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某特撮において最初の敵は蜘蛛の怪人と相場が決まっている

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「これで俺の人生も終わりか……」
 高く聳え立つマンションの最上階にて、俺は手すり壁の上に立っていた。
 冷たい風が顏を撫で、『ビュウー……』という音が鼓膜を刺激する。
 下々の人間は俺の存在に気づくこともなく平然と道を歩いている。
 あと一歩、ここから踏み出せば俺の肉体と精神が分離――平たく言えば、死ぬ。
「くそが……」
 思い返せば生まれてこの方およそ二十二年、良いことなどほとんど無かった。
 就活には失敗し、未だ内定が一つもない。
結婚を考えていた彼女は俺の友人でもある同級生と二股を掛けていた。
 浮気を問いただしたら、何故か逆切れされて別れを切り出される始末。
「くそが、くそが……くそが!!」
 あんなに勉強して良い大学に入ったのに、イメチェンして陰キャを卒業して彼女も作ったのに……あんまりだ。
 仮にここから一念発起して、何とか就職しても、低賃金で馬車馬のように働かされる未来が鍛え過ぎた見聞色で見える。
 だから今日、俺はここで死ぬ。 
 死んであの世でチート能力を与えてくれる女神様に出会い、異世界に転生して、新しい人生を歩むのだ……そうラノベのように。
 タイトルは『就活で失敗した俺、女神にチート能力を与えられてハーレム生活を送ることになったんだが』、うん……中々良いな。
 よし。待っていろ、異世界。
 俺は記念すべき転生への第一歩を踏み出した。
 次の瞬間、ふわっと身体が浮かぶような感覚に陥り、咄嗟に目を瞑った。
「うがっ!?」
 次の瞬間、何やら腹部に強い衝撃を感じた。
 恐る恐る目を開けて、状況を確認すると、アームのようなものが俺の腹を掴んでいた。
 屋上に方を見ると、リモコンを使って背中に装着したアームを操作している人物がいるのが分かったが、逆光で顔がよく見えない。
 アームはゆっくりと俺の身体を引き上げ、屋上へと誘導する。
 宙に浮いていた俺の身体は再び地に着いた。
 全くもって生きた心地がしない為、脚がブルブルと勝手に震える。
「ふぅ……何とか間に合ったようだな。良かった、良かった」
 俺を助けた人物は見た目、高校生くらいの少女であり、白衣を身に纏っていた。
 黒い長髪を靡かせるその少女はあどけない顔立ちをしているものの、どこか理知的な雰囲気を感じた。
「ふ、ふざけるなよ……どうして、どうして助けたんだ! 俺は……死にたかったのに……! 余計なことしやがって。人助けのつもりか?」
「人助け? そんなつもりは全くないのだが」
「だ、だったら、どうして……」
 もう一度、屋上から飛び降りる勇気などない。
 こうなったのも全て、この少女が俺を助けたせいだ。
 これからまた、別の自殺方法を考えなくてはならない。
「助けた理由はただ一つ。お前が生に関心の薄いこと……死ぬ前にどうか私に協力して欲しい」
「協力ぅ? そんなことして、俺に何のメリットがある?」
「よくぞ聞いてくれた。『あること』をしてくれたのなら、報酬として一千万円やろう。どうせ死ぬんだ。豪遊してからでも遅くはないだろう?」
 ふざけるなと思ったが、この少女の言うことはもっともであった。
 突発的に死ぬつもりでいたが、別に散財してからでも遅くはない。
 どんなことをさせるつもりか分からないが、俺は一千万という報酬に興味を持った。
 何せ今の俺には豪遊しようにも貯金が二千円ほどしかないのだ。
「まぁ……話しだけは聞いてやるよ」
「話が早くて助かるな。早速だが付いてきてくれ」
 俺達は屋上から出て、エレベーターで下に降りる。
 向かった先はマンションの五階にある部屋。
 少女はポケットから鍵を取り出し、ドアを開けた。
「ここが私の部屋だ。入ってくれ」
「お、お邪魔します……」
 少し前まで死ぬつもりだった俺が見知らぬ少女の部屋に入ることになるとはな……
 人生とは本当にどうなるか分からないものである。
 部屋の間取りは以前、俺の住んでいた部屋と同じではあるが、部屋の中は女性の部屋とは思えないほど大量の工具やエナジードリンクの空で散らかっていた。
 さらに家具や机の上にはやたら仮面ライダーや戦隊のフィギアが置いてあった。
「少し散らかっていて申し訳ない。今、お茶を用意しよう」
 少女はコップを二つと一リットルペットボトルのお茶をテーブルに置き、コップにお茶を注いでくれた。
 ちなみにコップには仮面ライダーのデザインが入っている。
 俺は「ありがとう」とお礼を言い、お茶の入ったコップを受け取った。
「それじゃ、まずは自己紹介から始めよう。私の名前は神崎霞かんざきかすみ。東京大学理科三類に通う大学四年生だ」
 驚いたな、大学生だったのか。
てっきり高校生かと……それも同学年じゃないか。
 しかも、東京大学理科三類って……めちゃくちゃ頭が良いようだ。
 東京大学は言わずもがな日本の最難関大学であり、理科三類はその中でもぶっちぎりに入るのが難しい学部である。
 かつて俺も現役時代、東大を目指していたが、俺の頭では無理だと悟り、別の大学に入学した。
「俺は木村和人きむらかずと。就活中の大学四年……いや、就活中だったというべきか」
 大学三年時から就活を続けていたものの、企業からのお祈りメールと無い内定で心が折れ、就活を諦めた。
 もっとも就活だけでなく、人生も諦めかけたわけだが。
「ほう。同学年だったか。てっきり年下かと思っていたな」
 年下かと思っていたって、それはこちらのセリフなんだが……
 俺はお茶を一口飲み、霞という少女に気になることを訊いてみることにした。
「なぁ、さっき言ってたよな? 俺にやって欲しいことがあるって……それって、どんなことなんだ?」
 わざわざ飛び降り自殺しようとした人間に頼むくらいだ。
 きっと危険な作業なんだろう。
「やることは至極単純だ。怪人を倒して欲しい」
「は、怪人?」
 部屋の中を見て察したが、この少女は特撮好きのようだ。
 そのこと自体は別に何とも思わないが、特撮にハマりすぎて現実と妄想がごっちゃになっているのかもしれない。
「そうだ。最近、この辺りを中心に現れるようになった怪人……『ルーガル』を和人の力で倒して欲しい」
「怪人って……お前な。そんなの信じられる訳が無いだろ!」
 お金に釣られて、ノコノコと付いてきた俺が馬鹿だった。
 こんな特撮オタクの妄想には付き合っていられない。
「和人。お前……まさかニュースを見てないのか」
「ニュース?」
 霞はスマホを取り出すと、指で素早く操作し、画面を俺に見せてきた。
 それは某大手会社のネットニュースで、蜘蛛の姿をした怪人が街中に現れたという内容である。
 俺はフェイクニュースではないかと疑い、自分でも調べてみることにした。
 SNSで『蜘蛛 怪人』で検索すると怪人が街中で暴れているという投稿がいくつも出てきた。
 さらには画像で怪人の姿が撮られているものまである。
 怪人は青色を基調としたメタリックな姿をしており、もしも作り物だとすれば、かなりお金と手間が掛かっていそうだ。
「蜘蛛の怪人……本当に……?」
 霞は何故か腕を組み、どや顔で「ふっ」と口角を上げた。
 なんだその顔、腹立つな。
「信じる気になったか? 私はこの怪人について研究している。しかし、私はか弱き女子大生。代わりに怪物と戦ってくれる人間を探していたというわけだ」
「あのな……いくら何でもそんな危険なこと出来るわけないだろ。俺はただの一般人だぞ?」
 俺には格闘技の経験など全くない。
 怪人どころかその辺の不良にも勝てるか怪しい……いや、間違いなく負けるだろう。
「ほう、危険か。さっきまで死のうとしていたっていうのに、危険がどうとか考えるのか?」
「そ、それは……」
 なるほど……それで俺に声を掛けたのか。
 中々、喰えない性格だな。
 単純に腕っぷしの強い人間よりも死への恐れが薄い人間の方が怪物退治には適任かもしれない。
「それにだ……こちらには武器がある。怪人にも対抗できる私が開発した武器。和人にはそれを使って戦って欲しい」
 武器を開発したという突拍子もない話に俺が戸惑っていると、霞が急に立ち上がる。
 少し離れたところに置いてある机に向かい、引き出しから何かを取り出す。
 テーブルに戻り、俺に黒いスマートウォッチのようなものを俺に見せてきた。
「えっと……これが武器か?」
「その通りだ。私が作った武器、『変身ウォッチ』だ。これを使えば誰でもヒーローになれる。これでルーガルと戦ってくれ」
 誰でもヒーローかぁ……
 全くもって信じられないが、物は試しだと思い、霞から変身ウォッチを受け取った。
 変身ウォッチを右腕に装着する。
 液晶画面には『М』や『F』と大きく記載されたアプリのアイコンがあった。
「これ、どうやって使うんだ?」
「ふっふっふっ、変身するときはだな……」
 突然、霞のスマホから着信音が鳴った。
 ちなみに着信音は俺も聞いたことのある某仮面ライダーの主題歌である。
 地獄の軍団がどうとか言っている。
 霞は「ちょっとすまない」と俺に断りを入れ、電話に出た。
「もしもし……霞です。はい。さっき丁度、適任者が見つかりました。え……? そうですか。では、これから現場に向かいます」
 現場に向かう?
 霞は電話を切ると、俺に視線を送った。
「和人。早速だが仕事だ。これから怪人退治に向かう」
