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第十章 呪いを返す話<鬼降魔編>
第8話 呪い分け
日和を蝕む呪いに反応して、『身代わり守り』が白い光を放つ。
『身代わり守り』に描かれた術式が、日和の体の上を走るように移動していく。術式が通った場所から火傷が消えていき、『身代わり守り』が呪いを請け負って黒く染まっていった。
日和を救えることは喜ばしいが、碧真は助からない。丈は己の無力さをヒシヒシと感じながら、日和が解呪されていく様を見つめていた。
日和の指先がピクリと動き、僅かに目を開ける。
(もう意識が戻ったのか)
あれだけの呪いを受けていたのにと丈が驚いていると、日和はゆっくりと右手を持ち上げ、碧真の左手に重ねた。
二人の重なった掌の中にある『身代わり守り』の白い光が、碧真の体にも伝っていく。白い閃光が室内を満たした。
「これは……」
上総之介の驚いたような声が耳に届く。光が収まったのを感じて、丈は目を開けた。
黒く焼け焦げていた筈の碧真の体が、普段通りに戻っていた。上総之介と丈が驚いて固まっている中、上体を起こした日和が碧真の肩へ手を伸ばす。
「あ……君!」
日和が掠れた声で名を呼びながら、碧真の肩を揺らす。意識が戻ったのか、碧真が薄く目を開けた。日和はホッとして泣きそうな表情を浮かべる。
碧真は頭を押さえながら上体を起こす。丈と目が合うと、碧真は口を開こうとして咳き込んでしまった。
「碧真。邪気と穢れは上総之介様が祓った。総一郎は怪我をしていたが、呪いは受けていない。今は病院で治療中だ」
丈の言葉に安堵して、碧真は小さく息を吐いた。
隣に座る日和に視線を向けた後、碧真は一気に目を見開く。碧真は日和の肩を掴み、赤いマフラーを乱暴に引き下げた。
「な、何!?」
日和はギョッと目を丸くして驚いた声を上げる。碧真は日和の首にある薄灰色の線を指先でなぞって顔を歪めた。
「何で日和に呪いが……」
「碧真もだよ」
丈が止める間もなく、上総之介は碧真に近づき、青いマフラーを引っ張って緩めた。
碧真の首にも、日和と同じように薄い線がある。まるで切れ目のように肌の上を走る線は、僅かに呪いの気配を放っていた。
「まさか、こうなるとは思わなかった。術の発動中に、別の人間に渡したからか?」
上総之介は興味深そうに二人を見下ろして、碧真の首に触れようと手を伸ばす。丈は上総之介の腕を掴んで止めた。
「いけません。呪いが伝染する可能性があります」
呪いには様々なものがある。対象を個人に絞ったもの、口伝で人から人へ伝染するもの、呪われている人間や呪具に触れて呪いを受けるもの。どういう呪いか分からない以上、接触は避けた方がいい。
「碧真、赤間さん。体に異常はないか?」
「……特にありません。問題なく自分の意思で動きます」
碧真は手を開いたり閉じたりして確認する。日和も同様らしく頷いた。
上総之介は畳の上に転がっていた『身代わり守り』を観察した後、碧真と日和を見る。
「こんなことは初めてだから、俺の推測だけど。『身代わり守り』の力が発動している時に、日和さんが碧真に人形を渡したことで、呪いの力が一旦全て人形に吸収された。収まりきれない呪いが、二人の体に等分に分けられたようだ」
「あ、あの……この呪いはどうなるんですか?」
日和が不安げな顔で問うと、上総之介は言葉を選ぶように思案して口を開いた。
「呪いの力の大半は『身代わり守り』が吸収したみたいだけど、完全に消えたわけじゃない。数時間で命に危険が及ぶということはないだろうけど、徐々に進行して、やがては死に至る」
進行性の呪いは、呪いの元が取り除かれない限り、その性質に従う。二人の命は今は繋ぎ止められている状態だが、救われたわけではない。
碧真は険しい顔をして拳を握りしめ、日和は表情を強張らせる。上総之介は畳の上に胡座をかいて、丈を見上げた。
「丈も座ったら? 二人に話を聞かないといけないだろう?」
「お待ちください。どういう条件で呪いが発動するかわかりません。『身代わり守り』も無い今、上総之介様の身に危険が及ぶ恐れがあります。天翔慈家の方に連絡しますので、上総之介様は、この場から避難してください。後のことは、鬼降魔で解決します」
「丈も心配性だな。でも、いいの? 俺が鬼降魔家に広まっている呪いのことを天翔慈家の人間に話したら、碧真と日和さんが消されるかもしれないよ?」
正体不明の呪い。屋敷全体に被害が出ていたことからも、複数の人間に危険が及ぶものだ。伝染する呪いだったら、なおさら厄介である。
鬼降魔の前当主ならば、周囲に呪いが伝染する可能性があると判断すれば、迷うことなく二人を殺していただろう。天翔慈家に情報が漏れてしまったら、上総之介の身に危害が及ぶことを恐れて、碧真と日和を始末する可能性もある。
「二人にかけられた呪いは、俺が必ず解きます。ですから」
「丈。実はね、俺が今日、鬼降魔に来たのは気まぐれじゃない。鬼降魔の本家とその周辺に邪気と穢れが広まる啓示が出たから、調査に来たんだ」
