃどくろ(改)』の術を一旦解除し、元のブレスレットへと戻す。髑髏は骨の粉に戻り、床の上に散らばった。
怨霊達は木木塚を取り囲んで見下ろしている。壮太郎はブレスレットを床の上に放置したまま、ニコリと笑った。
「とりあえず、このまま拘束しておいて、後は天翔慈家の判断を仰がない?」
壮太郎の言葉に、丈は頷いて巨大な壺へと視線を向ける。穢れを祓うには、天翔慈家の力が必要になる。
「壮太郎。念の為、結界を頼む」
壮太郎は頷き、指輪の一つを壺へ向かって投げる。壺の周辺に結界が形成された。
丈は少女へ近づく。
虚ろな目をした少女の腹を突き破るように生えた刃。
生きてはいるが、呪具となった少女はもう二度と人間に戻る事は出来ないだろう。
丈は悲痛な表情を浮かべて少女を見下ろした後、目を見開く。
「壮太郎! この子の結界を解除しろ!!」
焦ったように丈が叫ぶと、木木塚が笑い声を上げた。
「遅いですよ」
木木塚が指を鳴らすと、少女は閉じていた口を開いた。
少女の口から虹色に光輝く小さな珠が零れ落ちる。虹色の珠は、少女が手にしていた小さな壺の中へ入った。
その瞬間、少女の体から生えていた刃物が形を変える。血が飛び散る音がして、少女を包んでいた結界の膜が真っ赤に染まった。
トプリ……。
水面に何かが落ちる音がした。
(まさか!!)
壮太郎は目を見開く。
壮太郎の結界と少女が持っていた壺が破壊される音がする。少女だった断片が床に転がり、穢れを纏った黒い珠が宙に浮ぶ。
「術は完成した! さあ、楽しい宴の始まりだ!!」
木木塚の高笑いが響き渡った。
***
丈は空中に浮かんだ黒い珠を見つめた。
今までの話と状況、強大な力から、珠の正体を理解する。
「待宵月之玉姫の御神体……」
丈の呟きを肯定するように、木木塚が愉快そうに笑う。
「どういう事だ!? 生贄は、まだ十八人だった筈!」
事切れた少女を見つめて、丈は顔を歪める。集会場で、生贄の少女達が無事な事は確認していた。今この場で亡くなった少女を合わせても十九人。生贄は、あと一人足りない筈だ。
「おや? 私がいつ、今の生贄は十八人だと言いましたか?」
木木塚は亡くなった少女を見て意地の悪い笑みを浮かべた。
「そこの娘は、二年前に移住してきた夫婦の子供の姉の方でした。生贄にするには、死への恨みや恐怖の感情が必要ですが、幼いせいか”死”への理解が足りない。だから、妹を殺す様をじっくりと目の前で見せてあげたんですよ」
少女の目が虚ろだったのは、術をかけられていただけではなく、目の前で妹を殺された事への精神的なショックによるものだった。
過去に殺された十八人と、幼い少女二人が生贄となって作られた術。
神を邪神化させる術が完成してしまった。
黒い珠の形が揺らめくのに合わせるように、地面が揺れる。
(地震……ではない! これは!)
