三人家族

杉本けんいちろう

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三人家族

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ー第一章ー
≪息子≫

『優子。俺、ちょっと実家、帰って来るな…。』

『淳?どうしたの、急に。』

『…母ちゃんが、倒れたんだ。』

『え!?』

ウチは、絵に描いたような母子家庭…。酒が入ると暴力を振るう親父に、いつも怯えてた。母ちゃんは、よく俺を抱いて唯一、家の中で鍵がかかるトイレに逃げ込んでいた…。

たくさんの傷を背負って、逃げるように別れ、女手一つで俺をここまで育ててくれた。

俺とは、いつでも優しく笑って、向き合ってくれた…。

だけど不安定な未熟者は、誘われるように、非行に走る…。

コレってものがないから、言い訳のバリアを張って、無理に荊の道を横行する。でも、それが、ステータスになった。錯綜した日々が心の穴を埋めたんだ…。
笑い合える仲間と、やりたいとトキめいた今の仕事。

正規のルートって何だ?

ここまでの道中、失ったものより、見つけたものの方が多いいぞ!デコボコな道は、キレイな道より、よっぽど、やり甲斐があったわ!

母ちゃん…。
いっぱい心配かけたね―。

『母ちゃん!大丈夫?』

『淳…!来てくれたの。ごめんね、心配かけて…。』

『何言ってんの!心配かけた数なら、俺の方が負けないよ!だから、何も気にしないで早く治しなよ!』

『ありがとうね、淳。』

入院は、思いの外、長引いた。欠かすことは出来ない仕事、少しでも安心してほしい故の見舞い。

落ち着く日々は、しばらく無かった。

『淳…。あなた最近、痩せたんじゃない?私の事は、大丈夫だから、そんなに心配しなくてもいいわよ。』

『母ちゃん。俺はね、元々あんまり器用な人間じゃないんだから、心配すんなよ。』

『淳…。』

『俺は、本能の赴くままに動いてるだけなんだ。母ちゃんが、もう俺の事を心配する必要はないよ。充分すぎるほど心配しただろ!俺は、不器用だからこういう風にしか出来ないんだよ。』

『淳…。大きくなったね。』

『あ!そうだ!母ちゃん、今度、会わせたい子がいるんだけど。』

『え?』

『今度、連れてくるから!緊張しててよぉ。』

『淳にもついに、そういう人が出来たんだね…。お母さん、嬉しいよ。楽しみに待ってるからね。』

日に日に弱まる母ちゃんに、少しでもの朗報と安らぎを…。若すぎた日々の自分勝手な欲望は、小さな体に、余計な重りを乗せていた。その蓄積は、もう計り知れない…。

『母ちゃん。前に言ってた子、連れて来たよ。優子って言うんだ!俺達、結婚しようと思ってる。』

『初めまして、優子です。正直、淳さんには、甘えっぱなしで助けられてばかりですが、私も精一杯、淳さんの妻として努めていきますので、どうか温かく見守って下さい。』

『うん…。良かったわね、おめでとう!優子さん、淳は、あなたが知っている以上に優しい子よ。よろしくお願いします。』

『はい。こちらこそよろしくお願いします。』

俺達は、すぐに式を挙げた。
そう。母ちゃんが、もう長くないことを知っていたから…。

〝立派な大人〟になれたのかは、自分では分からないけど、母ちゃんには、〝そうなった姿〟を見せてあげたかった…。

それが、俺なりの親孝行だと考えたんだ。そして、俺は、それを果たす事が出来た。数え切れない反省の上に、取り返そうと喘いだ時間は、その笑顔を見るためにあったのかな。最後に見せてくれた、その笑顔は一生消える事は、ないだろうな…。

