制服の少年

東城

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14章 イベント

+++++ハロウィーン その2

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***

駅からすぐのセキュリティ万全の高級マンションに信次さんは賃貸で住んでいた。
鍵もオートロックで指紋認証になっている。
指紋認証は後から特別に設置したのかもしれない。
「遠慮しないで入って」と言われて、ブーツを脱いで中に入る。
部屋はきちんと片付いていて、きれいだった。物も最低限しか置いていないし、本やら置物とかまったく見当たらない。
すごく天井が高い。
自分たちが住んでいるアパートが貧相に思えた。

洗面所に連れていかれて、あまりにもオシャレなのでキョロキョロ見回してしまった。
シンクが二つもある。大理石みたいなマーブルの化粧台と姿見もある。
家賃はいくらぐらいするのだろう。朝日はびっくりした。

「洗って消毒しないとバイキンが入るよ」
蛇口をひねりながら信次さんは朝日に言う。
(バイキン。バイキンってそういえば小学校の時、クラスで、僕、そう呼ばれたなあ)

小六の時の記憶が現実のように脳内で再現される。
『ハザマ、ガッコくるな。シネ』
ぼろぼろの上履きのことで、からかわれて。先生にも、ハザマは汚いから触っちゃダメってホームルームで皆の前で言われて。
現実感が薄れてくる。

信次さんが洗面所で朝日の擦りむいた手の平を流水でゆすいでくれる。
清潔な白いタオルで拭いて、マキロンで消毒して絆創膏を貼ってくれた。
「これで大丈夫」

過呼吸の発作の前兆の息苦しさが始まる。
いじめや些細な言葉がトリガーになって、昔の嫌なことを思い出し、精神的に不安定になったのが原因。
(また発作だ。息吸えない。やばい。薬持ってきてないよ。)
最近、体調がいいから油断していた。
洗面所の床に体育を座りして、膝の間に顔をうずめる。そうすれば気持ちが落ち着くかもしれないと思ったからだ。
「大丈夫?」
「うん、休めば治るから」
「過呼吸?」
「うん」
頷くのが精いっぱいだった。
「過呼吸ってメンタルの病気だろ?」
「昔の嫌なこと思い出すと、過呼吸始まる」
「嫌なことって?」
過呼吸も軽いもので以前よりひどくない。
(大丈夫だ、まだ話すこともできるし。薬なしで乗り切れそう。)
「小学校の時、東京の小学校で、クラスで」
「いじめ?」
「うん」
「具体的に何されたの?」
「悪口言われて。汚いって、クラスの嫌われ者」
「ああ、そういうの小学校でよくあるよね」
「病原菌って」
「そんなことまだ気にして気を病んでるの? 小学生の”低級呪い”に?」
「つい2年前のことだからまだよく覚えてるよ」
「俺がその”呪い”解いてやろうか?」
「どうやって?」
朝日はやっと顔を上げられた。

「俺、魔導士だって知ってた?」
どう見てもファンタジーって風貌じゃないけど、ちょっと怪しげなところがあるから魔導士でもいいかも。
仕事もなにやっているのか知らないし、笑ったとき見える八重歯も魔導士っぽい。
「魔法使えるの?」
「おう、じゃあ呪いを解くよ。魔導士信次様の名のもとに、この者を呪縛する忌まわしき呪詛を解かん」
信次さんは人差し指で朝日の鼻をぎゅむっと押して、「ブタ」と呪文を唱えた。
「はあ?」
「子豚さんだよ」
「なにするんだよ!!」
「朝日、豚顔もかわいい」
「いい加減にしてよ。大人げないよ!!」
「そいつらが言ってたことなんて、このレベルの低次元なことじゃん」
「いいかげん指をどかしてくれる!!」

気が付くと、普通に息を吸えてる。過呼吸が止まった。
「呪いの解除完了」
「うん。なんか治った」
「いじめのこと思い出したら、その程度のことだって思ってみ」
「うん」
「さっきみたいに陰湿ないじめを受けたら、魔導士信次様をすぐに召喚しろ。制裁の鉄槌を下してやる」
一瞬で呪いを解いた。ただの変顔で……なんだそのぐらい幼稚で低級なことだったんだ。
「これから、ドライブに行かない?」
「どこに?」
「横浜」

***

助手席に座っている朝日は運転している信次さんの横顔を見る。
(この人、本当にいい人だなー)
横浜まで、夜のドライブ。なんだかワクワクする。横浜はまだ行ったことがない。

