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第五章 呪いを封印する話
第18話 命懸けの網渡り
しおりを挟む「し、死んだかと思ったぁ……」
早鐘を打つ心臓に反して、低速な思考回路が口から出したのは情けない言葉だった。
名前を五文字奪われた後、爆破された橋の破片と共に濃い緑の靄の中へ落ちた。
靄の中には、植物の蔓が幾重にも重なって網のようになっていた。蔓の網が体を受け止めてくれたお陰で、怪我一つなく無事だった。
私は仰向けに寝ていた状態から起き上がり、上を見る。
「おーい!! 碧真くーん!! 近くにいるでしょー!! 助けてー!!」
大きな声で碧真君を呼ぶ。返事を待ったが、誰の声も返って来ない。
「鬼畜ドS!! 陰険眼鏡!! コミュニケーション能力死滅野郎!!」
碧真君の悪口を叫ぶ。怒って頭を締め付けられるだろうが、返事が無い方が怖い。期待した返事は無く、虚しい静けさだけが残った。
(死んだと思って放置されたとか? うわ、ありえる。……とにかく、自分の力だけで、どうにかしないといけないってことだよね。早く碧真君達と合流しなくちゃ、会えなくなるかも)
異空間内は広く、建物も多い。逸れてしまえば、見つけ出すのには時間が掛かるだろう。
「てか、碧真君、私がいるのに橋を爆破するとかありえないよね。爆破された橋と一緒に落ちるなんて、斬新すぎる人生経験ある!? 私、よく転がり落ちてますけど、落下願望があるわけじゃないんだかんね!? エンターテイメントのつもりでも許せん! 絶許!!」
まさか、私を攻撃したわけじゃないだろう。しかし、碧真君が向けてきた敵意の目が、その考えを否定する。
(私を攻撃したのなら、流石にショックだ)
仲が良いとは言えないが、お互い心底嫌っているわけではないだろう。
「私が何したっていうの? 名前を奪られただけ……」
自分が呟いた言葉に、私はハッとする。
(もしかして、名前を奪られたから?)
今までは、『影』に名前を奪われると、本人だけが自分の名前を認識出来なくなっていた。
『影』に名前を全て奪われると存在を奪われるというが、その前にもう一つ過程があるとしたらどうだろう。
(残っている名前が少なくなると、私の事を周りが”私”だと認識出来なくなるとか……。でも、それだけじゃないよね)
碧真君は『影』を自分の後ろに庇って、私に銀柱を投げた。
その点を踏まえると、どうしても嫌な考えに辿り着く。
(私の奪われた名前五文字を、碧真君が庇った『影』が全て所持をしているのだとしたら……。碧真君達からは、その『影』が私に見えて、私が『影』に見えているのかもしれない)
思い返せば、名前が残り二文字になった時に、陽飛君が私を”化け物”と言って怯え出した。恐怖からの錯乱だと思っていたが、陽飛君には既に私が『影』に見えていたのだろう。
(待って!? それって、碧真君達と合流したら、私が攻撃されるってこと!?)
残っている名前一文字を奪われたら即終了となる中で、碧真君達に守られた『影』から名前を取り戻すのは無理だろう。残っている名前を守り抜くのが最優先だ。
碧真君達に名前集めを任せて、安全な場所に隠れ続けるのも手だろうが、そんな場所があるとは思えない。今いる蔓の上も、『影』が現れてしまえば、逃げるのは難しいだろう。
(安全策をとれないのなら、名前を探しに動いた方がいい)
呪術を使えない私でも、名前探しは出来る。広い空間内なので、少しでも名前を探す人がいた方がいいだろう。
(ぼっちだし、力も無いけど、やってやる! 絶対、”私”として、元の世界に帰ろう!)
