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バイトでハッスル
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ゲイバーのバイトも一週間もすると要領がのみこめてきた。
源氏名はユウジ。
華金の金曜日には、OLやサラリーマンのグループが八時に開店するなり来店してくる。
「いらっしゃいませ~」
つきだしの鱈チーやナッツなどの乾き物をお客さんのテーブルに運び、お酒を飲みながら接客する。
「はじめましてー。新人のユウジでっす。ウチの店によく来られるんですか?」
オネエっぽく話すと女性のお客さんは大喜びするので、わざと大げさに「よねー」とか「なのよー」とか誇張して喋った。
思い出に残る楽しい時をお客さんに提供したくて、ジョークやリップサービスで場を盛り上げる。徐々におもてなしの心が芽生えてきた。
環境が変われば人も変わるって身を持って知ったのだ。少しコミュ障気味だったのに、トークで稼げるようになるとは自分でもびっくりだ。
今日もお客さんたちと飲んで、歌って、盛り上がって、いい仕事ができた。
「おつかれさまでした」
ゴミ出しを終え、四時で仕事を上がる。かなり飲みすぎた僕はフラフラしていた。
朝方だというのに新宿は、にぎやかだ。さすが不夜城と呼ばれた繁華街だけある。でもさ、生ゴミが朝の匂いって、いつの時代もやっぱ新宿だよな。
狭い路地から、しゃーっと猫が威嚇する声が聞こえた。
ちらっと覗いて見ると、カラスと猫のファイトが繰り広げられていた。縄張り争いか餌の取り合いかな。クチバシ攻撃VS猫パンチ噛みつきと激しい戦いだった。猫の方が優勢でカラスは苦戦している。
「コラッ!!」
路地に一歩踏み入れると、猫は路地の行き止まりの壁をよじ登って行ってしまった。カラスは飛ぼうとするが、羽が開かずもがいていた。
右の羽が変な方向に曲がって怪我しちゃったみたいだな。このまま放って置いたらまた猫に襲われそう。
コートを脱いでカラスを包むと抱えあげる。バッサバッサと翼を羽ばたかして怯えていたが、そのうち静かになった。マンションにカラスを連れて帰ることにした。
「おかえり……な、なにその鳥?」
パワー君は僕が拾ってきたカラスを見てびっくりしている。
「怪我直るまでベランダで飼っていいかな?」ダメ元で頼み込んでみた。
「まっ、いいけど。ここ、ペット禁止だから、見つからないように飼ってな」
カラスを怖がっていたが、慣れると愛着が湧いてきたようで、ピーコっていう名前をつけて可愛がってくれた。
ピーコの怪我は一週間で治り、ベランダから飛び立っていった。
***
バーの給料は週払い。二万円包んでパワー君に渡した。
「悪いよ。受け取れないよ」
断られたので、食費と家事は全部僕が持つことにした。
家事は任せて。こう見えても女子力ハイスペックなのだ。パワー君には気持ちのいい空間でくつろいで欲しい。
一緒に朝ごはん食べて、「いってらっしゃ~い」と送り出した後、洗濯機を回す。ベランダに出て、パンパンと皺を伸ばして洗濯物を干す。軽く掃除機をかけ終わると、こたつで寝る。
夕方四時に起きる。── 買い物の時間だわ。今夜のメニューはお料理番組で見た青椒肉絲と卵のスープにしよう。健康的な食事を提供して、パワー君にはもっと体重増やして欲しい。ガリガリってわけでもないけど、男子でウエスト六十八センチは細すぎだよ。
昼夜逆転した生活パターンでパワー君に会えるのは一日三時間ぐらいだけど、それだけでも幸せ。イメケンで、やさしくて側にいるだけで癒やしのオーラで心が軽くなる。
スーパーで、主婦たちに混じって買い物をする。卵百円、牛肉バラ百九十円、牛乳百円、ピーマン六十円。
「消費税がない時代ってステキ」
令和なんて消費税が十%、ありえないよ。合計四百六十円、サクッと五百円札で払う。
帰り道、オレンジ色の夕焼け雲を見ながらゆっくり歩く。
木造二階建てのアパートから魚を焼く香ばしい匂い。トントントンと包丁の小気味いい音。生活音すら趣があって、某国民的アニメ・サザエさんの世界だなーとノスタルジックな気持ちに浸った。
パワー君は今日もバンドの練習で帰ってきたのは七時。
「佐藤の料理うまいなー」
「リクエストがあったら言ってね。何でも作るよ」
喜んでもらいたいから、いつも気合入れて作ってるんだよ。
「ずっと母子家庭で、お母さん、仕事忙しかったからラーメンしか作ってもらえなくて」
だからいつもインスタントラーメンばかりだったんだね。
て、いうかネグレクトされてたのかな。
「お母さんが金持ちの社長と再婚してから贅沢な暮らしできるようになったけど、なんかこうじゃない感があるよ」
パワー君の話を聞きながら、うんうんと相槌を打った。
「佐藤んちって何人家族?」
「四人。母、父と二つ上の姉」
「俺は兄貴がいる。義理パパの子供で血は繋がってないけどな」
「優しい人?」
「面倒見が良くて、自慢の兄貴だよ」
仲のいい兄さんがいて、羨ましいな。僕にも姉ちゃんがいるけど、高校あたりから干渉しなくなってお互い無関心だ。姉と弟なんてそんなもんだよな。
両親は僕が失踪して、すごく心配しているだろう。共働きの普通のサラリーマン給料から大学の授業料と毎月仕送り十万もしてくれてたんだもの。それなのに僕はそんなことも当たり前だと思っていた。