海浜公園の近くの駐車場に車を停めて、港沿いの道を歩く。少し潮の香りがして気分がいい。
すぐ目の前が海なので、解放感があってお洒落な所だ。
東京からすぐなのにまったく雰囲気が違う。
「海の風が気持ちいいね」
「そうだね」
「信次さん、ありがとう」
「なにが?」
「僕の病気を治してくれて」
「簡単だよ、そんなのただの言葉じゃん」
ただの言葉だったのに何故そんなものに苦しんでいたんだろう。
それも小学生のつまらない幼稚なイジメ。
「その仮装、自分でしたの? 随分本格的じゃん。萌える。ボンテージ風天使、可愛いじゃん」
「僕じゃなくて」
「誰がコーディネートして化粧したの?」
「化粧したくないって言ったんだけどね。顎を掴まれて、アイシャドウで狸にされるわ。口紅ぐりぐり塗られるわで、散々だったよ」
「ああ、兄ちゃんか。朝日の兄ちゃん、もしかしてデザイン専門とか美大生? それも普通の天使じゃなくて、黒天使。すげえセンスいい」
「やだよ。これ、中二病って感じで」
「似合ってるよ」

喉が渇いたので、港の見えるオープンカフェでジュースを飲む。
テーブルの上の一輪挿しに赤い薔薇の花が差してあった。
「この花もらっていい?」信次さんがバイトの女の子に聞く。
「明日、ガーベラに変えるつもりなんで、どうぞ」
ポニーテールの女の子は頬を赤らめて言った。
イケメンだから、タダでもらえるんだなと朝日は思った。
信次さんは薔薇の棘を取って、スーツの胸ポケットに飾っていた。
うっわー、きざー、ホストかよと朝日は言いたいけど、我慢する。
我慢していたら、笑いがこみ上げてきて肩が震える。

店を出て、みなとみらい駅のほうに歩く。観光地なので、まだ人がけっこういる。大観覧車とランドマークタワー、点滅する無数の光が千メートル先に見える。
「遊園地行く?」信次さんが朝日の肩に手を置く。
「うん。面白そう」朝日は言う。

みなとみらいに続く公園のライトアップされた道を二人は歩く。
背の高い信次さんとチビの朝日。
信次さんは両手をズボンのポケットにつっこんで、朝日の歩調に合わせて歩く。
歩きながら、世界名作劇場のお話をしてくれた

もう九時を過ぎているので、夜の遊園地に子供の姿は見当たらない。
恋人たちや若者グループがまばらにいるだけで、ほとんど人はいない。
メリーゴーランド、観覧車、ティーカップ、ぐるぐる回るブランコ、カート、そんなわくわくする乗り物の数々。
キャンディーみたいな原色の光がアトラクションから星のように、朝日に注ぎ落ちる。
「好きなもの乗りなよ」
朝日はお言葉に甘えて、あれもこれも乗りまくった。
信次さんは酔う乗り物は苦手だと言って、ただ見ているだけ。

京都にいたとき、じいちゃんと行ったひらかたパーク。楽しい思い出が記憶のアルバムから溢れてとても幸せな気分。
「信次さんも一緒に何か乗ろうよ」
朝日は信次さんの手を取る。
「ハードなのはかんべんな」
「ティーカップに乗ろうよ。あれなら酔わないよ」
信次さんは嫌だって断っていたけど、「仕方ないなあ」って笑って、一緒に乗ってくれた。

ティーカップが動き出す。
信次さんは恥ずかしそうにそっぽ向いて大観覧車の方を見ている。
そして、子供みたいに笑って言った。
「ティーカップなんてガキっぽいものに乗ってる自分が信じられね」
朝日は乗り物の中央のハンドルを回して、ティーカップを速く回転させようとする。
「回すなって」
困っている信次さんを見て、とてもおかしくなる。
「ちょ!! おい! やめろって! 気持ち悪くなるからさ。酔いたくない」
音楽が終って、静かにティーカップが停止する。

