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男装の王子様!?

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「姫川ーーッ!! どこだーーッ!?」

 今日も今日とて、我が担任である熊川 三郎の雄叫びが、盛大に響き渡っている。

「バカが……出てこいって言われて、ノコノコ出ていくヤツがいるかよ」

 三郎とのかくれんぼは毎度お馴染みのことで、今のところほぼ負け越しているが、今日こそは逃げ切ってみせる!

「とは言っても教室に帰れば待ち構えてるだろうし……しゃーない、5限目サボるか」

 屋上は寒いし体育館は三郎の聖域……となると、保健室だな。そうと決まれば行動あるのみ。デザートのメロンパンが入った袋を握りしめ、目的地目指して階段を駆け下りる。

「あ、返事忘れてた」

 逃げてる途中にメールが届いていたのを思い出す。差出人は幼馴染で下僕の星夜。『サボる』たった3文字だけを打って星夜に送った。まさにシンプルisベスト。

「……ん?」

 すぐさま返事が来た。『どこで』と。星夜もあたしも絵文字や顔文字の類いはいれない。

「アイツもサボる気かな?」

 最後の階段を3段飛ばして下りる。もうそこの角を曲がれば保健室は近い。

「あ、危ない!!」

 駆け足で廊下を曲がる。目線はスマホ。だから気付くのが遅れた。曲がった先に人が居たことに。

「う、わぁっ!?」

 ドーンと衝撃が走る。いつぞやのマリアンヌ程ではないが。メロンパンは宙に、あたしは後ろ向きに、ゆっくりスローモーションで倒れて行く。このままじゃ美少女が尻餅なんて屈辱的な格好をさせられる……なんて思ったその時、寸でのところで、あたしの腕を長くてしなやかな手が掴んで引き寄せた。

「ぶっっ!?」

 顔面が胸板に。どうやらかなりの長身のようだ。

「ごめんなさい、大丈夫?」

 ハスキーボイスが心配そうに声を駆けてきた。視界いっぱいに青い体操服が広がる。ということは、あたしとハスキーボイスは同学年か。

「てめー……ちゃんと前見、て」

 歩けよなんて、自分のことは棚に上げて、文句を言うと顔を上げれば、そこには麗しい王子様が。

(……か、かわいい)

 ベリーショートの髪にスッキリした目鼻立ち。そしてピンクの唇。何より心配そうに見てくる表情が、子犬のような可愛さを醸し出している。

「あ、あの?」

(この学校に、こんな素敵な王子様がいたなんて!!)

 なぜ今まで出逢えなかったのか、神様も気まぐれにも程がある。

「だ、大丈夫……ですか?」

 何も言わずキラキラと目を輝かせる。この人こそが運命の王子様。

わたくし、ひめ」
「見つけたぞ、姫川ァ……」

 前回の反省点を生かして、とりあえず自己紹介をしようと思った矢先、後ろから悪魔の声が聞こえてきた。

「はっ、しまった!?」

 王子様に気を取られて、三郎のことをすっかり忘れていた。

「フッフッフッ……さぁ、職員室へ行こうかね、姫川くん」

 悪役さながら、気持ち悪い笑顔で近づいてきて羽交い締めにされる。

「な、離せっ! あたしには王子様が!!」

「何を分けわからんことを……みっちり説教してやるからな! 覚悟しろ!!」

 困惑している表情かおも何て可愛いのか。三郎にズルズルと引きずられて行くなか、そんな事を考えていた。











◇◇◇










「えっ!? 王子様に出逢った!?」

「うん、メロンパンでもいけたぞ!」

 説教地獄から生還したあたしは、親友の真澄に今さっきの出来事を話していた。てか、メロンパンどこいった?

