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第三章 呪いを暴く話
第30話 碧真と富持の戦い
しおりを挟む碧真はフラつきながらも、目の前に立つ富持を睨み付ける。
富持に向かって、碧真は左手に構えた四本の銀柱を投げる。頭を殴られた痛みのせいか、いつものように狙いが定まらずに外れた。
「おやおや。何処を狙っていらっしゃるんですか?」
富持は楽しそうに笑い、猟銃を構えた。発砲した弾を避ける為に、碧真は岩陰に隠れる。空気を切り裂く音と共に碧真の頬を銃弾が掠めていった。
「碧真さん!」
別の岩陰に隠れている月人が怯えて声を上げた。
「あんたは動くな!」
碧真は頬の血を拭いながら、月人に指示を出す。
月人の左足の傷は、表面の皮膚を掠っただけで、神経や筋肉は無事だった。富持が持っている銃が、散弾銃では無い事が幸いした。
(先に逃したいが……無理だろうな)
隙をつけば、富持から逃げ出す事は出来るだろう。しかし、月人は怯えて立ち上がれなくなっていた。
碧真は、再度撃たれかけた月人を庇う際に右腕を負傷した。富持が日和を追いかけている間に、月人を岩陰に隠す事は出来たが、厄介な事に富持をなかなか倒せない。
(おまけに、あの馬鹿は行方不明だし……。クソっ!)
碧真は舌打ちする。
日和が足を踏み外して岩だらけの斜面を転がり落ちていくのは見えた。降りて探そうにも、先に富持を排除しなければならない。
(魂の欠片を探すのも怠いのに、面倒を増やしやがって……)
碧真は、日和の頭を鷲掴みにして締め上げたくなった。
(生きてたら締め上げる。死んでたら踏みつけてやる)
碧真は上着の裏地から取り出した銀柱を左手の指の間に二本挟む。
残っている銀柱は十本。心許ない数になってきた。富持は銃弾を多く所持しているのか、余裕の表情だ。
「本当、最悪な仕事だな」
碧真は吐き捨てるように呟いた。
「やれやれ。そろそろ飽きてしまいましたよ」
富持が溜め息を吐いて、碧真に向かって猟銃を構える。碧真が顔を引っ込めた後、銃弾が岩の端を掠めて行った。富持の足音が真っ直ぐに碧真に向かってくる。
「もう諦めたらどうです? 往生際が悪いのは、見苦しいだけですよ?」
嘲笑う富持には、狩る側の余裕があった。
「あなたも馬鹿ですよね。そこの役立たずを庇うために怪我をして。助けても意味が無い人間を守って死ぬなど滑稽もいい所だ」
月人と碧真を馬鹿にする言葉を吐いて、富持は笑う。
「そいつは落ちこぼれで何の役にも立たない。生きる価値も無い人間です」
──”お前は生きる価値の無い人間だ”。
碧真の頭の中に、憎い相手の言葉が蘇る。
十歳の頃から始まった碧真の地獄。
冷たい視線と、正義を語る一族の人間の理不尽な暴力を受けて生きてきた。
一族以外の人間も、自分が善人である事を証明する為に利用しようと碧真に近づき、中身のない飾り立てた言葉を無責任に押し付けた。お粗末な好意を受け取らないと態度を一転して、悪意を持って碧真を詰った。
暗い思いが心の中にジワリと広がり、碧真は奥歯を噛み締める。
左側の視界の端でライトが揺れ動いたのを捉えた碧真は咄嗟に反応して、握りしめていた銀柱を投げる。
銀柱が命中したのは、宙に投げられたライトだけだった。
(囮か!)