「え、これから!? まだ使い方も聞いてないんだが……」
「習うより慣れろ。私の好きな言葉だ」
 ちっくしょう。こんな時にメフィ〇ス構文を使ってんじゃねぇよ。
 本当に戦えるのか、俺に……? 
だが、俺は元々死のうとしていた人間だ。
 どうせならヒーローとして戦い、華々しく散るのも悪くないかもしれない。
 頭の中で自問自答していると、霞が俺の手首を掴んできた。
「何をぼけっとしている。ほら、早く行くぞ」
「わ、分かったよ! こうなりゃ、やってやるさ」
 部屋を後にした俺達は階段を使って五階から下りた。
 霞は駐車場に置いてあるバイクに跨り、キーシリンダーに鍵を差し込んだ。
 バイクにエンジンが掛かり、けたたましいエンジン音が鳴り響く。
「ほら、ヘルメットだ。結構飛ばすから振り落とされないようしっかりと私に掴まってろよ」
「お、おう……」
 霞から投げ渡されたヘルメットを被り、バイクに乗った。
 掴まれと言われたが、どこを掴めば良いのだろう。
 お腹か……? お腹で良いんだよな。
 霞のお腹に手を回し、がっしりと捕まった。
「よし、行くぞ」
 霞は特に動揺することもなく、勢いよくバイクを走らせた。
 初めて乗ったバイクの感覚に少々戸惑ったが、移動中の景色を眺めるくらいの余裕はあった。
 すれ違う車や建物、そして行き交う人々――普段はバスや電車でしか移動しない為、東京の街中をこんな風に見るのは初めてで、新鮮であった。
「意外だな……」
「ん、何がだ?」
「大型二輪免許持ってるの……身近で持ってる人、あんまりいないからさ」
 就職のために車の免許を取る人間は大学にたくさんいたが、バイクの免許を取る人はあまりいなかった。
 かくいう俺も特に必要ないと思ったため、車の免許(AT限定)しか取っていない。 
「ああ、意外かもしれないが私は幼い頃、仮面ライダーに憧れていたからな。だから取得しようと思ったんだ」
 いや、意外って……部屋にがっつりフィギアが置いてあっただろ。
 一体、自分のことをどんな人間だと思っているのだろうか。
「そ、そうか……それで、怪人はどこにいるんだ?」
「情報によると、大塚公園にいるらしい。ここからだと十分くらいで着くはずだ」
 大塚公園は文京区にある公園でラジオ体操発祥の地と言われており、俺もサークルの花見などで何度か訪れたことがあった。
 公園には霞の言う通り、十分ほどで着いた。
 バイクから下りた俺はヘルメットを取ろうとした。
「おい和人、ヘルメットは取るな」
「え、なんでだ?」
「これから変身するんだ。素顔を誰かに見られたら厄介だ。それにだ……ヒーローというのは正体不明であるから良いものだろう?」
 霞が薄ら笑いを浮かべる。
 まぁ、確かにSNSで俺の顔を晒されるのは望むところではない。
 それにしても……奴はどこだ。
 俺は辺りを見渡した。
 中央広場にて、画像で見たキラリと眩しく反射する物体が見える。
 青いメタリックな身体をした蜘蛛の怪人――あれだ、間違いない。
 公園から逃げ惑う人々が大半だが、中には面白半分で怪人を撮影しているものもいた。
「お前、撮ってんじゃねぇよ!」
「ひゃあ!」
 怪人は手から糸を飛ばし、撮影していた野次馬の一人に糸をくっ付けた。
 勢いよく怪人の元まで手繰り寄ると、野次馬の首を掴んだ。
「た、助け……」
「ふん。お前も私の苦しみを味わうが良い」
 口からプッと針のようなものを吐き出す。
針は野次馬の頭へと刺さってしまった。
 怪人は野次馬から手を離し、針を刺されてしまった野次馬はバタリと地面に倒れ込む。
「おいおい、あの人。大丈夫なのか? 死んだんじゃ……」
「大丈夫だ、死ぬことは無い。だが……」
 野次馬は目を開け、むくりと立ち上がった。
 霞の言った通り、確かに死ぬことは無いようだ。
 だが、何やら様子がおかしい。
「まずい。勉強せねば。合格せねば……東大以外カス……東大以外はカス!」
 野次馬はそう叫ぶと、物凄い勢いで走り出し、どこかに行ってしまった。
 俺は何がどうなったのか状況がまるで分からなかった。
「えっと、どういうことなんだ?」
「ルーガルは他人に自分の悩みや思想を植え付けることが出来る。さしづめ、あのルーガルも受験に追い詰められて怪人化したってところだろう」
「怪人化って、そんな。たかが受験勉強くらいで……」
「なるんだよ、怪人に。おっと詳しい説明は後だ。変身ウォッチの中にMって書いてあるアプリがあるだろう? それをタッチするんだ」
「わ、分かった!」 
 俺はMのアプリをタッチした。
 ウォッチからは何やら無駄にカッコ良い音楽と『レッツセイ、変身』という電子音が繰り返し流れる。
 怪人はウォッチから流れる音に反応したのか、俺達の方を見た。
「何だ、お前らは。ヘルメット何か被りやがって、怪しい奴らめ」
 怪しい奴らって……怪人にだけは言われたくない。
「スパイダールーガルよ。恐れ慄くが良い! 貴様が記念すべき最初の相手だ。さぁ、和人よ。叫ぶんだ……『変身』と!」
 霞はシャキーンと腕を斜めに伸ばし、仮面ライダーみたいな変身ポーズを決めた。
 幸いにも人が少ないとはいえ、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「あー、もう分かったよ! やってやんよ!」
 俺は半ば勢いに任せて、「変身!」と高らかに叫んだ。
 足元から頭に掛けて、自分の身体が黒い装甲で包まれていく。
 す、すごい……どんな技術だ、これは。
 本当に変身出来たぞ。
 変身が完了すると、霞は着ていた白衣をバサリと翻す。
「祝え! 街に蔓延るルーガルを打倒す正義の戦士。その名も『ダークウォリアー』。まさに誕生の瞬間である」
 ノリノリだな、おい。
 まだ残っている野次馬達は物珍しさに俺を撮影していた。
 変身出来たは良いものの、こいつを倒さないといけないんだよな……
「ふん。ダークウォリアーねぇ……オラァ!」
「うっっわ! 危ねぇ!」
 怪人は俺に接近すると、間髪入れずに殴りかかってきやがった。
 何とか避けることに成功した俺は怪人と距離を取る。
「おい、和人。近づかないと勝てないだろ」
「そ、そんなこと言われてもな……そうだ! 遠距離用の武器とかないのか? 銃とかさ」
 仮面ライダーや戦隊ではよく銃やビームで怪人を攻撃するシーンがある。
 俺もそういった攻撃で怪人と戦いたいと思った。
「そんなものはない! まぁ、いずれは作るつもりだけどな。今は近接格闘で何とかしてくれ」
「マジかよ……」
「安心しろ。ダークウォリアーになれば攻撃力も防御力も変身前の比ではない。多少の攻撃ならどうってこと……」
 霞の話を聞き終える前に怪人の糸が俺の腕にくっ付いた。
 一瞬にして俺の身体は怪人の近くまで引き寄せられ、強烈な顔面パンチを受けた。
「がッ……!」
 強い衝撃を受けたことでぐにゃりと視界が揺らぎ、気を失いかける。
 何がどうってことないだ。めちゃくちゃ痛いじゃないか。
 再び繰り出してきたパンチを俺は左手で受け止めた。
 掌にじんわりとした痛みが広がる。
「ダークウォリアーだっけ? ふん。あんまり強くなさそうだな」
 怪人の言葉に俺は少しカチンと来た。
「へ、そうかよ! オラ!」
 油断している怪人に俺は炭〇郎並みの頭突きをお見舞いしてやった。
 俺は桜〇花道並みの石頭なのだ。
 大ダメージになるかと思いきや、怪人は軽く額を抑えているだけで平気そうである。
「な、中々の石頭だな……ダークウォリアー、お前にも俺の苦しみを味合わせてやろう」
 こいつ……またあの針を飛ばす気か。
 あれを喰らえば、さっきの野次馬のように東大以外はカスという考えになってしまう。 
それは嫌だな。もう受験勉強はしたくない。
「お前、どうして怪人になったんだ? 受験が原因なのか?」
「受験だと……? ふん、その通りだ。たくさん勉強させたってのに、お金も掛けたってのに……東大には受からなかった。おかしい……こんな世界、絶対に間違っている!」
 怪人の言葉に俺は少しばかり共感した。
 就活で失敗した俺はこの世界を憎んだ。
 まるで世界から全てを否定されたような感覚……俺が怪人化してもおかしくなかったのかもしれない。
「東大か……そんなに価値があるとは思わないがな」
「なんだと。おいお前……どこの大学に通っている?」
 突然、会話に割り込んできた霞に怪人が反応した。
「ん? 東大だが」
「お、お前…………許さんぞぉ!」
 怪人は俺には目もくれず、霞に向かって走り出した。
 まずい――俺は咄嗟に怪人の背中へ飛び膝蹴りをかました。
「ぐ……!」
 それなりに効果があったようで、怪人は地面に這いつくばる。
 怪人に襲われかけたのにも関わらず、霞はポーカーフェイスを貫いている。
 一体、どんな精神をしてやがるんだか……
「よくやった和人。さぁ、早くトドメを……」
 怪人は掌から糸を飛ばし、遠くの木にくっ付ける。
 糸を縮め、木の近くまで移動した。
「お、お前ら……覚えておけよ。特に女……貴様は必ず殺してやるからな」
 怪人は霞のことを指差す。
 糸を使って木から木へと移動し、その場から去っていった。
「逃げられたか……だから早くトドメを刺せと言ったのに」
「無茶言うなよ。それにな……いくら怪人化したとはいえ、俺に人を殺す勇気は無いよ」
 自分が死ぬ勇気はあっても、殺す覚悟など持ち合わせていない。
 やはり、俺はヒーローには向いていないのかもしれないな。
「安心しろ。変身ウォッチには人間に戻す機能がある。変身している限り、ルーガルを殺めることはない」
「お前な、それを早く言ってくれよ……」