母ちゃん、ありがとう。

良かったよ。
やっと、言えた…。
  

ー第二章ー
≪父親≫

悪気があった訳じゃない。憎かったからでもない。ただ、言う事を聞いてくれない世間が、思い通りにならない現実が、やる瀬なかっただけなんだ。

『うわ!またか!』

最近は血尿も、しばしば…。確実に、身も心も老いていた。若さを誇った力漲るあの日々を、今はただ、誰も知らない胸に秘め、霧の中に生きる。そして、失ったモノの大きさは、痛すぎるほどの孤独感に比例していた。

『タケさん、どお?一杯。』

『そうだね。行きますか!』

最近は、たまに行く職場連中との飲みが何よりの楽しみになっていた。

もちろん、気にはなる。明美や淳が、どうしてるのか…。こうなった原因を、作った自分自身に締め付ける冷たい空気が、過去を嘲笑うかのようだ。

『ま、タケさん、グイッと行こうよ。』

『あ、悪いねぇ。』

『タケさんならさ、また直ぐにでも再婚できるよ。』

『いやいや、もう再婚する気はないんだ。さすがに、そんな気にはなれないよ。』

『そうかい…。もったいないなぁ。タケさんくらいの男前が、独りなんてなぁ。』

『まぁ…、自分が悪いから何を言っても仕方ないさ。』

『息子さんとも、連絡は全然なのかい?。』

『ああ、もはや連絡先も分からないよ。ただ一つ言える事は、俺の事を確実に恨んでる。』

『…タケさん。』

『純ちゃんだって、そうだろう。暴力しか振るってない父親に情が湧くかい?』

『タケさん、もう良いじゃないか。別れて何年経った?あれからタケさんは、変わったろう。そろそろ会いに行っ…。』

『行けないよ。俺は、父親失格者だ。その資格はないよ。ただ元気にやっていてくれれば、それだけでいい。』

『タケさん…。』

今やるべき事は、やっと見つけた仕事を楽しむ事でも、新しい家族を見つける事でもない。

酒と暴力に溺れた過去を戒めに、精一杯、懺悔することだ。それが明美や淳に少しでも、償いになるのなら…。

しかし、それはまるで、かつて観た映画のように…。

『…お久しぶりです。分かりますか?淳です。』

淳が…、俺を憎しみ込めて睨み付けていた、あの淳が、あれから十五年。立派な成長を遂げて目の前に現れた。

『親父…。俺は、あんたを恨んでる。当たり前だろ。でも、会いたくなった…。どうしてるのか気になった。』

『淳…。』

『言いたい事は三つ。まず一つ目、母ちゃんは亡くなりました。』

『え!?』

『二つ目は、親父は、爺ちゃんになった。』

『なんと、…そうか。明美が…。淳も結婚したのか。』

『親父、俺は、家族を持って初めて、一家を守る事がどういう事か分かった。だからこそ言える。母ちゃんに一言謝ってくれないか!』

『…淳。立派になったな。俺のようにならくて本当に良かった。明美には、もちろん心から謝罪したい…。ただ、俺が明美の墓の前に立ってもいいのか?こんな俺が明美に手を合わせてもいいのか?』

『親父は、母ちゃんが好きだったから結婚したんだろ?結果は、別れでしかなかったけど、それと俺は、親父が何を思って母ちゃんを殴ってたのかも分からないけど、母ちゃんが言ってたんだ。
「いい淳?お父さんは、本当は、凄く優しい人なんだよ。それだけは覚えておきなさい。暴力を振るうお父さんが全てじゃないの。私は、知ってるの。あの人が、どういう人か…。だから、一緒になったのよ…。」
親父は、俺の唯一の肉親だ。俺の大好きな母ちゃんの愛した人だ。だから、母ちゃんに全てを謝って欲しい。』

『淳…。ありがとうな。』 

『それから最後、三つ目、孫に会いに来て欲しい。』

―――。

『…いや、良い息子さんだね。泣けちゃうよ。』

『ああ…。』

『タケさん、もう反省は、良いんじゃないのかい?これからは残りの人生、もうちょっと楽しもうよ!』

『純ちゃん…。』

『振り返るよりも、前を見ろだよ。後ろには、結果しかないけど、前には、ほら可能性しかない。楽しめる方を選ばなきゃもったいないよ。いくら、もうすぐ還暦だって言ったって、俺達にだってまだ、人生を楽しむ権利はあるんだから。』
 