右側から砂利を踏む音が聞こえて、碧真は銀柱を取り出しながら振り向こうとした。
顔に衝撃が走り、地面に仰向けに倒れる。取り出した銀柱が手から零れ落ちた。
猟銃で右の横顔を殴られたのだと理解した瞬間、腹を踏みつけられる。碧真は空気の塊を吐き出した。富持は容赦無く、碧真の腹を踏みつける足に力を込める。内臓が圧迫される痛みに、碧真は呻いた。
「無様ですね。せっかく綺麗な顔しているのに、台無しだ」
富持は愉快そうに笑みを浮かべて碧真を見下ろした。
「さぞかし、女にモテるんでしょうね。いいですね。結婚するまで、女を取っ替え引っ替えして遊んでいたんでしょう?」
(こいつの頭には、女の事しかないのか?)
呆れた碧真は富持を嘲笑う。
「そんなものに興味は無い。俺は、お前みたいに理性を吹き飛ばした短絡的な獣じゃないからな」
馬鹿にされた事が気に入らなかったのだろう。富持は顔を歪めると、碧真の腹を思い切り踏みつけようと、膝上まで右足を持ち上げた。振り下ろそうとした富持の足に、碧真の加護の巳が巻きつく。
「うお!?」
突然、見えないものに足を取られた富持は驚きの声を上げる。富持は大きく後ろへよろけて、仰向けに転んだ。
碧真は立ち上がり、落ちていた銀柱へ手を伸ばす。
発砲音と共に、碧真の右足を銃弾が掠めた。
富持は舌打ちする。
足から腕へ絡みついた巳によって、銃弾の軌道を変えられて仕損じたようだ。掠めた銃弾に太腿の肉をわずかに抉られて、碧真は痛みで顔を顰める。
碧真は地面に零れた自分の血を見つめる。
血は強力な呪具。血を用いて、富持を攻撃する事も可能だ。
(だが……)
碧真は唇を噛み締める。
碧真は昔、血を呪具にしないと決めた。
『呪罰行きの子』と呼ばれるようになった原因である父親が禁呪に用いていたのが、血だったからだ。
血を使い、一人の人間を縛り付けて、死ぬまで苦しめ続けた。
父は幼い碧真を見て、笑って言った。
──”お前には俺と同じ血が流れている。お前と俺は同類だ。お前も、いつか俺と同じになる”。
父親の心底楽しそうな表情と言葉は、碧真の心に呪いとして焼き付いた。
碧真は自分の血が嫌いだ。自分に流れる父の血が憎い。血を呪術に使った時、自分は父親と同類になる気がした。
葛藤を嘲笑うかの様に、富持が碧真の後頭部に猟銃を突きつけた。
「さようなら」
富持の指先が、銃の引き金に掛かる。
「うわぁあぁああああ!!」
震えた叫び声が聞こえ、富持も碧真も驚いて左側を見る。
月人が富持の体の左側面に向かって、勢いよく体当たりをした。体重差があるせいで吹っ飛びはしなかったが、突然の攻撃に富持は地面に倒れて頭を強打した。
月人はガタガタと震えながら、碧真に手を伸ばす。
「あ、碧真さん! 逃げましょう!!」
月人の体が横に吹き飛び、地面を転がる。
富持が起き上がり、月人を殴り飛ばしたのだ。うつ伏せに倒れた月人の体を、富持が踏みつける。
「お前は! このゴミが!!」
怒りを発散するかのように、富持は月人の体を何度も力を込めて踏みつけた。
「生きる価値も無いゴミのくせに!! 失敗作が調子に乗るな!! 昔から邪魔ばかりしやがって!! 目障りなんだよ!! 消えろ!!」
月人は抵抗も出来ずに呻く。このままでは、月人は死んでしまうだろう。
「くそっ!」
碧真は体を起こそうとするが、うまく行かない。
「死ね」
富持が足を上げて月人の頭を踏みつけようとしたその時、眩い閃光が辺りを照らした。
「な、なんだ!?」
富持が目を抑えながら驚きの声を上げる。
碧真も月人も、眩しい光に目が眩む。光の正体を突き止めようとした碧真の目が、ぼんやりとした人影を捉えた。
「のわああああ!!」
現れた人影は、間抜けな悲鳴を上げながら碧真の前に転がる。
碧真は驚きで目を見開き、その人物を見つめた。
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