 俺と霞は公園の近くにあるファミレスへ移動した。
 怪人や変身ウォッチについて、改めて詳しい説明をしたいのと、俺に会って欲しい人がいるとのことで、その人が来るまでファミレスで待つことになった。
「私はアイスコーヒーを頼む。和人はどうする?」
「じゃあ、俺もそれで……」
 呼び出しボタンで店員を呼び、アイスコーヒー二つとパフェ(霞が食べるらしい)を注文する。
 注文を待っている間、俺は気になることを訊いてみることにした。
「霞……色々と教えてくれ。まず、ルーガルってのは何だ? どうしてあんな風になる? それと、あの変身ウォッチは一体どういう原理なんだ?」
 俺が質問すると、霞は不機嫌そうに眉を顰める。
「おい和人、一気に質問するのはよしてくれ。押しの子の主題歌かと思ったぞ」
 その理屈で言えば、何を訊いてもノラリクラリされそうだな。
「一つ目の質問だが、ルーガルってのは、簡単に言えばウィルスなんだ」
「ウィルス……!? それって、インフルエンザみたいなものか?」
「いや、インフルとは少し違うな。ルーガルは地球の外からやって来たウィルス。宿主に感染すると、さっきのスパイダールーガルみたいになる」
 なんて恐ろしいウィルスなのだろうか……
 それが本当なら日本が……いや、世界がやばい。
「それって、かなりやばくないか? いつ誰が発症するか分からないってことなんだろ?」
「まぁ、そうだな。だが、スパイダールーガルのように怪人化する確率はそう高くはない」
「高くはないって言ってもやっぱりさ……そうだ! ワクチンとか無いのか? ルーガルにならないワクチンがあれば、全て解決するだろ?」
「残念だが無いな。だが、ルーガルから人間に戻す方法はある……そのための武器を私は作ったんだ」
「それが変身ウォッチってことか」
「その通りだ。もっとも、私の力だけで作った訳ではないがな」
「え、それはどういう……?」
「お、丁度来たみたいだ」
 霞の言葉に反応し、振り返るとスラリと背の高い女性が見えた。
 カツカツと履いていたヒールを鳴らしながら、こちらにやって来る。
「お待たせ~、霞。ごめ~ん、待ったぁ~?」
「いえ、私達も来たばかりです」
 その女性は霞の隣に座り、ウェーブが掛かった茶色い髪を指で弄る。
 見たところ二十代半ばくらいの年齢で、スーツを着こなしているのも相まって、バリバリに仕事の出来るキャリアウーマンという雰囲気である。
「和人、紹介しよう。こちらは立花鈴鹿たちばなすずか先生。私が所属している研究室の先生だ」
 つまり、東大の教授ってことか。
 めちゃくちゃ頭が良いんだろうな。
 鈴鹿さんは俺に軽くお辞儀をした。
「初めまして。立花鈴鹿でーす。いやー、まさかルーガル退治に手伝ってくれる人がいるなんて、私とっても嬉しいわ!」
 見た目に反して、やけに砕けた話し方をする人であった。
 丁度その時、店員がコーヒーとパフェを持ってきた。
鈴鹿さんは追加で紅茶を注文する。
「初めまして、木村和人って言います」
「和人君かー! 和人君は大学生なのかな?」
「は、はい……中王大学に通ってます」
 ちくしょう、持病の学歴コンプレックスが爆発しそうだ。
 何せ目の前に現役東大生と東大の教授が目の前にいるのだから。
「そっか、そっか! 若くて良いねぇー。ところで和人君はどうして私達に協力しようと思ったの?」
「先生、私が誘いました。丁度、私がドローンを使って街中をパトロールしていた時に偶然、マンションから飛び降りしようとしているのを見掛けたので、報酬として一千万を渡すから協力して欲しいと持ち掛けたんです」
 俺の代わりに霞が説明をしてくれた。
 もう少しこう、オブラートに包んで説明して欲しかったのだが……
 さすがに衝撃的だったのか、鈴鹿さんは目をパチパチとさせた。
「じ、自殺って……ダメでしょ、そんなことしちゃー! まだまだ若いのに……霞もお金で釣るなんて、何考えてるの!」
 鈴鹿さんの指摘に霞はバツが悪そうに顔を背けた。
「あ、あの時はそれがベストな判断だと思ったんです……現に和人も協力してくれました」
 確かにあの時の霞の行動が間違いだとは思わない。
 自殺を考えている人間に対して、生きていればそのうち良いことがあるなどという、曖昧なことを言ったところで逆効果になるだけだ。
 もっとも、自殺という選択を考えてしまった俺も愚かだったと今更ながらに思う。
「すみません、鈴鹿さん。もう死のうだなんて考えませんから。なので……教えてください。ルーガルのこととか、色々と」
 店員がやってくると、鈴鹿さんが注文した紅茶をテーブルに置いてくれた。
 鈴鹿さんはティーカップを手に持ち、紅茶を飲む。
「そうねぇ。霞からどこまで聞いたのかしら?」
「ルーガルが宇宙からやって来たウィルスだってことは聞きました」
「ええ、その通りよ。ルーガルは普通のウィルスとは違ってね。人間の持つ深層心理を利用して増殖するのよ」
「深層心理……確か、フロイトが提唱した学問ですよね?」
 大学の授業で学んだことがある。
 ドイツの学者、フロイトが提唱した深層心理学において、人間の行動には無意識の感情――『深層心理』が影響しているらしい。
 深層心理を突き詰めていくことで、その人の真の姿が見えるそうである。
「ええ。ルーガルは自我の強い深層心理を持つ人がなるの。普通の人だったらまず怪人化することはないんだけど、蜘蛛のルーガルは受験生なのよね?」
「はい。それは間違いないと思います。そのルーガル曰く、東大以外はカスらしいです。意味不明ですよね?」
「ふふ……霞には分からないかもね。どうしてもその大学に入りたい人っていうのはいるものよ。それこそ、裏口入学とか使ってでもね」
「はぁ……そういうものですか」
「そうよ。きっと勉強のしすぎと受験のプレッシャーでそういう深層心理が生まれちゃったんでしょうね」
 だとすれば、怪人化した人間もまた立派な被害者だな。
 他の人に危害を加える以上、見過ごすわけにはいかないのだろうが。
 鈴鹿さんから変身ウォッチのことも聞いたがあまりに専門的すぎて全く話に付いていけなかった。


