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第五章 呪いを封印する話
第8話 藤と松
しおりを挟む人ひとりがようやく通れる細い道を進み、地図の右上にある大きな建物に向かう日和達。
少し大きめの通りへ出る手前で、前を歩く碧真が立ち止まる。碧真は日和達を振り返り、手で『止まれ』と合図をした。
ずるり……ずるり。
何かを引きずるような音が聞こえて、日和の前にいた陽飛が怯えたように体を震わせた。
目視は出来ないが、恐らく『影』がいるのだろう。名前を奪われた時の痛みと恐怖を思い出し、日和も息を呑む。
ずるっ……ずる。
嫌な音が周囲に響く。
碧真の右肩の上に加護の巳が姿を現す。碧真の目をジッと見つめた後、巳は建物の壁を伝って屋根の上に登っていった。
碧真は『戻れ』というように、通ってきた道を指さす。日和と陽飛は表情を硬くしたまま頷き、音を立てないように慎重に来た道を戻る。
碧真が指さした路地に入り、三人は身を隠した。
「『名取君』がいたの?」
陽飛に小声で話しかけられ、集中するように目を閉じていた碧真が口を開く。
「一体いた。今も屋敷の前を彷徨いている。もう一人の子供が隠れている場所でなければいいがな……」
碧真は巳の目を通して、通りにいる『影』の様子を見ているようだ。
「物理攻撃が効いたり、効かなかったり……。倒した『影』と同じ術を使ってみたが、さっきの奴には効かなかった……。『影』に個体差があるのか? それとも、攻撃が通じる条件があるのか?」
碧真が思案しながら呟く。
押し入れに隠れていた『影』は、銀柱が刺さっても、爆発で建物の下敷きになっても、全くダメージが無かった。
しかし、日和を捕まえて名前を奪おうとした時には銀柱が刺さり、術の炎に焼かれて消滅した。日和の二文字目の名前を奪った『影』は、炎も効かなかった。
「ゲームとかだと、弱点以外の攻撃は喰らわない敵とかいるよね。隠れていた弱点部分が出てきたタイミングで攻撃して、倒すやつ」
日和は過去にやったゲームを何となく思い浮かべて言った。
「弱点か‥……」
呟いて顔を上げた碧真は、日和の背後を見て目を見開く。
突然、手首を掴まれて引っ張られた日和はよろめいてしまい、碧真の胸に飛び込むような形になる。日和の背後を見た陽飛の表情が強ばっている。日和は恐る恐る背後へ視線を向けた。
テレビドラマの家政婦が、いけない現場を見た時のような覗き方で、『影』が建物に体を隠しながら顔を半分出していた。日和は「ヒッ」と短く悲鳴を上げ、碧真の服を掴む。碧真は苦い表情で『影』を睨みつけながら、銀柱を取り出した。
のそりと『影』が動いた瞬間、碧真が日和の後ろの地面に向かって銀柱を投げる。銀柱に描かれた術式が青い光を放ち、壁状の結界を生成する。『影』が日和へ伸ばした手は、結界に弾かれた。
『影』は結界を両手でペタペタと触わった後、ピタリと動きを止める。
黒一色の『影』の顔に大きな赤い唇が浮かび上がって笑みの形を作った。『影』が大きな口を開けて、結界に鋭い歯を立てる。
「逃げるぞ」
来た道を戻ろうとした時、通りにいた『影』を監視していた巳が碧真の右肩の上に姿を現す。碧真は舌打ちして、前方を睨んだ。
「そんな!」
陽飛が悲痛な叫び声を上げる。
もう一体の『影』が道を塞ぐように立っていた。
引きずるような足音と共に、二体目の『影』がこちらに近づく。碧真が地面に銀柱を投げて壁状の結界を張る。二体目の『影』は目の前に立ちはだかる結界を不思議そうに見上げた。
バアンッ! という大きな衝突音がして、結界が揺れる。二体目の『影』の頭が、結界の壁にぶつかっていた。『影』は上体を大きく反らすと、結界に向かって頭突きする。
