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第十章 呪いを返す話<鬼降魔編>
第19話 呪いの媒体
「一体、どういうことですか?」
碧真は顔を顰めながら問う。
丈は”術者がわざと呪いを失敗させた”と言うが、木札の呪具には邪気があり、明らかに誰かを害する為に作られていた。碧真も木札の呪具が自分と日和を呪ったとは思っていないが、何故、わざと失敗したと断言できるのか。
「これが今回の呪いの大元となった呪具ならば、穢れがないのはおかしい」
異形のモノ達には邪気と穢れがあった。恐らく、呪い自体に人の死が関わっているのだろう。その源となる呪具なら穢れがある筈なのに、全く感じなかった。
「この呪具は、大元の呪いを引っ張り出すための媒体だ。力のある呪具を動かせない場合や呪いが土地に定着している場合は、媒体を利用すれば、離れた場所でも呪いの力を発動できる。術者はこれを使って、鬼降魔に呪いを持ち込んだ」
「媒体にするには相応の力が必要でしょう? この呪具には、そんなに力を感じません」
上総之介の『身代わり守り』の効果で呪いの力が弱まったのだとしても、呪具から感じる力は媒体にするには微弱すぎた。他の呪具が使われた可能性の方が高い。
「ああ。これは呪いそのものではなく、呪い返しに使われた呪具だからな」
「は? 呪い返し?」
「呪い返しをすることは、呪いに干渉するということ。呪い返しの方法は、術者が自分の持つ力で押し返す方法や同じ呪いを用いて返す方法など様々あるが、どれも元の呪いを上回る力が必要となる。この呪具に書かれた術式から考えて、大元の呪いと同じ術式が使われている。術者は呪い返しをわざと足りない力と誤った名で依頼人に発動させた。呪い返しに使う力が少なければ、呪いの大元から力が押し返され、鬼降魔に呪いを広めることが出来る」
呪い返しの性質を利用した応用的な使い道だ。呪術に詳しい人間でなければ、思いつきもしないだろう。
「丈さんが、依頼人は利用された人間だと思うのは何故です? 依頼人が死亡しているからですか?」
依頼人が死亡していることは大きな理由にはなるだろうが、絶対ではない。依頼人が術者本人で、決死の覚悟で呪った場合。または、依頼人が鬼降魔の人間を呪い殺すために、協力関係にあった術者に自ら命を差し出した場合もある。
「それもあるが、そう考えたのは別の理由だ。総一郎は刺されてはいたが、殺意があるとは思えない傷だった。依頼人は総一郎を殺すことを目的としていない。それなのに、わざわざ自分の命をかけて呪い返しをするとは思えない。依頼人はナイフの呪具で血を集めることだけが目的だった。恐らく術者から、依頼人にかけられた呪いを解くために総一郎の血が必要だと言われていたんだろう」
術者が血を集める目的は、相手を呪うか解呪または呪い返しをするため、もしくは強力な呪いを作り出すためだ。鬼降魔の人間を呪うことに成功しているので、依頼人を唆した術者が血を集めようとした目的は、強力な呪いを作り出すことだと言えるだろう。
「術者は今回、ナイフの呪具を最低二本は用意している。一本は総一郎を刺すために依頼人に持たせ、もう一本は操った菊理に持たせて碧真達を襲った」
ナイフを持った菊理が現れたのは、広間とは別方向。今この場にあるナイフの呪具は、総一郎を刺した物ではない。
上総之介は携帯の画面を操作して小さく肩を竦めた。
「ナイフの呪具については、紅葉から報告はないよ。まだ見つかっていないだけかもしれないけど、既に術者の手に渡っているかもね。依頼人と術者が協力関係だとしても、対等ではなさそうだ」
上総之介の言葉に同意するように丈は頷く。
「依頼人が騙されたと判断したのは、木札の呪具が関係しています。『血』の甲骨文字の点の部分の僅かな窪み。ここには生贄となる者の血を注ぎます。依頼人が死亡していることから考えても、使われたのは依頼人の血です」
丈は箱を手に取り、上総之介と碧真の目線に合わせて持ち上げる。
側面から見せられた呪具の中央部分には、血を一、二滴ほど入れられそうな窪みがあった。
「『血』の周囲にある紋様は、呪具に血を流す為の補助的な役割があります。この呪具は術者の名を唱えることで力を発動するようにしてあるので、依頼人に呪いの知識や力がなくとも、任意のタイミングで発動が可能です」
「丈さん、待ってください。騙されていたとしても、そう簡単に他人に血を渡すわけがないでしょう」
「それはどうかな? 碧真、考えてみて。依頼人は軽度の呪いを受けて憔悴していた。つまり、何かしらの実害を受けていたんだ。それを解消できると言われたら、少量の血くらいは提供しそうだと思わない?」
上総之介の言葉に、碧真は眉を寄せる。
他人に血を渡すという行為は、術者の碧真なら有り得ないことだが、一般人の考えでは違うのかもしれない。
(術者が一方的に依頼人の血を採取していた可能性もあるが……。どちらにせよ、依頼人は術者ではないということか)