「同じ学年でベリーショートの王子様かぁ」

「すんげーかわいかったぞ」

 王子様って、普通は格好いいものなんだろうけど。……まぁ、たまには可愛い王子様がいてもいっか。

「……そんなヤツいたかしら?」

 大抵の男子はベリーショートだし。隣で唸るように真澄が首を傾げて考えている。

「うちはマンモス校だからね~」

 2年生だけでも500人を超す数の多さだし。そう言って、あたしと真澄の会話に割って入ってくるのは、裏切り者の下僕。

「ちょっと酷いよ~伊織ちゃん。裏切り者呼ばわりするなんて」

「明らかな裏切り者だろうが!? 三郎に居場所チクったのお前だろ!!」

 てっきり一緒にサボるつもりだと思ってたのに。まさか敵側の内通者だったとは。

「お前なんて絶交だ! 謝るまで口きいてやんねーからな!」

「そう言ってるそばから普通に話ししてるじゃない?」

「謝るって……逆に感謝してほしいぐらいだけどね。伊織ちゃん、1年の冬を思い出してごらんよ?」

「はぁ? なんだそりゃ?」

「赤点常習犯で尚且つサボり魔、あと一回でもサボったら留年だって断言されたの忘れた?」

 そう言えば……去年の今頃、そんな事あったような。

「頭空っぽだからって、記憶まで失くしてたら世話ないね」

「なっ!?」

「あの時だって俺が助けてあげたから、ちゃんと進級出来たんだよ? この前の中間、そして今回の期末、やっぱり体育と音楽以外赤点だったのに、授業サボってる場合じゃないでしょ?」

「えっ!? 伊織、テスト全滅だったの!?」

 全滅じゃねーし。体育と音楽は満点だったし。てか、何サラッとばらしてんだよ!

「なに? なんなのその目?」

 文句でもあるのかと聞かれて、ありすぎるわと答えたいけど、星夜から溢れでてる威圧感に言葉が出てこない。つーか、こいつ何か怒ってる? さっきから目が据わってるような……。普段は温厚で滅多に怒らないけど、昔からキレたら人一倍めんどくさいんだよな。

「なぁ真澄、星夜何かキレてね?」

「はぁ……鈍いって罪ね」

 やれやれと真澄に呆れられた。てか意味が分からん。鈍いって何が? 怒りたいのはこっちなのに、微妙な空気が辺りを流れる。

「おーい、姫川! お前に」

「あぁ"!?」

「ひ、姫川さま、あなた様にお客様がいらしてます!!」

 この空気を打破するのにちょうどいい、クラスメートから来客を告げる声。

「客? 誰だ」

「お局じゃない?」

 お局とは3年女子全体を指す。喧嘩でも吹っ掛けに来たのだろうか、むしゃくしゃしてたし相手になってやろう。

「伊織ちゃん? 話し終わってないけど?」

「た、タンマ!」

 星夜の冷たい視線から逃れるように、入り口へ早足で歩いていく。

「あ、よかった。さっきはごめんなさい」

 そこにいたのは、お局じゃなくて麗しの王子様だった。 

「な、なんでここに!?」

「これ、落としたでしょ?」

 そう言って差し出されたのは、あたしの学生証とメロンパン。

「どっかで見た顔だなって思ってたんだけど、学生証覗いたら姫川って書いてあって。それで隣のクラスの姫川さんだって分かったんだ」

 なんて心優しい麗しの王子様。わざわざメロンパンを届けてくれるなんて。

「あれ? 葉月さん?」

「あ、羽田さん!」

「し、知り合いなのか……」

 どうやら顔見知りのようだ。王子様と。真澄に聞いてみた。

「えぇ、同じクラスの葉月 千秋はづき ちあきさんよ」

「よろしく、姫川さん」

「よ、よろしく」

「てか、あんた……もしかして?」

「なになに~、伊織ちゃんが言ってた王子様って」

 またまた会話に割って入ってくる星夜。さっきまでの不機嫌が嘘のように笑顔。

「葉月さんのこと!?」

 や、やめろよ~。本人の前で。何か照れる~。

「えっ? 王子様?」

 言われた本人はキョトンとした顔で、こっちを見ている。

「バカっ! 常々バカだと思ってたけど、ここまでのバカだったとは!!」

「痛っ!? なにすんだ真澄!」

 なんで頭を叩く!

「よ~~く、ご覧なさいっ!」

 葉月さんを。そう言われて改めてマジマジと観察する。

「うん、かわいい!」

「あ、ありがと」

「じゃなくて! もっと見るとこあるでしょ!」

 制服とか制服とか。二回も言わんでも分かるわ。

「制服? なんで……制ふくな、んて──」

 そこではじめて気がついた。

「あ、あれ?」

 見間違いだろうか、麗しの王子様は、何故か女生徒の服を着ていらっしゃる。

「伊織ちゃん、目を凝らして見ても何も変わらないよ?」

「えっ……じゃあ、まさか──!?」

「あ、えっと……うん。私、こう見えても女なんだ」 

 なんかごめんね。苦笑いの葉月さんに謝られた。

(じょ、女子──!?)

 衝撃の事実。

「あ、ちょっ、伊織!?」
「伊織ちゃん!?」

 恥ずかしさ爆発、馬鹿さ全開の己に対する精神的ショックからか、そのまま卒倒した。あたしは、とっさに星夜に抱き止められた腕の中で、国語で習ったある言葉を思い出していた。

 『穴があったら入りたい』。まさしく今、この時。
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