「二人には引き続きルーガル退治をお願いするわ。戦闘データはワクチン開発の役に立つから、和人君は頑張って倒してね」
「が、頑張ります……」
 公園で戦った時は運よく不意打ちが決まったが、次に戦う時はそうもいかないだろう。
 ちゃんと戦略を立てた方が良いかもしれないな。
「でも、絶対に無理はしないでね。私もルーガルの情報を掴んだら、連絡するから。和人君、連絡先を交換しておきましょうか」
 鈴鹿さんとLINEを交換し、その場は解散となった。
 行きと同様に霞のバイクに乗って、マンションに向かう。
「そういえば、和人もうちのマンションに住んでるんだよな。何号室なんだ?」
「いや……実は一週間くらい前に追い出されたんだ。家賃を滞納しちゃってさ」
 失恋の精神的ショックで俺は掛け持ちしていたバイトを全て辞めた。
 その結果、ただでさえ高い家賃を支払えなくなり、マンションを追い出される羽目になった。
「そうなのか。それじゃ、今はどこで暮らしているんだ?」
「ネカフェとか……それももう出来そうにないけどな」
 実家から資金援助を求めるも、聞き入れてもらえず、ネカフェ暮らしを強いられていたのが、ついにお金が底を尽きかけたのである。
 どうせ自殺するなら、俺を追い出した大家に嫌がらせしてやろうと思い、マンションで飛び降りようと思った。
 さすがに今はもう自殺するという考えはないが、お金が無い以上、しばらくはホームレス生活をするしかない。
「そうだったのか。なら、しばらくうちに住むと良い」
「い、いや……何言ってるんだよ」
 さすがに俺は冗談で言っていると思った。
 俺は男で、霞は女である。
 付き合ってもいない男女が一緒に住むのは色々とまずいと思った。
「別に冗談は言ってないぞ。物置にしている部屋があるからそこを使うと良い。それに……こう見えても私は家事が苦手なんだ。色々と手伝ってくれると助かる」
 いや、どう見ても苦手にしか見えないのだが。
 俺は霞の提案に激しく心が揺らいでいた。
 家事全般は一人暮らしをしていた時に経験しているため、霞の役に立てるだろう。
 出来ればホームレス生活などしたくはない。
「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて」
「よし。決まりだな」