ー第三章ー
≪妻≫

私は、あなたに感謝しなければいけません。
確かに、結婚してからあなたは、変わりました。毎日、毎日、浴びるように酒を飲み、私や淳にまで暴力を振るう始末。だけど、私は、あなたが本当は、そんな人ではない事を知っています。
子供が好きで、誰にでも態度を変えず優しく接し、それに何より、本当に孝行息子で…。
結婚する時、お義母さんが私に、こう言ってました―。

『明美さん。武男は、私達夫婦にとって大事な大事な一人息子なの。大学時代から一人暮らしになっても、私達の事を常に気に掛けてくれてね…。でもね、あの子の欠点は、人の為に我を忘れる事なの。優しすぎるのよ。どうか武男を全力で支えてあげて下さい―。』

武男さん。私は、あなたが何故、暴力を振るうようになったか知っています。仕事が上手くいかなくなったと漏らしていましたが、本当は、かけがえのない御両親を突然の事故で亡くしたからですよね。寂しかったんですよね。辛かったんですよね…。
だから、私は、何も言わずに耐えました。きっと、すぐ立ち直ってくれるだろうって…。でも、一人っ子のあなたにとって、何よりもの精神的支柱であった〝家族〟が突然いなくなった衝撃は、あなたを完全に狂わせてしまった…。私は、支えてあげてと頼まれたお義母さんには、申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、淳を優先しました。このままじゃ淳が、潰れてしまうと…。

私は、あなたの妻ですが、淳の母親なんです。お義母さんが、武男さんの母親であるように、大事な大事な我が子を全力で守らなくちゃいけないの。だから、私は、淳を連れて逃げました…。

大変でした、本当に…。女手一つ家庭を守っていく事が、こんなにも厳しい現実を目の当たりなしなきゃならない事だなんて…。淳が、ろくに学校も行かないで、夜中に家を抜け出して暴走行為を繰り返していた頃には、毎日、涙が止まりませんでした。
淳は、体は大きくなったけど、心が幼いまんまで…。やっぱり、母親一人の力だけでは足りなかった。強い父親の力を借りたかったのが本音です…。
武男さんなら、淳をどう叱っただろうとか、どう向き合っただろうとか考えていました。もしかしたら、せめて高校までは、卒業させてあげられたかもしれませんね。自分の非力が情けなくて仕方がなかったです…。
唯一の救いは、離婚届けをあなたから送って来てくれた事です。私と別れるけじめをつけようと思い立ったって事は、もう暴力を忘れて改心してくれたんだと、そう思ったからです。勿論、あなたのその後を気に掛けない日はありませんでした。

でも、どうやら私の体は、もう長くはないみたいで…。新しく踏み出そうとしているあなたに、余計な心労は掛けたくなかったですから。明らかにおかしい咳と、疲れの取れない体に嘘はつけなかったですから…。

病院のベッドの上で、立派になった淳が帰って来てくれた時は、それこそ涙が止まりませんでした。最期に武男さんに会えなかった事は残念でしたけど、新しい家族を持った、あなたの一人息子の姿を見たら、私も頑張ったでしょうって褒めてくれるかしら。私はね、武男さんと結婚した事、何一つ後悔なんかしてないから。
生まれて直ぐに両親を亡くし、ずっと施設で育った一人ぼっちの私の家族になってくれたんですもの。

本当に、嬉しかった。
ありがとう。

―――。

「武男さん、私、赤ちゃんが出来たみたいなの…。」

「何だって!?本当かい、明美!産んでくれるよな?結婚しよう!」

「はい。世界で一番あったかい家庭を作りましょうね―。」


          ー完ー
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