丈は目を見開く。日和がキョトンとしているのに気づいて、上総之介は説明をする。
「俺の守り神の力は、厄除けと厄祓い。その能力で、脅威となる邪気と穢れの発生をいち早く察知できるんだよ。まあ、俺が日本にいる間にしか使えないけど。『身代わり守り』も厄祓いの力を利用して作っているんだ」
上総之介の守り神の力は、広範囲で邪気や穢れの発生源を特定出来るセンサーのようなもの。以前、鬼降魔幸恵が使っていた『取リ替エ』の禁呪が行われている場所をすぐに発見できたのも、上総之介の守り神の力だった。
「鬼降魔家が主体となって周囲に呪いを広めるような規模だったからね。総一郎や丈がそんなことをするとは思えないし。鬼降魔の本家にいる人間が関わっているのかもしれないと思って、秘密裏に術者を暴こうとしたんだ」
近づいてくる足音が聞こえて、上総之介と碧真が警戒するように離れの入口へ視線を向ける。足音は廊下の途中で止まった。何度か聞いたことのある足音から、丈は誰が来たかすぐに判断できた。
「君丸君。入ってくれ」
丈が入室を促すと、入りづらそうに様子を伺っていた君丸が姿を現した。
君丸からの報告によれば、呪いが発現していた時に外出していた二名を含めて、今日屋敷にいた従業員達全員の無事が確認できたようだ。誰も呪いを受けておらず、大きな怪我もないと言う。
(呪われたのは、碧真と赤間さんだけ。本家の従業員達は一時的に影響があっただけで、邪気と穢れを祓えば回復した)
「碧真と赤間さんは依頼人に会ったのか?」
「会っていませんし、姿を見てもいません」
碧真の言葉を受けて、丈は思案する。
進行性の呪いは、主に何かを要求するための交渉や、相手への恨みから長期間かけて苦しめることを目的として使われることが多い。先程までの碧真の様子を見る限り、短時間で死に至るようなので、今回の呪いは殺すことが目的なのだろう。
(鬼降魔に恨みを持った術者なのか?)
総一郎は呪われていないが、腹を刺されていた。しかし、傷はそこまで深くはないように見えた。もし、鬼降魔家の当主に恨みがあるのなら、もっと深く、それか、もっと多く刺した筈。殺すことだけが目的ならば、わざわざ進行性の致死の呪いをかけた上に、総一郎を刺した理由もわからなくなる。
(それに、依頼人と会った総一郎と君丸君が邪気と穢れの影響のみで済み、会ってもいない碧真と赤間さんが呪いを受けたのは不可解だ)
「君丸君。依頼人の情報について教えてくれないか?」
君丸は頷くと、依頼人の特徴について話してくれた。
依頼人は、二十代くらいの女性。セミロングの髪型で、体型は中肉中背。初めて見る人物で、身分証は所持しておらず、『佐藤』と名乗った。見るからに一般人で、君丸の加護の戌は見えていなかった。呪具や凶器の持ち込みは無し。軽度の邪気を帯びた呪いをかけられており、少し憔悴している様子だった。
君丸の話を聞いて、碧真は眉を寄せる。
「身分証が無いのはおかしいだろう。来客用の駐車場に、依頼人の物らしき車があった。そっちは確認していないのか?」
車に乗っているのなら、免許証を所持している筈。痛いところをつかれたのか、君丸はグッと顔を歪めた。
「……車の確認は……していない」
「は? どんだけ無能なんだよ。お前の確認不足のせいで、当主に何かあったらと考えなかったのか?」
「やめろ碧真。君丸君は自分の仕事をしっかりとこなしていた。責めることは」
「そこまで考えられなかったのは無能でしょう? 正体不明の人間を屋敷に招き入れるなら、慎重にならなければいけなかった筈です。いつも偉そうにしている癖に、そんなことも」
「碧真! そこまでにしろ」
丈が強い口調で遮ると、碧真は不機嫌そうな顔で黙り込む。
碧真の言うこともわかるが、過ぎたことを責めても解決には繋がらない。
「見たことのない呪いだ。依頼人が他家の術者か、もしくは術者に利用された人間の可能性がある」
「ここまで強力な呪いなら、依頼人が術者でしょう」
丈の言葉に碧真が溜め息混じりに答えると、君丸が反論の声を上げた。
「それはない! 俺の戌が威嚇した時も、依頼人は警戒するそぶりすらなかった!」
「お前が相手する価値もない無能と思われただけじゃないのか?」
碧真が吐き捨てると、君丸は悔しそうに唇を噛んで俯いてしまった。
丈から見て、君丸は無能ではない。仕事はきちんと責任を持ってこなし、小さなことでも気づいて即報告してくる人間だ。
それに、君丸の加護の戌は大型の秋田犬のような見た目で、気を許していない外部の人間には牙を剥き出しにして威嚇する。
依頼人が術者ならば、全くの無警戒でいられるわけがない。演技をしていたとしても、僅かな反応がある筈。
どちらにしろ、術者が関係しているのは間違いない。鬼降魔家の人間を呪える程の強い力を持った術者がいるのだ。
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