何度か繰り返した後、頭突きでは破壊出来ないと思ったのか、二体目の『影』の顔にも大きな赤い唇が浮かび上がる。『影』は鋭い歯を剥き出しにして、結界に噛みついた。
「に、兄ちゃん」
陽飛が震えるながら碧真にしがみつく。
両側から結界が攻撃される。
前後の道は『影』に挟まれ、両端は出入り口の無い建物の壁がある状態。建物を破壊して逃げ道を確保出来たとしても、『影』の動きは早く、日和と陽飛は捕まる可能性が高い。箱型の結界を張って『影』の攻撃を防ごうとしても、袋小路にしかならない。
日和は祈るような気持ちで、目の前の結界を見つめる。
『影』の歯を起点にして、結界にヒビが入る。笑みを深めた『影』が力を込めていくと、結界に亀裂が走っていく。
碧真は再び結界を張る為に銀柱を構えた。
トン、と何かが地面に突き刺さる音がして、碧真と日和は視線を向ける。
地面に突き刺さった銀色の棒。碧真の使用している銀柱とは違い、棒の上部には丸い藤色の玉がついていた。
結界を破ろうと攻撃を続ける一体目の『影』の背後に忍び寄る人影。
人影は銀色の棒の前で立ち止まり、地面に向けて右手を翳す。
「変形、拘束術式」
『影』が結界を破壊する音が響く中、春告げ鳥のような澄んだ声が日和の耳に届く。美しい声色に吸い込まれるように、日和は現れた一人の可憐な美少女を見つめた。
大きく澄んだ目が印象的な顔立ち。耳下で二つに結んだ髪型。
黒レースのブラウス、膝上丈のライトブラウン色のジャンパースカート、赤と白のボーダータイツに黒のエナメル靴を身につけた、小学校高学年くらいの見た目の少女。
『影』を見つめる少女の目に怯えの色は無く、澄んだ水面のような静けさがあった。
少女の珊瑚色の唇が、ゆっくりと開かれる。
「『藤蔓』」
紡ぎ出した声に呼応して、少女の足元の地面に刺さった銀色の棒が純白の光を放つ。
「な、何!?」
突如、地面が揺れて、日和は悲鳴じみた声を上げる。
たくさんの和太鼓を一斉に叩くような低い重低音と共に、『影』の足元の地面がひび割れた。割れた地面から噴水のように飛び出した何かが、『影』の体に巻きついていく。
(藤の花?)
目の前にあるのは、巨大な植物の蔓と咲き誇る鮮やかな藤の花。
地面から生えた藤の蔓が、『影』の体を締め付けて拘束していた。
藤の蔓は、少女の前にいた一体目の『影』だけではなく、日和達を挟んだ奥にいる二体目の『影』をも拘束する。
「変形。攻撃術式」
少女は右掌を天へ向けた。銀色の棒の上に純白の術式が浮かび上がり、形を変えていく。体に巻き付いた蔓によって、二体の『影』の口が強制的に天へ向けられ、固定された。
「『松葉雨』」
少女が唱えると同時に、天から複数の鋭い針のようなものが『影』に向かって容赦無く降り注ぐ。『影』の歯が砕け散り、赤い唇に針が突き刺さる。針が突き刺さった『影』の体が痙攣する。
二体の『影』の体が黒の粒子となり、霧散していった。
少女は天に向けていた右手を下ろし、足元の地面に突き刺さっている銀色の棒を抜き取る。
あっさりと『影』を倒した少女を前に、日和はポカンとした。
「なる姉ちゃん!」
「……え!?」
日和は驚いて目を見開く。
「良かった! 無事だったんだね!!」
泣き出しそうな笑みを浮かべて駆け寄る陽飛に、少女は微笑む。
「陽飛も無事で良かった」
互いの無事を笑顔で喜び合う子供達を、日和と碧真は困惑したまま見つめた。
「もしかして、あれがもう一人の子供か?」
信じられないというように、碧真が呟く。
日和と碧真を見て、少女は年不相応の慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
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