呪いの一族と一般人

守明香織

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第八章 執着する呪いの話

第38話 愛の儀式を邪魔するモノ達


 
 俺は日和ひよりちゃんを抱えたまま、回廊の先にある離れの寝所に辿り着く。

 爪先で障子戸を開けば、立派な作りの和室があった。
 部屋の中央には、二人で寝られる大きさの赤い布団が敷かれている。布団の両脇に置かれた複数の行燈あんどんが暗い室内を怪しく照らし、艶っぽい雰囲気を醸し出していた。

(俺達の愛の儀式に、ふさわしい場所だな)

 俺は満面の笑みを浮かべ、日和ちゃんを布団の上に寝かせる。
 こうされる事を望んでいたのか、日和ちゃんは大人しく布団の上に寝て、俺を待っていた。

 俺は羽織を乱雑に脱ぎ、袴に手を掛ける。娶リ神の力で一瞬で着替えさせられた為、脱ぎ方が分からずにモタモタした。縁切刀を使って適当に布地を切って、袴を脱ぎ捨てる。着物だけになった俺は、はやる気持ちのまま、日和ちゃんの上に馬乗りになった。

 日和ちゃんの着物に手を掛けた時、首の後ろに何かがボトリと落ちてきた。俺は訝しみながら、質量と湿り気のあるモノを掴み、目の前に持ってきて正体を確認する。

 それは、青い目をした黒い蛇だった。
 体の所々に穴が空いた歪な形の蛇は、口を大きく開けて威嚇する。俺は悲鳴を上げて蛇を放り投げた。蛇は気色悪い動きで畳の上を這い、日和ちゃんへ近づく。

 俺は布団の上にあった箱枕を手に取り、木底部分で蛇を潰す。仕留められたか確認する為に箱枕を持ち上げると、そこには何もなかった。周囲を見回すが、蛇は最初からいなかったかのように、忽然こつぜんと消えていた。

「何だったんだ?」
 気味の悪い出来事だったが、そんな事で萎える訳が無い。

 俺は続きをしようと、日和ちゃんの分厚く重ねられた着物の襟を掴んで引っ張る。吸い付きたくなるような鎖骨のラインや胸の谷間があらわになった。胸まで一気にはだけさせようとした時、外から犬の鳴き声がした。

 婚礼の儀式中に、屋敷の周りを彷徨うろついていた犬達が、離れまで来たのだろう。

 犬達が離れの前を右往左往に駆け回る足音や、やかましい鳴き声が障子戸越しに聞こえる。娶リ神が番犬として用意していたのかもしれないが、良い雰囲気を台無しにするだけの邪魔モノでしかない。

「うるせえぞ! 犬っころ!!」
 一喝すると、犬の鳴き声が止んだ。気を取り直そうとした時、右端の視界に何かが映る。回廊の方へ振り向こうと回した首が反対へ曲がり、俺は畳の上に倒れた。

 右側頭部がズキズキと痛む。何が起こったのかと把握する前に、腹と太腿に銀色の棒が突き刺さる。パチンと指を鳴らす音が聞こえた瞬間、棒が熱を帯びて小さな爆発を起こした。

「ぐぎぃっ!?」
 俺は悲鳴を上げる。傷はすぐに治るが、痛みを感じるのは変わらない。

 離れの入口へ視線を向ければ、銀色の棒を構えた黒服の男が立っていた。犬の鳴き声に足音が掻き消されて、男が近づいていた事に気づけなかった。

「このっ!」
 俺は体から棒を引き抜いて、男に投げつける。狙いは外れ、銀色の棒は柱に当たって跳ね返り、畳の上に転がった。
 男に掴み掛かろうと右足を前に踏み出した時、男の小人が銃を構えて、俺の右足の甲を撃ち抜いた。
  
 再び放たれた弾丸が、俺が右手に持っていた縁切刀を吹き飛ばす。縁切刀が畳の上を滑るように回転しながら遠ざかっていった。

 小人は俺の体に続けて弾丸を打ち込む。太腿や脹脛ふくらはぎ、足の甲を狙われ、立ち上がろうとしては畳の上に膝をつく。
 男が日和ちゃんに触れようとするのを見て、俺は足を引きずりながら手だけで前に這い進んだ。
 小人が俺の腕や肩を撃ち抜いて止めようとする。俺は歯を食いしばり、撃たれた右腕で小人を殴ろうとする。殴る事は出来なかったが、傷口から飛んだ血が小人の体に掛かった。

 血が目に入ったのか、小人の狙いが外れる。
 俺は回復した足で立ち上がり、男と小人をまとめて殴り飛ばす。男達は無様にも吹き飛び、障子戸を巻き込んで回廊の方に転がった。

「ここまで邪魔しに来るとはな」
 男達を足止めするように命令していたのに、娶リ神は本当に使えない奴だ。

(まあいい。今の俺には誰も敵わない。日和ちゃんとの愛の儀式を邪魔されない為にも、男達の息の根を止めるか)
 
