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第六章 恋する呪いの話
第11話 高い高い
日和は暗闇の世界を落下していく。
果てのない暗闇が続いている空間では、手を伸ばしても何も掴めない。日和は伸ばした手を握りしめ、絶望の恐怖から逃げるように目を閉じた。
(ダメだ。これじゃ、もう……)
ふわりと、体が温かいものに包まれる。驚いて目を開ければ、俐都が日和の体を横から抱き留めていた。
「舌噛むから、口閉じとけよっ!」
俐都は自分の左肩の上に日和の体を担ぎ上げると、暗闇の中を跳躍して宙を駆け上がっていく。
(え!? 一体、どうやって!?)
ギョッとして見てみると、俐都は右拳に何かを握りしめて、親指の先で小さな物を弾き飛ばしていた。飛んでいったものが山吹色の光を発すると、何もない空間に丸い円盤が生み出された。
俐都は円盤を足場にして大きく跳躍する。それを何度も繰り返して、上へ移動しているようだ。
(すごい。これなら)
見えた希望に笑みを作ろうとした日和の口元が歪む。
(何? 何かいる……)
下方の暗闇に見えた赤い点。点と呼べる程に小さかった赤が、見る見る内に大きくなっていく。
「何か来ます!」
「ち! やっぱりいるのかよ!」
俐都が舌打ちをして、下を睨みつける。
赤いモノは、ビチビチと何かを叩くような大きな音を立てながら、日和達に向かって来る。真下から迫ってきた赤いモノの正体がわかり、日和と俐都は目を見開いた。
毒々しい赤を纏った中型トラック程の大きさの鯉が、日和と俐都を飲み込もうと口を開けていた。
俐都は足場にする為に作った円盤の上に着地する。俐都は俵持ちにしていた日和の体を肩の上から下ろして、自分の体の前に抱え直した。
「悪いが、少し我慢してくれよ」
(え? なんか嫌な予感)
身構える間もなく、俐都が日和の体を力一杯に上空へと放り投げた。
「んなああああ!!!!!??」
暗闇に落下してきた時と同じような風圧が、今度は逆方向で日和の体を襲う。
超人的な力を持つ俐都による、全力の高い高いだった。
(待って!? 本当に怖いんだけど!? 世の中の赤ちゃん、これで喜ぶとかメンタル鋼すぎない!? え!? この後、どうなるの!?)
勢いよく上へ向かってはいるが、碧真達がいる地上までは届きそうにない。体を押し上げていた力が止まり、日和の体は再び落下を始めた。
「どんだけ落ちるの!? もう嫌だああああ!!」
日和は涙目で叫ぶ。
***
俐都は術式を刻んだ黒水晶の粒石を使って、足場用の結界を張った後、戦いに巻き込まない為に日和を上空へ放り投げた。
日和の叫び声が遠ざかる中、俐都は肩を回し、迫り来る巨大な鯉の魔物を睨みつけた。
「は、いいぜ。血の気の多い奴は、人間も魔物も戦い甲斐があるってもんだ」
俐都は自分の中に流れる力を、身につけた呪具へ流す。俐都が憧れる結人間壮太郎の作った呪具が、俐都の力に呼応して山吹色の光を放った。
足場の結界から下に向かって跳躍した俐都は、一気に魔物の正面まで落ちる。
俐都を飲み込もうとする口を、体を捻って避け、鯉の魔物の顔の側面へと移動した。
一瞬で移動した俐都に、鯉の魔物が驚いたように目をギョロつかせる。鯉の魔物の眼球に映る俐都がニヤリと笑った。
体を捻って勢いをつけた拳を、鯉の魔物の眼球に向かって突き出せば、確かな手応えと共に断末魔が上がる。
攻撃の痛みに形振り構わずに暴れる鯉の魔物。俐都は鯉の魔物の体を足場にして上に跳び、右足を頭上に振り上げた。
落下の勢いと共に、鯉の魔物の頭に向かって右足を振り下ろす。俐都の踵落としが命中して、鯉の魔物の頭がグニャリと凹んだ。
俐都は左足で鯉の魔物の頭を蹴りつけて跳躍し、足場用に作っていた結界の上に着地する。
鯉の魔物が深い暗闇の底へ力なく落ちていくのを見て、俐都は物足りない気持ちになった。
(倒せたのか? 意外に呆気ねえな)
俐都からすれば、最初に日和を襲おうとした魔物も、碧真に幻覚を見せていた魔物も、鯉の魔物も、全部が手応えのない相手だ。
(これなら、この異界の主も、そこまで力は強くないだろうな。面倒なのは、鬼降魔の人間が人質が取られていることか……)
溜め息を吐いた俐都は、上から何か悲鳴のようなものが降って来るのに気づいてハッとする。
(やべっ。忘れるところだった!)
