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第十章 呪いを返す話<鬼降魔編>
第×?話 拝復 罪人様
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地べたに這いつくばる者の嘆きは届かない ここは牢獄
二月の凍える夜 一人の若い女は 奈落へとオトされる
血で作られた路
鬼は地に降りて
魔となった人間が律する ジゴクのなかで
ハハをくわれた子は わけもわからぬまま
ただしずかに ナミダをながすだろう
■□□□■
月も姿を隠す夜。
窓もない壁に囲まれた空間で、砂粒を擦るような音と女の嗚咽が生み出されては消えていく。
氷のように冷たい土間の上に倒れている若い女の体には、自由を奪う拘束の糸が幾重にも巻き付いていた。
(何故、私がこんな目に……)
いつもの日常を生きていた女は、何の前触れもなく罪人となった。
複数の人間達に笑いながら振り翳された正義は、女にとってはただの集団暴行でしかない。
確かに、自分は出来が悪い人間だろう。
要領が悪く、器量良しでもなかったから、今までも多くの人に馬鹿にされてきた。仕事でもたくさん失敗をした。馬鹿にされ、嫌がらせをされるのは当然だ。だから、周囲から格下の扱いを受け続けても文句一つ言わなかった。
だが、ここまで酷い扱いを受けていいわけがない。
(だって、本当に何もしていない)
朝が来たら、自分はどうなってしまうのか。想像するだけで恐ろしかった。
覚えのない罪で裁かれる。償いという名の暴力的な搾取が、どこまで波及するのか。自分の命を奪われることも怖いが、それ以上に自分の家族にまで危害が及ぶのが怖かった。
父と母は十三歳の時に死んでしまったが、自分には大切な家族がいる。
十五歳の時に産んだ、たった一人の我が子。産んですぐに離れてしまったが、その子のことが気がかりだった。
(もし、私に着せられた罪が、あの子の人生を苦しめてしまったら……)
そうと思うと、心臓がギュッと絞られるように痛む。
唯一の希望は、私があの子を産んだことを知るのは、自分を嫌々育ててくれた叔父夫婦と、顔も見たことのない親戚だけだということ。
あの子は、母である私の顔も、父である人の顔も知らない。
子供の父親は良い人だった。目つきや素行が悪くて周囲から嫌われていたが、本当は寂しがり屋で涙もろく、情に厚い人だった。家にも学校にも居場所がなかった者同士、惹かれあって、結ばれて。私のお腹に、あの子が宿ってくれた。しかし、あの人は、あの子が生まれる前に友人の喧嘩に巻き込まれて死んでしまった。
叔父と叔母に知られたら、中絶しろと言われるとわかっていた。堕ろせなくなる時期まで妊娠を知られずに済んだが、バレた時には散々と口汚く罵られた。
冷めた目で見られて毎日苦しかったけど、あの子の命を感じれば、煩わしさも生きづらさも一気に吹き飛んでいった。
あの子が生まれた時、私は世界一の幸せ者だと思った。言葉では表現できないくらい愛おしかった。この子を産むために私は生まれてきたんだって、魂の奥底から感じた。
あの子の側にいたかったけど、叔父夫婦の家で厄介になっていた自分には育てられるだけの経済力も余裕もなかった。
あの子には幸せになってほしい。
だから、苦しかったけど手放した。
私が高校を卒業したと同時に、役目を終えたと言わんばかりに叔父と叔母から縁を切られた。悲しかったけど、当然だとも思った。”血”が近いからといって、他人を養う義務はない。お互いを縛るものがなくなって自由になったのだと自分に言い聞かせた。
それに、私には唯一の家族がいる。それが、折れそうな心を生かしてくれた。
会えなくても、あの子に渡せるものが欲しくて。だから、たくさん働いて、お金を貯めようと思った。
お金がないことで、私はあの子を手放したから。この世界で生きていくために、大事なものを手放さないようにするためには、お金が必要だと思ったから。あの子には、幸せを諦めてほしくなかった。
だけど、こうなってしまっては、それすら叶えられないだろう。
逃げたいのに、戒めを解くことはできなかった。
無実を訴え続けたせいで、声はとうに枯れてしまっている。喉の奥から血が出ているのか、ズキズキと痛みを持っていた。
(せめて……せめて、あの子は……。私の愛するあの子だけは……)
この目に映らなくても、神はいると知っていた。
私は助からなくてもいいから、最期の祈りを聞き届けてはくれないだろうか。
(鬼から、私の子を守ってください。もし……)
もし、あの鬼が私の子を手にかけようとした時には……。
目の血管が刺すような痛みを上げるのにも構わず、女はギョロリと大きく目を動かした。
(絶対に許さない)
女は自分の髪の毛と土間に転がっていた小石を口に含む。歯で髪の毛をブツリと噛み切り、舌を使って石と一緒に口の奥へと運ぶ。鋭く尖った石が柔らかな口内を傷つけ、濃い血の味が舌の上に広がった。女は胸に渦巻く憎悪を吐き出すように口を開く。
「鬼降魔──」
死を迎える夜。
女は、この世に一つの呪いを生み出した。
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