ティーカップから降りて、二人はメリーゴーランドの方に歩く。
「面白かった?」
「ああ。もうそろそろ帰ろうか? 兄ちゃんが心配するだろ?」
信次さんといると本当に楽しくて時間のことなんて忘れていた。
もっと一緒に遊んでいたい。
豪華なメリーゴーランドの前で二人は立ち止まる。
「夜のメリーゴーランドってこんなにキレイなものだったんだね」
朝日は鉄柵に手をのせて呟いた。
天井の鏡に反射する原色の電子色はキラキラして懐かしくて、白馬、ユニコーン、馬車、動物たちは魔法の世界からやってきたようだ。
朝日は黙ってメリーゴーランドを見ている。
「信次さんと遊ぶと本当に楽しい。まるで魔法みたい」
「俺は魔導士だって言っただろ。ちょっとこっちにきな」
ふわっと軽く抱きしめられ、男性用のパヒュームの香りに包まれた。
「わっ?」
ヴァニラとフローラルな甘い香り。信次さんのいつも身にまとっている香水の香り。
「薔薇の花が散ってしまう前に真実の愛を探さないと、呪いは永久に解けない」
朝日は信次さんが何を言っているのか分からない。ロマンチックだけど、意味が分からない。
「え?」
「でも、それは美女と野獣の物語の中だけの話」
「あ、そのお話、僕、知ってる」
「朝日の笑った顔、大好き。魔導士信次様最強レベル萌え度一万ポイント」
「ファンタジーの世界の住民なの?」
「そうだよ。朝日を助けるために召喚されたんだよ。ところで呪いとけた?」
「なんの?」
「言葉の呪縛」
ああ、いじめで言われたことか。
「たぶん」
「たぶんかよ。もう、しかたないな」
信次さんは人差し指で朝日の顎を上げる。視線が合う。
(信次さん、今日の信次さん、とてもやさしくて。そんな優しい目で見つめられたら……僕……)
信次さんは朝日の顔を見つめて、ふっと微笑んだ。
「我、汝に加護の印を授ける」
額に軽くちゅっとされた。キ、キス!?
「困ったことがあったらいつでも召喚してくれ。俺は朝日の専属魔導士だからよ」
朝日はドキドキして、目を泳がせる。
(おでこにキスされちゃったよ!!!)
「呪いは魔導士が解除しました。めでたし、めでたし」
後頭部と腰に手を添えられ、さらに深く抱き寄せられた。
「幸せにしてあげたい」
抱きしめられている間、聞こえてくるのは遊園地の単調な音(ミュージック)だけ。

***

キスされたことが気まずくて、帰りの車の中、朝日は黙っていた。
信次さんは気を利かせてラジオを入れる。
「悩み事とかあったら遠慮なく相談してね」
「うん」朝日は頷く。
「キスしてごめん。でも額だし。そのぐらいいいじゃん」
「むー。ダメだよ、オデコだってやばいよ」
「今夜の朝日はとてもきれいだね」
「お世辞言っちゃって、信次さんらしくない」
「まじでそう思うから言ってるの」
また沈黙。
「最高のハローウィーンありがとう。朝日」

家まで送ってもらって、車を降りるとき、忘れ物だって髪に薔薇の花をさしてくれた。
「じゃあ、またな。朝日」
信次さんは名残惜しそうに車のドアを閉めると、そのまま走り去っていった。

髪に飾ってくれた薔薇を手で押さえながらアパートの階段を朝日は駆け上がる。
そっとドアを開けると、目の前に栄がいた。
玄関でどかっと座って待っていた。
祈るように組んだ両手の上に顎をのせて、上目遣いで朝日を見ている。
朝日は思わず、ヒーッっと声をあげそうになった。
「おかえり」
無表情だけど、すごく怖い目。
「た、ただいま」
「この時間までどこに行ってたの? もう十一時」声も怖い。
「友達と横浜」
「とうかちゃんに聞いたら、塾の先生の家に行ったって。それからどうしたの?」
「横浜に遊びに行った」
「そう。その髪に刺さってる花、どうしたの?」
「もらった」
「誰に?」
「友達に」
「友達の名前を教えてくれる?」
「鶴見流星」

(鶴見っち。嘘ついてごめん。そうでもしないとまじ怖いから)
信次さんのことを知られたらどうなるんだろう。
大人と横浜までドライブ、食事したり、カフェ行ったり、遊園地で遊んだり。
抱きしめられて、額にキス。薔薇の花までもらった。
良心が痛むけど、嘘つくしかなかった。栄に知られたら、三時間ノンストップで説教される。
「これ没収」
薔薇の花も取り上げられてしまった。
でもいいんだ。とっても楽しかったから。
魔導士と過ごせたハロウィーン。まだ魔法は解けていないみたい。心の中がキラキラで一杯。
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