俐都はロングベストのポケットに入れていた缶ケースから、黒水晶の粒石を取り出す。指先で粒石を飛ばして、上空に足場の結界を張り、上に向かって跳んだ。
結界の上に立った俐都は、落下してきた日和を両手で受け止める。
「お、おい。大丈夫か?」
声を掛けても、日和は涙目のまま放心していた。
怖い思いをさせてしまった事に罪悪感を感じつつ、俐都は上を見上げる。篤那達がいる空間に戻るまで、あと数回は跳躍しなければならない。
跳躍する為に抱え上げようとした瞬間、日和が俐都の首にギュッと抱きつく。男にはない柔らかすぎる感触と髪から香る花と果物の甘い香りに、俐都の顔が一気に真っ赤に染まった。
「おい!? ななな何を!?」
「嫌だあぁっ!! 全力高い高いトラウマ無理いぃっ!! お願いだから投げないでえぇええっ!!」
日和は顔を真っ青にして半錯乱状態で叫ぶ。日和は、俐都が再び自分を投げると思ったのだろう。俐都によって植え付けられたトラウマで、自分が異性に抱きついている事すら理解出来ていない様子だ。
「わかったから! 投げないから! だから、お願いだから、ちょっとだけ離れてくださいマジで頼む」
女性慣れしていない俐都は、あまりの密着具合に挙動不審になる。俐都が引き剥がそうとすると、日和は余計に必死になって、しがみついてきた。
『情けないな、俐都。周りが老人か野郎ばっかりの枯れた男にとって、滅多にないご褒美だろう? ちゃんとしっかり感触を味わっとけよ』
俐都の背後から揶揄うような声が掛かる。俐都は眉を寄せて、視線を斜め後ろへ向けた。
冷たい銀色の長髪に、雪の如く白い肌。深海と朝焼けを混ぜ合わせたような色の目。色素の薄さを引き立てるかのように、対照的な黒紅色の豪奢な着物。着崩した着物は軽そうな印象を与えることなく、身につけているモノの妖艶さを際立たせる。
俐都の守り神である利運天流光命が、愉快そうに笑みを浮かべていた。
『今の状況なら、揉んでもバレねえよ。なんなら、顔を埋めるくらいの勢いで行け』
(うるせえ! 黙っとけ流光!! 馬鹿なこと言ってないで、なんとかしやがれ!)
俐都が睨みつけると、流光は楽しそうにクツクツと笑う。
『安心しろ、ご褒美タイム終了だ。構えろ、俐都』
流光の言葉と共に、下の方から轟音が上がる。
「おい、マジかよ。これ」
下を見た俐都は顔を引き攣らせる。
目算だけでも十体は超えているであろう鯉の魔物達が迫って来ていた。
『マジだ。せいぜい頑張れよ。俺は、ここで見守っといてやるからさ』
自堕落に空中に寝そべる流光に、俐都はイラっとする。
(お前も、ちっとは手伝えや!!)
『えー? 無理無理。俺、武神じゃねえし。俺の出番は、ここじゃねえから。お前なら、あれくらい余裕で倒せるだろう?』
流光の言うように、魔物は倒せる。しかし、日和を抱えていたら無理だ。
俐都は息を吸い込んだ後、少しだけ力を入れて、日和の腕を引き剥がした。
「約束を破ったこと、後で謝る! だから、今は大人しく、俺に投げられてくれ!!!」
両手で持ち上げた日和の体を、俐都は上に向かって思い切り放り投げた。
「いやああ!! トラウマアゲインっ!!!!」
『日和!!』
『待って!』
加護の狛犬達が、日和を追いかけていく。
悲鳴を上げて遠ざかる日和を見て、流光が腹を抱えて笑った。
『酷えな、俐都。約束して三分も経たない内に破りやがった。しかも、”投げられてくれ”なんて、永く生きている中でも初めて聞いた言葉だな』
「うるせえ! 俺も初めて言ったわ!」
空気を読まない守り神に苛つきながらも、俐都は鯉の魔物達に視線を向ける。日和が落下してくるまで、あまり時間も無いだろう。
「さっさと終わらせる」
俐都の身に着けている呪具が、山吹色の輝きを放った。
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