「丈さんの考えはわかりました。あと一つ確認したいんですが、広間で呪いが発現したということは、依頼人がこの呪具を持ち込んでいたということで間違いないですよね?」
君丸は『依頼人は呪具を持ち込んでいない』と証言していたが、見逃していたのだろう。依頼人の右肩から微量な邪気を感じたと言っていたので、そこに呪具を隠していたのかもしれない。本家勤めの人間の割に手抜かりが多すぎる。
「……君丸君が呪具の持ち込みを見逃してしまった可能性もゼロではない。見逃していないのなら、依頼人以外の人間が広間に呪具を持ち込んだということになる。碧真も考えていたように、鬼降魔の内部に協力者がいたのなら可能だ」
「依頼人が鬼降魔を知っていることから考えても間違いないでしょうね」
鬼降魔は呪いの仕事をしていると公言しているわけではない。ほとんどの仕事が関係者からの依頼や紹介によるものだ。関わりの無い一般人は存在すら知らない筈。
(それに、依頼人は前当主の名前まで知っていた)
鬼降魔の前当主であり、総一郎の父親である鬼降魔龍一。
同じ呪術師の数賀家は鬼降魔家を認識しているので、もしかしたら名前を知ることができたかもしれないが、確実ではない。鬼降魔の内部の人間、特に本家の従業員ならば、前当主の名前は確実に知っている。
「従業員達を全員拘束して、精神操作で吐かせましょう」
碧真の提案に、丈は首を横に振る。
「ダメだ。上総之介様に祓って頂いたが、穢れを受けた後だ。ただでさえ、精神操作は対象の負担が大きい。不安定な状態で行えば、精神に大きな影響が出る恐れがある」
「それの何が問題なんですか? 当主が刺されているんですよ? 早い内に裏切り者を暴くべきです。あいつらは危険な呪具を屋敷内に持ち込ませた落ち度がある。拒むなら、そいつも裏切り者と同じでしょう?」
屋敷にいる従業員達がどうなろうが関係ない。今優先すべきは、呪いの調査だ。
「それなら碧真は?」
携帯を触っていた上総之介が突然口を挟んだ。視線を向けると、上総之介が威圧感のある目で碧真を見ていた。
「碧真。屋敷に邪気と穢れが発生した状況で、何故、真っ先に総一郎の安否を確認しに行かなかった? 明言はされていないが、君は総一郎の側近的な立場だろう」
「それは……。あの時は、一時的に退却を選んだだけで……」
碧真は言葉を飲み込む。
あの時、碧真が何より優先していたのは日和の身の安全だった。
「他の人間を責めるのなら、本来の仕事をしなかった碧真も反省すべきだ」
痛いところを突かれて、碧真は黙り込む。少しの沈黙の後、上総之介が雰囲気を和らげるように笑みを浮かべた。
「呪いをかけられているから、冷静でいられないのはわかるよ。だが、丈の言うように、今は精神操作はやらない方がいい。さて、ちょっと疲れたし、休憩しよう」
「お茶をご用意します。碧真、少し休め」
丈はそう言い残して、離れから出て行った。再び重い沈黙の時間が流れて、上総之介は苦笑しながら口を開く。
「それにしても、日和さんと会うのは久しぶりだね」
「え? あ、はい!」
「そんなに固くならないでよ。一緒にゲームした仲じゃん」
日和は気まずそうな笑みを浮かべる。いつの間に会っていたのかと疑問が浮かんだが、鬼降魔幸恵の事件で日和が上総之介から『身代わり守り』を貰ったと話していたことを思い出す。
「でも、何で日和さんが鬼降魔家に来ていたの? また呪いに関わってしまったとか?」
「……関わってしまったというか、関わらされているというか。総一郎さんから仕事の連絡があって、それで碧真君と一緒に来た感じです」
日和の説明では要領を得なかったのか、上総之介は碧真を見る。
総一郎は日和が鬼降魔の仕事に関わっていることを上総之介に伝えていなかったようだ。鬼降魔の従業員のことまで言う必要はないので当たり前ではある。
「日和は鬼降魔で呪いの仕事をしています。今日も一般人相手の仕事と言われて、俺と一緒に来ました」
上総之介は驚いたように目を見開く。
「日和さんは一般人だろう? 総一郎は何を考えているんだ?」
「俺にもわかりません。ただ、日和が持つ加護を利用できると思ったようです」
最初はただの気まぐれで雇ったのだろうが、総一郎は日和に命を守る加護があると知ると、余計に碧真の側に置きたがった。日和が側にいれば、碧真の命も同時に守られると思っているのだろう。実際、日和の加護の力が働いていると思うことが何度かあった。
(倒れてきた飾り棚。あれも日和の加護の仕業だろう)
操られた菊理の上に飾り棚が倒れたのは不自然な現象だった。位置も離れていたし、ぶつかってもいない飾り棚が倒れることはない。日和の命を守る為の力が働いたと考えていいだろう。
「日和さんの加護? ……もしかして、何か勘違いをしていないか?」
「? どういうことですか?」
上総之介が呆れた様子でいるのが理解できず、碧真は問う。
「日和さんの加護が命を守る加護であることは間違いない。だけど、それは時に、周囲の人間の命を奪うことにも繋がるものだ」
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