パライソ

東城

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paraiso

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ぱらいそは本当にあるのだろうか。
辛いことも悲しいこともない楽園PARAISOぱらいそ
PARAISO、そんなものは、ないと姉やは言った。

長崎は坂の多い港町で異国船が出入りする不思議な土地だった。
13歳ぐらいの頃、おらは商人の家で下働きをしていた。
異人の家に小麦粉を配達して回っていた。やつらは米を食わない。小麦粉が主食だ。
小麦粉の袋を荷台に積み、馬を引いて出島に行く。

はじめて異人を見たとき、そりゃあびっくりしたよ。背が6尺もあって目がガラス玉みたいに青くて髪が金色だったり赤だったり。

マルセル神父はまだ若い人だった。
黒い髪に茶色の瞳でポルトガルの人だった。
とてもやさしい顔でふんわり笑う人で髪が黒いってことも親しみを感じたよ。
それにこの人、日本語を話す。

一番最初にマルセル神父の教会に小麦粉を届ける。
「今日もご苦労様です」神父さんは代金を払ってくれた。
そして菓子を一切れくれた。
かすていらというポルトガルの菓子は黄色くて海綿みたいにやわらかかった。
口に入れると甘くてふんわかして、世の中にはこんなうまいものがあるのかと腰をぬかしそうになったよ。

菓子でつられたわけじゃないけど、神父さんのことが好きだった。


その頃はまだ切支丹きりしたんは、いじめられることも殺されることもなく、生きていける平和なご時世だった。
そのうちにキリスト教弾圧の条やら禁令なんたらができて、キリスト教は禁止された。

18歳になると奉公を終えて、ちいさな店を持たせてもらった。
びいどろを売る南蛮風な粋な店だった。日光が注ぎ込む狭い店に宝石のようにきらめくびいどろが陳列されていた。
客は女ばかりだった。色男のおら目当てに来る着飾った女子(おなご)も多かった。

今日も隠れ切支丹の処刑が奉行所であった。
火あぶりの刑にされたそうだ。子供も大人も容赦なく処刑される。
そういえば、神父さんはどうしているだろうか。もうとっくに国に帰っただろう。


一緒に店で働いている姉やが言った。
「明日、奉行所で公開処刑があるんだって。見に行かないか?」
「そういうの苦手」
「異人の処刑らしいよ。そんなことしたら、異国と戦になるんじゃないかとみんな噂していたよ」
姉やはかんざしを指でいじりながら真面目な顔をして言う。
「姉や、ぱらいそってあるのかな?」
「んなものあるわけないだろ。極楽ならある。ぱらいそなんてあるわけない」渋い顔をして答えた。
「だったらなんで切支丹たちは、あんなにいじめられてもキリスト教を信じるんだ?」
「あの人たちは騙されている。異人たちはキリスト教を広めて日本人を奴隷にする悪だくみをしてるんだってよ」

神父さんも悪い人なのだろうか。
そんな風には見えなかったのに……。

次の日、姉やと公開処刑を見に行った。
昼下がりの刑執行所は見物人と役所の侍でごった返していた。
台風の後の暑い日だというのによくこんなに人が集まったものだ。
砂埃が立ち、乾いた殺伐とした風景が広がっていた。

3人の異人と9人の日本人が十字架に張り付けにされ、足元には薪がくべられている。

ああ、火あぶりの刑か。
せめて打ち首にしてやればいいのに。
火あぶりは苦しかろう。

張り付けにされた髪の長い異人と目が合った。
長い間、独房に閉じ込められていたのだろう。ひげも伸びて髪も肩まであり……。

見覚えのある顔だった。
マルセル神父だ。

なんでこんなところにいるんだよ。
国に帰ったんじゃなかったのかよ。

神父さんも、おらだって分かったみたいで微笑んだ。
かすていらをくれたときと同じ笑顔だった。

なにそんなに余裕かましてるんだよ。
こんなとこで殺されてしまったら、おいしいものも食えないし楽しいことも幸せももうないじゃないか。
すべて終わりじゃないか。

言葉を交わせなくても神父さんが言いたいことは分かった。
「なにも心配することはない。主のもとに行くだけなんだよ」

ぱらいそって、そんなにいいとこなのかよ。
そこに何があるんだよ。

あんたは、その神様ってやつをそんなに愛しているのかよ。

だったらどうして神様は神父さんを助けてやらないんだ。

神父さんの片思いってやつじゃねえのか。
なんで、そんな奴のこと愛してるんだよ。
そんな薄情なやつがいる”ぱらいそ”なんてろくな所じゃねえ。

姉やが低い声で言った。
「あれ、あんたの言っていた神父さんじゃないか? 出島の配達先で、よく南蛮菓子もらっていた……」

助けてやりたいけど、救い出せる状況じゃない。
刀を持った侍もたくさんいる。
奉行所の代官もいる。

神父さんは初恋の相手だった。片思いだったよ。
だって、神父さんは神様を愛していたから。

愛する人のために死ねるって……。

それほど愛してるんだな。

そんなに神様ってやつに会いたいんだな。

わからねえ。

刑執行の声が代官からあがり、火が薪にくべられる。

神父さんが賛美歌を歌いだした。異国の言葉で歌詞の意味は分からなかったけど、きれいな曲だった。

この歌、知ってるよ。
おらに歌って聞かせてくれた曲じゃねえか。

なんでそんな余裕なんだよ。

棄教してくれ。

今すぐ棄教すれば命は助かるよ。

神様、雨降らして火を消してやれよ。助けてやれよ。

空を見上げたがギラギラした太陽が照り付けているだけだった。

油が薪に注がれ火柱が立った。ごうごうと火が燃える音が聞こえる。

神父さんは炎につつまれた。

見ていられなくなり、その場から逃げた。

頭の中で神父さんの笑顔と楽しかった思い出がぐるぐる回る。


神様って奴、冷たいじゃないか。

あんなにあんたのこと愛していた神父さんにこんな仕打ちをするなんて。

でも、おらも助けてやれなかった。

どうすることもできないことってあるんだな。

神父さん、さようなら。

ぼろぼろ泣きながら歩く。助けることなんてできなかった。

赤い着物を着た幼女が裾をつかんだ。
「これ」
ちいさな金平糖をひとつくれた。

水色の星みたいな甘い砂糖菓子。

そう言えば、かすていらもとても甘かったな。

神様は年端もいかない女の子を使って慰めてるってわけか。

振り返って奉行所の方を見る。

こんな残酷な愛ってあるかよ。

ただ見つめているだけなんて見ているだけなんて、できない。

ああ、神様も一緒なんだ。

きっと苦しんでいるんだ。

神様のせいじゃない。傲慢で冷酷な人間たちのせいなんだ。

ごめんよ、神様。

神父さんのこと頼む。

ぱらいそで幸せにしてやってくれ。


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