 俺は布団に横たわる日和ちゃんを見下ろしてニコリと笑う。

「待っていて。俺達の愛を邪魔する奴を倒してくるからね」

 日和ちゃんにキスをしようと覆いかぶさり、顔を近づける。唇が触れ合う前に、トントンと軽い振動が連続して右肩に伝わった。首を回した途端に、目の前で火柱が上がり、俺は驚いて仰け反る。脅しだったのか、火柱はすぐに消えた。

 起き上がった男が、入口の前で銀色の棒を構えて俺を睨んでいた。
 ことごとく邪魔されて、俺の堪忍袋の緒がプツリと切れる。

「このストーカー野郎があっ!!」
 俺が怒鳴りながら向かっていくと、男が指を鳴らした。
 肩に突き刺さっていた銀色の棒が光を放つ。ハッとした瞬間、皮膚が内側から破裂して血が飛び散った。

「あっ……ああああっ!!」
 焼け焦げた匂いが鼻につく。右腕の肉がグチャグチャで、見ただけで吐き気を催す程の凄惨さだった。男が銀色の棒を二本、俺の足元に投げつける。

「『藤蔓ふじづる』」
 畳に刺さった銀色の棒から、魔法陣のようなモノが浮かび上がり、青い閃光が俺を飲み込む。

 植物の蔓が噴水のように噴き出し、俺の体を一気に天井まで持ち上げた。
 仰天している間にも、植物の蔓に体を締め上げられていく。植物の蔓達は絡み合い、俺を丸く囲って閉じ込めようとした。
 蔓の隙間から、俺に嫌悪の目を向ける男の姿が見えた。

 俺は歯を食いしばって腕に力を入れる。
 植物の蔓が折れて裂ける音が響くと、男が目を見開いた。

 俺は千切り取った蔓を、男に向かって投げる。
 男の注意が逸れている間に、俺は蔓の隙間から飛び降りた。左足で男の右肩を踏みつけると、骨が折れる鈍い音と感触が足の裏に伝わった。

 畳の上に仰向けに倒れた男の腹の上に、俺はドカリと腰を下ろす。俺は左手で、男の折れた右肩を掴む。男が苦しげな呻き声を上げるのを見て、俺はニヤリと笑った。

「これくらいで骨が折れるなんて、見た目どおり軟弱な野郎だな」

 男が苦しむ顔を見られて、最高の気分だ。手に力を入れると、男の顔は更に歪む。弱者を虐げる喜びが、俺を高揚させた。

「土下座して謝れば、命だけは助けてやろうか? 無様に地べたに這いつくばって懇願するか、このまま甚振いたぶられるか、どっちがいい?」
 
 俺を馬鹿にした男が平伏へいふくして許しを乞う姿は、さぞかし見ものだろう。

 男は銀色の棒を左手に取り、俺の右足に突き刺そうとしてくる。俺は咄嗟に、右手で男の手首を掴んで止める。俺は左拳で、男の頭や顔を何度も殴りつけた。男は徐々に息も絶え絶えになっていく。

 もっと男を痛めつけてやりたいと思った俺は、周囲を見回して拷問に使えそうな道具を探す。
 布団の両脇にあった行燈が目に入る。行燈の中で揺らめく炎を見て、俺はニタリと笑った。

(男の顔を焼いてやろう)

 立ち上がって行燈へ近づこうとした時、視界がガクリと揺れる。畳の上に転がっていた銀色の棒を踏んだのだと理解した時には、俺は派手な音を立てて畳の上に倒れていた。

「熱っ!!」
 指先に感じた熱さに、俺は思わず飛び退く。
 小さな炎が目の前で揺らいでいるのを見て、俺は目を見開いた。
 
 布団の周囲に置かれていた複数の行燈が倒れて、中にあった油が畳から布団まで零れていた。零れた油の上を火が舐めるように広がっていく。木造の建物は、あっという間に火に飲まれてしまうだろう。
 布団の上にいる日和ちゃんにも火が迫っていた。

「水っ! 水は!?」

 混乱した俺の頭に真っ先に浮かんだのは、消火する事だった。
 周囲を見ても、水らしき物は無い。俺は婚礼の儀式で老婆に水を貰った事を思い出す。懐を探れば、運良くも瓶は割れていなかった。

 俺は栓を開け、油と火に向かって瓶を傾ける。ふらふらと上体を起こした男は、炎に注がれる水を見てハッと目を見開いた。

「やめろ!!」

 男の静止の声が届く前に、炎の中に水が落ちる。足元で爆発が起こり、熱風と炎が一気に顔まで迫る。喉と目を焼かれる苛烈な痛みが、俺を襲った。

「日和!!」
 男の切羽詰まった叫び声が、室内に響き渡る。

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