行動することを決めた私は、上に手を伸ばす。靄のせいで、手を伸ばした範囲までしか見えない。
足元に散らばる破片から考えれば、橋全体ではなく一部だけが落ちたように思う。落下した距離が短ければ、手で橋に触れられる筈だが、何も無かった。
(立たないとダメかも)
私は恐る恐る蔓の網の上で立ち上がる。手を伸ばしてみるが、やはり何も触れられない。少し背伸びをした時、バランスを崩して体が前のめりになる。何とか踏み止まる事は出来たが、心臓がバクバクと音を立てた。
上にばかり注意を向けていたせいで、網の穴に気づかなかった。植物の蔓で出来た網の太さはまばらで、穴が空いている箇所も多い。網の下がどうなっているのかはわからない。
(安全に、上へ移動しないと……)
慎重に体勢を低くして四つん這いになり、前にある太い蔓を両手でしっかりと握る。膝を前に出して一歩進んだ時、靴先に何かに当たる。蔓の網から橋の破片が落下していくのが薄らと見えた。
数十秒程の間を置いて、橋の破片が底にぶつかる音が小さく聞こえた。思った以上の深さがある事を知って、私は青ざめる。
「し、死ぬ!! これ、落ちたら死ぬやつ!!」
蔓の網は、公園の遊具であるロープアスレチックのような見た目だが、安全性が全く保障されていない。
震えを落ち着ける為に何度か深呼吸をした後、前へ進む。自分の体の二個分進んだ辺りで、掴んだ蔓が緩かったのか、ガクリと体が下がった。
「そういうのやめてよ!! 怖いからあ!!」
蔓に対して文句を言う。周りに他人がいたら変人扱いされるだろうが、今は誰もいないし、いたとしても必死なので気にしていられない。
「何で私、こんなことになってるの? お休みでゲーム実況観て、満足な一日を送る筈だったのにぃ!! 何で、捕食者がウロウロしている訳のわからん世界で命懸けの綱……じゃない、網渡りしてるの!?」
何か喋っていないと怖くて進めなくなると感じて、独り泣き言を口にする。
蔓の本数が多く、なるべく緩やかに上へ続いている場所を選んで上っていく。
直角の壁に張り巡らされた蔓の網を上っていくと、緑の靄の中から抜けた。頭上に広がる不気味な空の色にも、今は安心感を抱く。
(あと少しだ!)
先にある蔓に手を伸ばした私は、視界に映った黒にギョッとして動きを止めた。
のっぺりとした黒い顔の『影』が、私を見下ろして立っていた。冷や汗が一気に噴き出す。逃げ道も無い場所で『影』に遭遇するなど、絶体絶命以外の何物でもない。
(やばい! やばい! やばい!! あ、でも、私は今は碧真君達からは『影』に見えるみたいだから、『影』も私を『仲間』と認識して襲わないかも!!)
危機的状況を前に私の脳が弾き出したのは、解決策ではなく、『希望』という名の思考停止だった。
「や、やあ! 元気ですか!?」
私が愛想笑いを浮かべて話しかけると、『影』の顔に赤い唇が浮かんで笑みの形を作った。
「わあ! 素敵な笑顔ですねぇ! やっぱり、良好なコミュニケーションには笑顔が大事!! 殺伐とするのはやめて、温かい関係を築いていきましょう!! 仲良しっていいなぁ!! 一緒に平和を作っていこうぜ兄弟!!」
意味のわからない言葉を必死で並べると、『影』が頷いたように見えた。
私が安堵の笑みを浮かべた瞬間、『影』の鋭い牙が一瞬で眼前に迫ってきた。
「のわああああああああああ!!!」
私は驚いて足を滑らせた。支えとなっていた蔓から手を離してしまったせいで、体が落下していく。すぐに掴んだ蔓は細かった為に千切れた。
恐怖で発狂しそうになりながらも、私は手を伸ばす。幸運にも丈夫な蔓を掴むことが出来て、落下が止まった。
背後で蔓が破壊される音が響く。驚いて振り返ると、蔓の網が千切られて大きな穴が空いていた。何があったのか思考が行き着く前に、大きな音と振動が周囲に伝わった。
周囲に『影』の姿は無い。『影』が生きているのなら、私に襲いかかって来る筈だが、その気配も無い。
落下した事で、私は『影』の攻撃を避ける事が出来た。襲いかかった『影』は、蔓の網を破壊しながら落ちて自滅したのだと考えていいかもしれない。
私は再び蔓を上り始める。靄を抜けて、周囲に『影』がいないことを確認してから上り切った。
地面に足がつくことや目の前に広がる町並みに安堵する。
私が立っている場所は、橋から右に離れた場所だった。初めて見る場所なので、通っていない道だろう。
(碧真君達は、神社に向かっている筈。神社や大通りに行くのは避けた方がいいよね。とりあえずは隠れながら、この周辺で名前を探していこう)
橋に背を向けて歩き出す。右手側には間隔を空けて柳の木が植えられ、左手側には、建物が立ち並んでいる。
(建物から『影』が飛び出してくるかもしれないから、木の方へ寄って歩いた方がいいかな)
木が並ぶ方へ寄った私は目を見開く。
少し先の柳の木の下へ小走りで向かい、見つけたものを拾い上げる。
私は、『ち』と書かれた玉を手に入れた。
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