 こうしてしばらくの間、霞の部屋でお世話になることになった。
 マンションの最寄り駅にあるコインロッカーに荷物を預けていたため、駅の近くでバイクから下ろしてもらった。
 荷物を回収した後、徒歩でマンションに戻る。
 エレベーターで五階に上がり、霞の部屋のインターホンを鳴らす。
 少しの間、待っていると霞がドアを開けた。
「戻ってきたか。入ってくれ」
「お、お邪魔します……」
「ただいまで良いんだぞ。ここはもう和人の部屋でもあるんだからな」
「お、おう……そうだな」
 まだこの部屋に来たのは二回目である。
 自分の部屋だと思い込むにはいささか抵抗があった。
 霞から自由に使って良いと案内された部屋は半ば物置状態となっており、大量の本と特撮のDVDが置いてあった。
 本やDVDNの大半が特撮関係のものである。
「寝るときはこれを使うと良い」
 霞は部屋にある段ボールから寝袋を取り出した。
 寝袋か……使ったことないんだよな。
 しかし、部屋まで用意してくれたのだから不満を言う権利は全くない。
「ありがとう。これ、わざわざ買ったのか?」
「いや。去年、商店街の福引で当たったんだ。使う機会が無かったから丁度良かった。もしも寒いようなら毛布も渡すから遠慮なく言ってくれ」
「悪いな、色々と」
「気にするな。代わりと言っては何だが、早速家事をお願いしても良いだろうか?」
「分かったよ。何をすれば良い?」
「そうだな……では、手始めに部屋の片づけを手伝ってくれるだろうか」
 俺達はリビングに戻り、片づけを始めた。
 まずは床に落ちている空き缶やゴミを袋に詰めていく。
 順調に掃除をしていたその時、その時であった。

 ――カサ、カサ、カサ、カサ

「ひゃああああ!」
 不運にも遭遇してしまった黒光りのあいつに俺は戦慄した。
 蜘蛛は平気だが、俺はGが大の苦手である。
 移動速度、生命力、繁殖力共に奴は昆虫王者ムシキングと呼ぶにふさわしい。
「なんだ、和人。お前、コックローチが苦手なのか」
「こ、コックローチって……霞は平気なのか!?」
「勿論だ」
 霞は何やら人差し指を立て、天の道を往き、総てを司る某主人公のような天を指し占めるポーズを取った。
「お祖ちゃんが言っていた……東京に住むということは、コックローチと同じ部活に入るようなものだと」
 さも名言のように言い放ち、霞はテーブルの置いてあるティッシュを三枚取った。
 床に這いよるGをティッシュで包み、がっしりと掴んだ。
 全く躊躇うことのない、その一挙手一投足に俺はある種の感動すら覚えた。
「霞……ちゃんと手は洗ってくれよ」
「当たり前だろ、失礼なやつだな」


「よし……結構、片付いたな」
 床に落ちていたゴミや工具は無事に片付き、部屋は大分綺麗になった。
 霞には普段からちゃんと掃除して欲しいものである。
「そうだな。そろそろ私は夕食にするつもりだが、和人はどうする?」
「何か家に食べるものがあるのか?」
 霞は「ああ」と答え、机の引き出しからカロリーメイトを二箱取り出した。
「これが今日の夕食だ。和人もこれで良ければ、渡すがどうする?」
 非常食じゃねぇか。
「あの……一応、訊くんだけどさ。毎日、夕食にカロリーメイトを食べてるわけじゃないんだよな?」
「当たり前だろ。ウィダーゼリーにカレーメシと、食べるものはちゃんと毎日変えている」
 なるほど。要するに非常食中心の食生活をしているようである。
 さすがにこれはいただけんな。
「ちなみに自炊とかは?」
「してないな。意外かもしれないが、私は料理が苦手なんだ」
 意外でもなんでもないが、もはやいちいちツッコむのも面倒である。
「そっか、確かに意外だったかもな……じゃあさ、俺が料理作っても良いか?」
 俺が料理を作る提案をすると、霞の瞳が大きく見開いた。
 もしかして嬉しいのだろうか。
「作ってもらえるなら是非ともお願いしたい。財布を渡すから買い出しも任せて良いだろうか?」
「お、おう……俺も大したもの作るわけじゃないから、あんまり期待しないでくれよ」
 行きつけのスーパーで買い物を済ませ、台所に立つ。
 まな板や包丁など、幸いにも調理器具は揃っていた。
 ちなみにこれから作る料理はカレーライスである。
 カレーライスとは実に奥が深い料理である。
 ルーを溶かすタイプのものであれば簡単に出来るが、上級者ともなればスパイスから作ることも可能である。
 スーパーから買ってきたスパイスと玉ねぎ、鶏肉などの食材を使って、チキンカレーを作った。
「霞―。夕食出来たぞ」
 テレビで仮面ライダーを視聴している霞に声を掛けた。
 丁度、番組が終わったようで霞は「分かった」と返事をして、テーブルに移動した。
「おお、これは……美味しそうだな。いただきます」
 霞が美味しそうにカレーを食べ始めた。
 ここ最近、金欠でまともな食事をしていなかった為、自分で作ったカレーが物凄く美味しく感じた。
 食事中、点けっぱなしのテレビからニュース番組が流れ始めた。
『文京区を中心に蜘蛛の怪人の目撃情報が寄せられています。目撃者の中には怪人に襲われた人もおり、警視庁は怪人の行方を追っています』
 アナウンサーはルーガルに関する報道を始めた。
 こうしてニュースに流れているところを見ると、すごい世の中になったものだと実感する。
『また蜘蛛の怪人に襲われた人々は突発的に受験勉強を始めており、一連の関連性を調べています』
「なぁ、蜘蛛のルーガルに針を刺された人ってさ……ずっとあのままなのか?」
 蜘蛛のルーガルに針を刺された人は東大以外カスという、悲しき学歴モンスターとなってしまった。
 命に別状は無いとはいえ、ずっとあのままだとしたら不憫にもほどがある。
「心配ない。スパイダールーガルを人間に戻せば、効果は切れる」
「そ、そうか……安心したよ」
「逆に言えば、和人がしくじれば、スパイダールーガルに攻撃された人はずっとあのままだということだ。頑張ってくれ」
 そんなことを言われると滅茶苦茶プレッシャーである。
「荷が重いなぁ……ひとまず、蜘蛛のルーガルが現れるのを待つしかないか」
「そうだな。後は鈴鹿さんの情報を待つかだな……私の知り合いでもしかしたらって人もいないわけじゃないが」
「へ、本当か?」
 ルーガルの候補がいるのなら、そいつを徹底的にマークすべきだろう。
「ああ。ところで和人はバイトとかやってるのか?」
「い、いや……やってないけど」
 話を切り替えられて少しモヤモヤしたものの、正直に答えた。
 もしもバイトをしていたのなら、ちゃんと辞めてから自殺をする。
 それくらいの責任感は持ち合わせているつもりだ。
「そうか。実は私のバイト先で人手を募集していてな。良かったら、手伝って欲しい」
 霞もバイトとかするのか……
 いや、大学生だしバイトをしていても不思議ではないが、あんまり飲食店やコンビニみたいな場所でバイトしているイメージは付かない。
「何のバイトなんだ?」
「家庭教師だ」
 東大でさらに理科三類ともなると、かなり時給が高そうである。
 一応、家庭教師のバイトは過去に経験したことがある。
「まぁ……特に予定も無いし、やっても良いけど」
「そうか。良かった。それじゃ明日、私と一緒に生徒のところに行くぞ」
「え、明日? 随分と急だな」
「善は急げ。私の好きな言葉だ」
「まーた、メフィ〇ス構文……」 