「獣の咆哮……か。待宵月之玉姫が邪神化してしまったみたいだね……」
黒い珠があった空間を見つめて、壮太郎が眉を寄せる。いつの間にか、珠は消えていた。
「一体、何処へ!?」
「邪神は人間を害する。村の人達が多く集まっている集会場だろうね」
一刻を争う事態に、丈は拳を握りしめる。
「壮太郎! 行くぞ!」
丈が階段を駆け上り、外へ出た瞬間。集会場の方から耳を劈くような悲鳴と獣の咆哮が上がるのが聞こえた。
「術の解明と、待宵月之玉姫を自由にする為に月人君の魂の欠片を取り戻そうとしたけど……。これじゃ、本気で『神隠シ』をする為に、月人君の魂の欠片が必要になったね」
集会場の方へ駆け出そうとした丈を、壮太郎が腕を掴んで止める。
「村の人達を助けに行くつもり? 僕達じゃ、神の穢れを祓えない。村の人達を庇いながら、防戦一方の消耗戦をしなくちゃいけないんだよ? それでも行くの?」
「ああ。行く」
丈は迷いなく答えた。
原因である穢れを解消する事は出来ないが、村人達が逃げる時間稼ぎをする事は出来る。丈が行かずとも、碧真なら月人の魂の欠片を取り戻してくれる筈だ。
丈の言葉に、壮太郎は溜め息を吐いた。
「相変わらず、僕の親友は真っ直ぐだね」
「お前こそ、否定する気も止める気も無いんだろう?」
「もちろん。僕は、丈君のその真っ直ぐさに憧れているんだから。んじゃ、行こうか」
壮太郎は笑って、丈の背中を押す。
「僕は丈君と一緒なら、何処へでも行くよ。たとえ地獄でも、丈君となら楽しめる」
二人は笑い合い、集会場へ向かって駆け出した。
***
「痛たたたた……」
うつ伏せの状態から体を起こして、日和は顔を上げる。自分が転がり落ちてきた斜面を見上げて、日和はポカンとした。
「いや、何で私生きてるの? ここまで来ると怖いんだけど……」
岩だらけの斜面を転がり落ちてきたというのに、骨は折れておらず、出血もしていない。無事だった原因は、日和の近くに落ちている襖大の板だろう。
転がり落ちる際に、洞窟内にあった木の板の上に偶然にも体が乗り、そのまま板と共に勢いが止まるまで滑り落ちた。板がソリのような役割を果たした事によって、日和の体は打撲程度で済んでいた。
「ううっ、め、眼鏡は……」
視界がぼんやりとしている事で、眼鏡が無い事に気づく。辺りに手を這わせて探すが、眼鏡は見当たらなかった。手に持っていたペンライトも無い。
何処へ向かえば洞窟から出られるのか、わからなかった。
(もしかして、遭難したの!?)
頭では落ち着かなければいけないとわかるが、体は言う事を聞かずに震える。
助かる方法を考えなければいけないのに、最悪な事ばかりが頭に浮かんだ。
(出口を見つけられなかったらどうしよう。このまま、暗闇の中で私は……)
青ざめた日和は、ふと気づく。
「……あれ? なんか明るくない??」
暗い洞窟の中で自分の体が見えている事に、今更ながら気づいた。
日和は光の出所を探して周囲を見回す。少し離れた場所に、光源を見つけた。
「あれは……」
日和は立ち上がり、光に近づく。
眼鏡が無いせいでボンヤリとしか見えないが、しっかり見えていたとしても、その正体はわからなかっただろう。
光を発する小さなガラス片の様なモノと、それを取り囲む黒い影が宙に浮いていた。
「一体、これは何?」
得体の知れないモノからは、何だかよくない感じがした。手を伸ばせば触れられるだろうが、触りたくは無い。
『それは月人君の魂の欠片。そして、君が感じる嫌なモノは、神を遠ざける穢れだよ』
「ひっ!!」
突如耳元で聞こえた声に、日和は飛び上がって驚く。振り返ると、一人の青年が立っていた。
美しい青年だった。
澄んだ目を細め、口元は優しげな笑みを浮かべている。着物と袴姿の古風な格好をしていた。
日和の心臓が大きく音を立てる。
──また出会えた。
心の奥底から湧き上がる歓喜に、日和は戸惑う。
(待って。初めて会った人の筈なのに。どうして……どうして、こんな)
日和の頬を涙が伝った。
青年が優しく微笑み、日和の頬を撫でる仕草をする。
確かに青年に頬を触られている筈なのに、温もりも手の感触も無かった。
日和は近視の為、顔を近づけなければ人の顔はぼんやりとしか見えない筈だが、青年の姿はやけに鮮明に見えていた。
『やっと、また会えたね』
青年は感動したように呟いた。日和は震える唇を開く。
「あなたは、誰なの?」
日和の問いに、青年は優しく微笑む。
『僕は、天翔慈晴信。君の前世の夫だよ。綴ちゃん』
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