あの日、あの場所で

いまさら小次郎

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第四章 夢か、幻か

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強い風の音は何の前触れもなく吹き立ち、
耳横を掠めていく。

どういうわけか、
今日は初めから男に身体を包まれるところから夢が始まった。

勢いよく後ろを振り返ると、
あの男の、鼻から下の輪郭が見て取れた。

男は厚い胸板を龍司の背中に押し当てている。
夢の中とは思えないほど現実味を帯びた体温と胸の鼓動が身体に響く。
男はいつにも増して身体を龍司に寄せ、
離れようとしない。

「リュウジ……」

聞いたこともない、低めの声。
すぐ耳元で囁かれると首筋が強張った。

「何で、俺の名前を知ってるんだ。何で…夢に出てくるんだ」
「リュウジ…あいたい」

男はいつもと同じことを呟きながら、
龍司の首筋に顔を近づけてきた。
龍司は慌てて首をひねり男の腕から離れようとしたが、男は腕に力を込めてますます龍司の身体を抱え込む。

「お、れだって…会って、お前が誰なのか聞きたい。お前がサクラを捨てたのか?」

そう尋ねると、男は龍司の唇に自分の唇を近づけてきた。
ぼやけた男の輪郭は鼻筋を通って下まつげまで捉えることはできても、相変わらず全容ははっきりしない。
龍司は顔を振り切って逃れようとしたが、
顎を掴まれ、口を塞がれる。

驚くほど熱い舌が口の中に割り入ってきた。
舌を唇で挟まれると、こめかみの辺りがびりりと震えた。

口元を弄ばれながら、
男の手はいつもの通り龍司のセーターを捲り上げ、素肌に触れてくる。

「 おまえをずっと、さがしてる…」
「さがしてる…なら…なんでこんな…こと…」
「リュウジ…リュウジ…」

龍司の胸に添わされた男の掌は、ゆっくりと腹の下に滑り落ちてきた。
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