 次の日、俺と霞は生徒の家に向かった。
 霞が担当しているというその生徒は現在、浪人していて東大の受験を考えているとのことだ
 現役時代も東大を受験したようだが、残念ながら落ちたそうである。
「なぁ……東大じゃない俺が東大志望の子に教えるって、大丈夫なのか?」
「何か勘違いしているようだが、今日はあくまで研修という体で付いてきてもらっただけだ。研修が終われば、別の生徒を担当してもらうことになる」
「研修ねぇ……つってもさ、とりあえず霞が教えてるところを見てれば良いのか?」
「そうだな。もしも和人が教えれそうな教科とかあれば、やってもらうが」
 教えれそうな教科……正直、自信ないな。
 家庭教師をやっていたのも一年以上も前だし、教えていた生徒も中学生だった。
 生徒に「東大に行ってない先生に教わりたくありません!」とか言われようものなら、ブレイクン・マイハートで一人ぶらり旅に出掛けたくなりそうである。 
「あまり硬くならなくても良い。生徒も親御さんも良い人だから大丈夫だ」
「そ、そっか……」
 霞のやつ、俺の心情を察してくれたのだろうか。
「そうえば、見たか? ダークウォリアー、話題になってるぞ」
「え、本当か?」
 俺はSNSで『ダークウォリアー』と検索を掛けた。
 『謎のヒーロー出現!』という投稿や『変質者が怪人と戦闘中』という馬鹿にしたような投稿もされている。
 中には画像付きの投稿もあった。
「良かったな、和人。ダークウォリアーが認知されて」
 霞はふふんと得意げに鼻を鳴らした。心底嬉しそうである。
 これが喜ばしいことなのか、俺にはよく分からない。


 そうこうしているうちに生徒の家に着く。
 東大理Ⅲを家庭教師として雇うだけあって、中々に大きな家である。
 霞が玄関のインターホンを押すと、生徒の母親と思われる女性が出迎えてくれた。
 四十代くらいのその女性は高そうな洋服を着ていた。
「霞ちゃん、いらっしゃい。今日もよろしくね……ところで、そちらの方は?」
「新しく入ったバイトです。今日は研修で来てもらいました。基本的には私が担当しますが、いくつかの教科は彼にやってもらいます」
「木村和人と言います。今日はどうぞよろしくお願いします」
 俺は深々とお辞儀をした。家庭教師のバイトは第一印象が大事である。
 しかし、女性は怪訝そうに俺を見つめていた。
「初めまして。若月翠わかつきみどりです。えっと……和人さん。失礼ですけど、どちらの大学に通っているのかしら?」
「中王大学です……」
 大学名を告げた瞬間、翠さんの俺を見つめる視線が明らかに変わった。
 人を見下すようなあの目――就活の面接で何度も経験してきた。
 霞は優しい人と言っていたが、あくまで霞が天才大学生だから優しくしていただけだろう。
「そっか、中王大学ね……」
「安心してください。私がいますので、明依さんの指導には影響は及びません」
 すかさず霞がフォローを入れてくれた。
 翠さんの気持ちも分からんではないが、先が思いやられるな。
「そう。霞ちゃんが言うなら、大丈夫そうね」
 俺達は家の中に上がった。
 廊下はかなり広く、お城を想起させる洒落た内装をしている。
 螺旋階段を使って、二階へと移動した。
 霞は部屋の扉の前に立ち、二回ノックすると、中にいた生徒が扉を開けた。
 その生徒は赤い丸渕の眼鏡を掛けており、見るからに真面目そうであった。
「霞さん、こんにちは。あの……そちらの方は?」
「新しく入ったバイトだ。今日は研修で来てもらった」
「初めまして、木村和人と言います。今日はどうぞよろしく」
「こちらこそ初めまして、若月明依わかつきめいです。てっきり、霞さんの彼氏さんかと思っちゃいました」
 明依が明らかに間違った推測を述べると、霞は「ふっ」と鼻で笑いやがった。
 なんだ、その態度。腹立つな。
「明依よ、いつも言っているだろう。私の好きな人は門矢士のような人だと。普通のホモ・サピエンスなど眼中にはない」
 逆に普通のホモ・サピエンスじゃない人間がこの世界にいるのか疑問である。
 霞の指導方法はというと、予め用意したプリントを明依に解かせ、分からない問題を解説するというものだったのだが……問題がどれも激ムズで俺にはさっぱりだった。

 一時間経過したところで休憩を挟むことにしたのだが、休憩中に翠さんが部屋に入ってきた。
 翠さんの右手にはトレイを持っており、クッキーが乗っかっていた。
「ごめんなさいね、お邪魔して。クッキー用意したから、良かったらみんなで食べてちょうだい」
 俺は翠さんに「ありがとうございます」とお礼を言った。
 翠さんが用意したクッキーは高級そうで、本当に食べて良いものか心配になる。
「あの……霞ちゃん。ちょっと相談したいことがあるんだけど、付いてきてもらって良いかしら?」
 霞は「はい、構いませんが」と答え、翠さんと共に部屋から出ていった。
 もしかして、俺を帰らせろという申し出だろうか。
 しかも、明依と二人きりになってしまい、とても気まずい。
「あ、あの……和人さん。大学って楽しいですか?」
「えっと、そうだね……」
 俺は自殺をしようとしたが、華のキャンパスライフを楽しんでいた時期も確かにあった。
 バイトして、サークル飲みして、初めて出来た彼女とデートをして……
 けれど、よく考えてみればどれもが本当に俺がやりたかったことでは無い気がする。
「楽しいといえば、楽しいよ。けど……自分の思い描いていた大学生活とは違ったのかもしれない」
「和人さんの思い描いてた大学生活って、どんなだったんですか?」
「好きな場所に旅行したり、勉強に打ち込んだり……みたいなかな。ごめん、上手く答えられないや」
 思い返せば、俺は行動する時、いつも他人の目を気にしていた。
 友人や元カノといつも行動を共にしていて、本当にやりたかったことが出来なかった。
 そんなものに縛られず、自由気ままに過ごせば良かったと後悔している。
「そうですか。やっぱり霞さんはすごいですよね……頭も良くて、何でも出来て……」
 家事は全くできないけどな、というツッコミを辛うじて抑えた。
「実は俺……霞のことあんまり詳しく知らないんだよね。いつもどんな感じなのか、訊いても良いかな?」
「どんな感じって……すごい方ですよ、あの人は! 勉強だけじゃなくて、特撮のこともめちゃくちゃ詳しいんですよ。ビックリじゃないですか?」
「そ、そうだね……」
 俺にとっては周知の事実であったが、ここはあえて同意することにした。
 元々、明依は特撮に興味が無かったが、霞と話すうちに自身も特撮を見るようになったそうである。
 ちなみにおすすめの作品はド〇ブラ〇ーズらしい。
「私の家、お祖父ちゃんもお父さんも医者で、家族からも医者を目指すように強く言われてるんですけど、本当は医者になんてなりたくないんです……」
 明依のようなケースは特に珍しくもないのだろう。
 医者じゃなくても、例えば親が教師の家庭も同様に子供に教師になるよう薦めるケースが多い。
「そうなんだ。明依さんは何かやりたい仕事とかあるの?」
「呼び捨てで良いですよ。霞さんも呼び捨てで私のこと、呼んでますし」
「うん、分かったよ」
「私、前までは全然やりたいことが無かったんですけど、今は……映像のことを学んで特撮を作ってみたいです! 出来れば、戦隊ものを! 設定も色々と考えていて。主人公が女性なんですけど……」
 活き活きとした様子で明依は自分の夢を語り出した。
 明依に打ち解けてもらえる機会だと思い、「うん、うん」と相槌を打ちながら明依の設定を聞いた。
 夢の無い俺にとって、明依のような人間がとても眩しく見える。
 出来ることなら、医者を目指すよりも自分の夢に向かって突き進んで欲しいと思ったが……
「そのこと、お母さんには伝えたことあるの?」
 明依の表情が明らかに曇った。
 表情から察するに伝えていないか、反対されたかのどっちかだろう。
「言ってません……言えるわけないですよ。お母さん、すっごく厳しいし……」
「気持ちは……分かるよ。親からしたら医者とか、そういう堅い仕事に就いて欲しいっていうのは当然の気持ちだろうし。けど……本当にやりたいことなら、応援してくれるんじゃないかな?」
「和人さん……! ありがとうございます。ちょっとだけ勇気が出ました。後でお母さんに伝えてみようと思います」
「うん! 俺も応援してるから頑張って」
 二人が戻ってくるまで、俺はクッキーをいただくことにした。
 市販のクッキーとは明らかに違う濃厚な味で、物凄く美味しい。
 ふと右腕に装着していた変身ウォッチから『ピコン』という音が鳴った。
 画面を確認すると、地図が表示され、ここから数キロ程離れたところにある廃工場にピンが立てられていた。
 ピンのマークだが……何やら『R』という文字が入っている。
 おそらくだが、これはルーガルのことを指しているのだろう。
「和人さん、どうかしましたか?」
 俺の異変に気付いたのか、明依が声を掛けてきた。
 ゆっくりと深呼吸をして、明依に視線を向ける。
「た、大変なことになった。霞が……怪人に攫われた」