ごちそうさまの後、食器を洗い終わるとバーに出勤した。
源氏名はユウジ。
華金の金曜日には、OLやサラリーマンのグループが八時に開店するなり来店してくる。
「いらっしゃいませ~」
つきだしの鱈チーやナッツなどの乾き物をお客さんのテーブルに運び、お酒を飲みながら接客する。
「はじめましてー。新人のユウジでっす。ウチの店によく来られるんですか?」
オネエっぽく話すと女性のお客さんは大喜びするので、わざと大げさに「よねー」とか「なのよー」とか誇張して喋った。
思い出に残る楽しい時をお客さんに提供したくて、ジョークやリップサービスで場を盛り上げる。徐々におもてなしの心が芽生えてきた。
環境が変われば人も変わるって身を持って知ったのだ。少しコミュ障気味だったのに、トークで稼げるようになるとは自分でもびっくりだ。
今日もお客さんたちと飲んで、歌って、盛り上がって、いい仕事ができた。
「おつかれさまでした」
ゴミ出しを終え、四時で仕事を上がる。かなり飲みすぎた僕はフラフラしていた。
朝方だというのに新宿は、にぎやかだ。さすが不夜城と呼ばれた繁華街だけある。でもさ、生ゴミが朝の匂いって、いつの時代もやっぱ新宿だよな。
狭い路地から、しゃーっと猫が威嚇する声が聞こえた。
ちらっと覗いて見ると、カラスと猫のファイトが繰り広げられていた。縄張り争いか餌の取り合いかな。クチバシ攻撃VS猫パンチ噛みつきと激しい戦いだった。猫の方が優勢でカラスは苦戦している。
「コラッ!!」
路地に一歩踏み入れると、猫は路地の行き止まりの壁をよじ登って行ってしまった。カラスは飛ぼうとするが、羽が開かずもがいていた。
右の羽が変な方向に曲がって怪我しちゃったみたいだな。このまま放って置いたらまた猫に襲われそう。
コートを脱いでカラスを包むと抱えあげる。バッサバッサと翼を羽ばたかして怯えていたが、そのうち静かになった。マンションにカラスを連れて帰ることにした。
「おかえり……な、なにその鳥?」
パワー君は僕が拾ってきたカラスを見てびっくりしている。
「怪我直るまでベランダで飼っていいかな?」ダメ元で頼み込んでみた。
「まっ、いいけど。ここ、ペット禁止だから、見つからないように飼ってな」
カラスを怖がっていたが、慣れると愛着が湧いてきたようで、ピーコっていう名前をつけて可愛がってくれた。
ピーコの怪我は一週間で治り、ベランダから飛び立っていった。
***
バーの給料は週払い。二万円包んでパワー君に渡した。
「悪いよ。受け取れないよ」
断られたので、食費と家事は全部僕が持つことにした。
家事は任せて。こう見えても女子力ハイスペックなのだ。パワー君には気持ちのいい空間でくつろいで欲しい。
一緒に朝ごはん食べて、「いってらっしゃ~い」と送り出した後、洗濯機を回す。ベランダに出て、パンパンと皺を伸ばして洗濯物を干す。軽く掃除機をかけ終わると、こたつで寝る。
夕方四時に起きる。── 買い物の時間だわ。今夜のメニューはお料理番組で見た青椒肉絲と卵のスープにしよう。健康的な食事を提供して、パワー君にはもっと体重増やして欲しい。ガリガリってわけでもないけど、男子でウエスト六十八センチは細すぎだよ。
昼夜逆転した生活パターンでパワー君に会えるのは一日三時間ぐらいだけど、それだけでも幸せ。イメケンで、やさしくて側にいるだけで癒やしのオーラで心が軽くなる。
スーパーで、主婦たちに混じって買い物をする。卵百円、牛肉バラ百九十円、牛乳百円、ピーマン六十円。
「消費税がない時代ってステキ」
令和なんて消費税が十%、ありえないよ。合計四百六十円、サクッと五百円札で払う。
帰り道、オレンジ色の夕焼け雲を見ながらゆっくり歩く。
木造二階建てのアパートから魚を焼く香ばしい匂い。トントントンと包丁の小気味いい音。生活音すら趣があって、某国民的アニメ・サザエさんの世界だなーとノスタルジックな気持ちに浸った。
パワー君は今日もバンドの練習で帰ってきたのは七時。
「佐藤の料理うまいなー」
「リクエストがあったら言ってね。何でも作るよ」
喜んでもらいたいから、いつも気合入れて作ってるんだよ。
「ずっと母子家庭で、お母さん、仕事忙しかったからラーメンしか作ってもらえなくて」
だからいつもインスタントラーメンばかりだったんだね。
て、いうかネグレクトされてたのかな。
「お母さんが金持ちの社長と再婚してから贅沢な暮らしできるようになったけど、なんかこうじゃない感があるよ」
パワー君の話を聞きながら、うんうんと相槌を打った。
「佐藤んちって何人家族?」
「四人。母、父と二つ上の姉」
「俺は兄貴がいる。義理パパの子供で血は繋がってないけどな」
「優しい人?」
「面倒見が良くて、自慢の兄貴だよ」
仲のいい兄さんがいて、羨ましいな。僕にも姉ちゃんがいるけど、高校あたりから干渉しなくなってお互い無関心だ。姉と弟なんてそんなもんだよな。
両親は僕が失踪して、すごく心配しているだろう。共働きの普通のサラリーマン給料から大学の授業料と毎月仕送り十万もしてくれてたんだもの。それなのに僕はそんなことも当たり前だと思っていた。
ごちそうさまの後、食器を洗い終わるとバーに出勤した。
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