ヒロイン

杉本けんいちろう

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ヒロイン

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私の夢は、かつて見た漫画のような野球部のマネージャーになって甲子園に連れてってもらうこと。

でも、私は名門校へは行かない。弱小校が頑張って甲子園を目指す。そんな、まさに漫画みたいな理想を描いてる…。まさか、上手くいくはずがないことは分かってる。でも、それが〝良い〟んだから、しょうがないよね…。

『今日から野球部のマネージャーになりました!宮下あかりです。よろしくお願いします!あかりって呼んで下さーい!』 

『あかりちゃーん!よろしくねぇ!』

私の選んだ学校は、五年前まで女子校だった公立校。野球部は創部してわずか四年…。
甲子園どころか、部員数が野球を満たしていない…。早々に潰れそうな野球部の現状にさすがに引いてしまった。

『先輩!どうすんですか!?夏の大会!今まだ七人しかいないんですよ!?』

『ね…。どうしよーか…。』

『どうしよーかって…。キャプテンがそんなんでどうすんですか!ビラ配りでも何でもしましょうよ!でないとホントに間に合わないですよ!』

『そ、そうだよねぇ…。』

覇気も無ければ、甲子園に対する熱い思いも無い。私の中学時代の仲間は、本気で甲子園を夢見てる人ばかりだった。野球部って、それが当たり前だと思ってた。それが野球部だと思ってた。でも、違った…。

ここにいる人は、みんな、〝なんとなく〟集まった人ばかりだった。元女子校だっただけに男子の部活動が少なく、男子部第一号で出来たのが、とりあえずの野球部だった。〝流行った〟のは、一年目だけ…。あっという間の形だけの部になってしまったって…。先輩マネージャーのリリコさんが教えてくれた。

リリコさんは、実は日本人の母親とアメリカ人の父親を持つハーフで、生まれてから十二年間、ずっとアメリカで生活していたいわゆる帰国子女だ。父親の影響でメジャーリーグの試合に、よく連れられて行ったのがきっかけで野球が好きで日本に来た中学生の時、テレビで見た甲子園にハマったらしい。恐らく私同様、甲子園への情熱は、肝心の野球部員より熱いだろう。しかし、こんな人がいながら七人の男共は、一体何をやってんだろう…。

ちなみに、創部四年目の野球部は、公式戦、未だ未勝利…。今年こそ初勝利を!…どころか、参加出来るかどうかすら危うい…。

『あかり!もう、この人達には任せてらんないわ!こうなったら色香で勝負よ!』

『え…?』

『女の力を最大限に利用して誘い込むしかないわ!』

『えー!…でも、やっぱもう、それしかないですもんね。分かりました!やりましょう!』

我が夢の為!無償の努力!
色仕掛けで引っ掛かった男が二人!ついに九人揃った!

『良かったですね、先輩!これで晴れて参加出来ますね!今年こそ勝ちましょうね!』

『ああ!あかり、ありがとうな…。』

『何言ってんですかぁ!早く練習行って下さい!』 

さぁ、いよいよ始まる。ずっとテレビの世界の絵空事だった甲子園の予選大会が!毎年、新聞とかにでかでかと取り出される高校野球を今、自分達がやってると思うとなんか変な感じで…。
やっぱり、どっか絵空事と言うか他人事なんだ…。妙にリアリティが無くて不思議なんだ。その中心に立てば実感が沸くのかな…。

ああ、甲子園に行きたい!

『おらぁ、もっと声出せよ!いくぞ!次、ファースト!』

『おっしゃ!来い!』

『んー…、声は出てるし、気合いもようやく入って来たから、良い感じなんだけどね…。』

『どうしたんですか?リリコさん。』

『何で、こんなに下手なんだろ…。』

『そ、それを言っちゃあ、おしまいですよ!みんな、一生懸命やってますよ!誰一人笑ってなんかないし、真剣に甲子園を目指してますよ。』

『そうね…。私達が見捨ててたら勝てるもんも勝てないわよね!』

『そうですよ!しっかりマネージャーしましょう!』

だけど、神様の悪戯かな…。初戦の相手は、第一シードの大本命の強豪校。 

でも、奇跡って信じる…!
でも、現実って厳しい…!

初回から相手打線の猛攻が止まらない…。ミスも重なり、大量、大量失点…。何点取られるんだろう…。コールドゲームは、目に見えてる…。

『ちょっとアンタ達、少しは日本男児の意地を見せてみなさいよ!』

『リリコ…。』

『私は、最後まで諦めない高校野球が好きなの!アメリカにはない"甲子園を夢見る者"の意地を見せてみなさいよ!』

リリコさんの熱い声も、スタンドからの声援も、真夏の太陽に屈するように昇りきれない壁は立ちはだかる。

嘘、嘘、嘘…。これは、夢…。私は、寝てるの。これから私の初めての〝夏〟が始まるんだから…。

(ウーー…。)

虚しく試合終了を告げるサイレン…。結局、意地の一点も奪えない大量点差のコールドゲーム。私の夢にまで見た初めての夏は、淡い理想をあざ笑うように、その幕を降ろした…。

涙もない。言葉もない。私の選んだ道は、間違ってたのかな…。そう思いたくないけど悔しいけど、もっと甲子園に近いとこに行けば良かったのかなって自問自答…。

『あかり…。ごめんな。こんな野球部で…。』

『先輩…。』

『俺達だって甲子園行きたかったんだ。本気で…!でも、やっぱり俺達、下手くそだから!一応これでも全力で一生懸命やったんだ。クソッ!最後の夏の終わりって考えてた以上に辛いわ!涙が止まんねーよ!』

『先輩…。グスッ…。』

夢の話…。

弱小野球部が部員集めからスタートして、色んなドラマののち、奇跡の甲子園出場!私は、そのヒロイン!

一年目、敢え無く夢に終わる…。でも、得たものは大きく、その夢を、その奇跡を信じる楽しみが沸いて来た。自分の選択を一瞬でも疑った事実に、ごめんなさい!私は、やっぱり、あの頃のままの夢を追いかける…。

ーーー。

『ちょっと新入生!いつまでくっちゃべってんの!早く出て来て練習しなさいよ!』

『あかり…。なんか強くなったわね。』

『そんな事ないですよ!リリコさんも、ほら!声出しましょう!今年こそ勝つんですから!』

私は今、まさに夢の真ん中を走ってる。

                             ー完ー
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