「う……ん……」
 明依の部屋から出て、螺旋階段を下りている辺りで、私は気を失っていた。
 徐々に意識がはっきりしていき、状況を確認するため辺りを見渡した。
 寂寥感のある使われてない機械、床に置いてある錆びた鉄柱、積み重なった瓦礫の山……どこかの廃工場と思われる場所に私はいた。
 私は椅子に座っており、身体を糸で縛られていた。
とてもじゃないが、強引に引きちぎれるような強度ではない。
「気づいたかい? 霞ちゃん」 
 スパイダールーガルが顔を近づけてくる。
 やはり、私の予想は正しかったようだ。
「スパイダールーガルの正体はあなたでしたか……翠さん」
「さすがは霞ちゃん。察しが良いな。この力は本当に素晴らしい……私の思想を共有してもらえる」
「東大以外カスでしたっけ? 随分と極端な考えだと思いますが」
 変身ウォッチには私に危害が及ぶと、和人に連絡が行くよう仕組んでいる。
 和人が来るまでの間、時間を稼ぐのが最善策だろう。
 ルーガルは近くにある柱を強く叩いた。
「黙れ! 東大にさえ入ればあの子に未来が切り開けるのだ……明依が東大理Ⅲに入り、医者になることこそ正しい選択……なのに、お前はあの子に変なことを吹き込んでいるな?」
「変なことって、ただ休憩中に明依さんと特撮の話をしているだけなのですが」
「それが良くないと言っているんだ! 今は勉強に専念すべきだというのに、明依は戦隊などという子供が見る低俗な番組にハマり出した……挙句に今日は中王大学というFラン大学生の男まで連れてきた。これ以上、勝手な真似はさせられん!」
 戦隊を低俗な番組と言われて、はらわた煮えくり返る思いであるが、今は我慢である。
 少なくともここで私を殺すつもりはないのだろう。
 やるならとっくにやっているはずだ。
 わざわざ私をこの場所に連れて来た理由を聞き出さねば。
「そんなに気に喰わないなら、私をクビにしたら良いじゃないですか」
「そうしたいのは山々だがな……お前の腕が良いのは確かだから、私の思想を植え付けてやるに留めるとしよう」
「そうですか。それで、わざわざ私をここに拉致した理由は?」
「お前が連れて来た男……あいつをここに呼び出せ」
 私が気絶している間に奪ったのだろう、スパイダールーガルは私のスマホを持っていた。
「和人をここに呼び出して、どうするつもりなんです?」
「お前への見せしめだ。ここで殺してやろう。何も考えずに明依を東大に合格させれば、お前には何も危害を加えない」
 ルーガルになると凶暴性が増す。
 見せしめのために和人を殺すとは……やはり恐ろしいウィルスだな。
 普段の翠さんであれば、決して考えないことだろう。
「もしも断れば?」
「その時は残念だが……死んでもらう」
 スパイダールーガルの右手が軽く私の首に触れる。
 金属を彷彿とさせるヒンヤリと冷たい感触が首元を伝う。
 突然、工場内にチャリン、チャリンという鈴の音が鳴り響いた。
「和人を呼び出せという話ですが……どうやら来たようです」
 激しく息を切らして、必死に自転車を漕いでここまでやって来たのはやはり木村和人私のヒーローであった。


「霞ー! 無事かー!?」
 あの後、俺は明依から自転車を借りて、ここまで向かった。
 全速力で自転車を漕いできたため、戦う前から既に疲れてしまっている。
「わざわざお前の方から来てくれるとはな……明依の悪影響となるお前はここで殺す!」
 やっぱりルーガルの正体は翠さんだったのか。
 まさか受験生の母親がルーガルになるとはな。
「和人、思いっきりかましてやれ。変身だ」
「変身……? まさか、お前ら公園にいた二人組か」
 どうやらルーガルが俺達の正体に気づいたようだ。
 俺は「そうだ」と答え、変身ウォッチの『M』のアプリをタップした。
「いくぞ、スパイダールーガル…………変身!」
 自分の身体が黒い装甲で包まれ、ダークウォリアーへの変身が完了する。
 ルーガルは天井に糸を飛ばし、スパ〇ダーマンの如く工場内を飛び回る。
 急落下してきたかと思うと、俺に目掛けて鉄拳を入れてきた。
「ぐぁ!」
 身体を吹っ飛ばされ、ドラム缶に激突する。
 崩れ落ちてきたドラム缶の山から何とか抜け出すと、ルーガルが俺との距離を詰めてきた。
 顔から肩に掛けてパンチの雨を浴びせられる。
 俺も対抗して、パンチやキックを繰り出して見るが、特に怯む様子もない。
「やはり、お前は弱いな……オラよ!」
 ルーガルは俺の脚に糸をくっ付け、思いっきり引っ張ってきた。
 俺は思いっきり体勢を崩してしまい、派手に地面に倒れ込む。
「和人! 『F』のアプリを使え。フォームチェンジだ」
 えっと、Fのアプリ……アイコンをタッチすると、今度は『Power』と『Speed』の二種類の選択肢が出る。
 反射的に『Power』の方を選択した。
 『キュイーン』という機械的な音と共に、黒い装甲は赤へと変色する。
 更には身体を包んでいた装甲が全体的にぶ厚くなった。
「何をするのかと思いきや……驚かせやがって、色が変わっただけじゃないか」
 俺は立ち上がり、パンチを撃つべく拳を握りしめ、腰を捻った。
「無駄だ、お前のパンチなど、痛くも痒くも…………うぎゃあぁ!」
 ルーガルは俺のパンチで数メートルほど吹っ飛んだ。
 どうやらこの形態になると、力が増すようだ。
 その反面、身体が重くスピードを落ちていることが分かる。
 ふらふらになりながらもルーガルは立ち上がり、伸ばした糸を俺の腕に付けた。
「おのれ……もうお遊びは終わりだ!」
 ルーガルがグルグルと俺の周りを走り始める、
 上半身を縛られてしまい、両腕の自由が無くなってしまった。
 ちょっとやそっとの力では破れそうにはない糸の強度である。
「私の糸からは絶対に破れんよ……霞ちゃん、こいつに何か言っておきたいことはあるか?」
 俺と霞の目が合う。
 こんな状況だというのに、霞は全く動じていない。
「おい和人。こんな糸、早くぶち破れ。そして、こいつに必殺技を決めてやろ」
 本当にこいつは無茶言ってくれるな……
 だが、破るのが不可能な強度というわけでもない。
「ふはははは! 東大生といっても、頭が良いわけじゃないのだな。こいつはもうすぐ死ぬんだよ」
 糸を天井にくっ付け、高く飛び上がったかと思うと、落下の勢いに任せて、ライダーキックをお見舞いしようとしてきた。
 怪人にこの技を決められそうになるとは、何という皮肉だろうか。
「さぁ、くたばれ。低学歴!」
 ふざけるなよ。死ぬとしても、こんなところで……
 低学歴と馬鹿にされたままで死ねるものか。
 両腕に力を込めると、糸から『ブチ、ブチ』と音が鳴り、拘束が解かれる。
「何ィ!? 私の糸を破っただと!? そんな馬鹿な……」
 必殺技を決めれば良いんだよな。
 そんな俺の気持ちに共鳴したかのように、右拳が赤色に発光し、急に力が湧いてきた。
「レッドインパクト!」
 ルーガルのキックに併せて、渾身のパンチを繰り出した。
 俺の拳とルーガルの足がぶつかり、俺とルーガルの周りに突風が巻き起こる。
近くに転がっていたドラム缶や鉄柱が吹き飛んだ。
「うああああ、せいあーーー!」
 何とかルーガルのキックを押し返すと、ルーガルが『ドカン』という爆発した。
 爆風で周囲の様子が見えなくなる。
 まさか、殺してしまったのか……?
 やがて爆風が消えると、人間の姿に戻った翠さんが見えた。
「和人、安心しろ。翠さんは死んでない。それよりも……早く助けてくれ」
 先ほどの突風の影響で、椅子ごと霞が倒れていた。
 俺は霞を起こし、縛っていた糸を解いてやった。
「霞は気づいてたのか? 翠さんがルーガルだってこと」
 昨日、霞は知り合いに怪しい人がいると言っていた。
 最初から翠さんがルーガルだと思っていたのだろうか。
「まぁな。覚えているか? 公園の時、スパイダールーガルは『たくさん勉強させたってのに、お金も掛けたってのに……受からなかった』、そう言っていた。つまり、ルーガルは受験生ではなく、親の方だと思ったんだ」
 うん。はっきり言って、全然覚えていない。
 しかし、そのセリフだけで翠さんがルーガルだと推測したとは驚きである。
「勿論、私の知らない第三者がルーガルという可能性もあった……いや、むしろその可能性の方が高かった。今回のケースはたまたまだな」
「たまたまか……けど、怪しいと思ってんなら、教えてくれても良かっただろ」
「敵を騙すにはまず味方から。私の好きな言葉だ」
「そうかよ……それより、ルーガルを倒したわけだから、報酬として一千万を貰えるんだよな?」
 手にした一千万円でまずは新しい部屋を探そう――俺はそう考えた。
 しかし、俺の期待はすぐに裏切られることになる。
「和人、一千万円は渡す……渡すが、その時と場所の指定まではしていない。どうかそのことを思い出してもらいたい」
 こいつ……利〇川先生みたいなことを言いやがったぞ。
 ざわ、ざわ……という擬音が聞こえてきそうだ。
 気を失っていた翠さんは目を覚まし、起き上がる。
 状況を飲み込めていないのか、キョロキョロと辺りを見渡していた。
「えっと、ここは……? 私は一体……」
「翠さん、落ち着いて聞いてくださいね」


 霞がこれまでの状況を翠さんに説明した。
 娘の大学受験によるプレッシャーでルーガルになったこと。
 ルーガルになって、街を暴れていたこと。
 さすがにショックを受けたようで、顔が真っ青になった。

「そんな、私……なんていうことを……」
「翠さんは悪くありません。悪いのはルーガル……ウィルスです」
「で、でも……」
「お母さん!」
 工場の入口の方から大きな声が聞こえてきた。
 声の主は明依で、険しい表情でこちらに近づいてくる。
「明依……」
「ごめんなさい、お母さん……! 和人さんから聞いたよ。私のせいだよね、私が東大に落ちたから……けど私、本当は医者なんてなりたくないの……他にやりたいことが出来たんだ」
「そうだったの……私の方こそ、ごめんなさいね。明依の気持ちに気づかないで、私の理想ばかり押し付けちゃって」
 明依と翠さんが強く抱きしめ合う。
 翠さんが怪人化してしまったことに関しては、不運だったと言うしかないが、結果的にこの親子はお互いの本心をぶつけ合うことが出来た。



 あの後、俺達は明依の家に戻り、これからの事を話し合った。
 明依は引き続き東大を目指すが、理Ⅲではなく、文Ⅰという文系の学部に志望先を変更した。
 また、家庭教師についてだが……明依の希望で俺も指導することになった。
 断ろうとしたのだが、明依から「お願いします!」と頭を下げられた上に霞から無言の圧力を感じたため、引き受けざるを得なかった。
「霞ちゃん、和人さん。今日は本当にありがとうね。何とお礼を言えば良いのか……」
「礼には及びません。凶暴化したルーガルを救う……それが、私と和人の役目ですから」
生まれてこの方、生れてきた意味なんて分からなかったが、ダークウォリアーになって、初めて自分の役割みたいなものを見い出せた気がする。
「和人さん! ダークウォリアー、すっごいカッコよかったです! レッドインパクトでしたっけ? 私、痺れました。赤色に光るあの拳!」
 明依が興奮した様子で必殺技を賞賛する。
 恥ずかしいので、あまり必殺技名を言わないで欲しいものである。
 霞が肘で俺の脇腹を突いてきた。
「おい良かったな、和人。ファン一号だぞ」
「まぁ……そうだな」
 こういうのも……悪くはないか。
 もう少しだけヒーローとして頑張ってみるとしよう。
 かつて人生を放り投げようとした俺は、これからもヒーローとして活動していくことを決めたのだった。
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