KY

杉本けんいちろう

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KY

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彼女とは、早いもんで付き合って六年も経つ。明るくて優しくて、何より笑顔がかわいくて…。でも、ただ一つ気にかかることは、彼女、綾香は、もの凄く天然であること。この間も…。

『いけない!ケータイ忘れて来た!』

『え?何処に?』

『たぶん、さっきのトイレに…。』

『は?マジで?』

『ごめんね。ちょっと待ってて!すぐ取ってくるから。』

『ああ。』

ーーー。

『あった!あったよ!ごめんね!翔ちゃん!行こ!』

『…綾香。あのさ、鞄どうした?』

『いけない!トイレだ!置いて来ちゃった!ごめんね!翔ちゃん!すぐ取って来るから!』

『ああ…。』

―――。

『翔ちゃーん!どうしよう!』

『何、どうした?』

『ケータイ便器ん中、落としちゃったぁ!』

『はぁ?何故!?何故に、そうなるかなぁ!』

『トイレ戻ったら、またオシッコしたくなっちゃって、パンツ下ろしたら、その拍子に…。』

『うーん。何て言ってよいやら…。で、鞄は?』

『あーん、忘れた!』

このザマだ…。端から、見たら面白いかもしれないが、長いこと一緒にいると、もはや正直、コワイ…。でも、そんな綾香の家族とも仲良くさせてもらって、お父さんもお母さんも面白い人で今は、ホントに良い感じだ。
ここまで来るのに大分、苦労もかけたけど、あの時の失敗も今はもう、笑い話…。そう思える今だからこそ、結婚しようかなぁって…。

俺は、綾香を呼び出した―。

なんか、いてもたってもいられない衝動に駆られたんだ。

『なぁ綾香、突然だけど、カラオケ行かない?』

もう勢いとテンションしかないと思った。

『うん!いーよ!行こ!』

こんな夜中なのに、嫌な顔一つせずに笑ってカラオケに付き合ってくれる綾香。その素直で優しい笑顔に俺は、改めて自分の気持ちを確認した。俺のカラオケは、基本ロック中心だ。大声で完全燃焼して何もかも発散出来て、スッキリするから。俺は、一曲一曲歌い終わる度に勢いで何度もプロポーズしてしまおうと試みた。でも、そんな時に限って、たった今まで出ていたはずの声が出てくれない。やっぱ緊張してんのかなぁ。
そんな葛藤に苦しんでいるとは、当然知らない綾香は、見事なままのマイペースで変わらない、その笑顔で歌っている。やっぱり今日は、もうダメだなって諦めかけた、その時だった。

『ねぇ翔ちゃん聞いて!実はさ、私、好きな人が出来たんだぁ。』

理解出来ない綾香の言葉。

『は?何言ってんだよ突然!嘘だろ!?』

『ホントだよ!』

『ふざけんなよ!』

俺は、うろたえた。それはそうだ!だって、たったの今までプロポーズをしようとしてたっていうのに!

『何でだよ!ってか誰なんだよ!?一体!』

必死に訴えている俺とはウラハラに、それでも変わらない優しい笑顔で綾香は、僕を指差した…。

『は…?もう、どういう事?』

『どういう事って。そういう事だよ?今日、改めて好きになりました。』

『何だよ、それ!』

『…だって、人の気持ちなんていつどうなっちゃうか分からないでしょ?でも私は、今日それを確認出来たの。やっぱり、翔ちゃんと一緒にいると楽しいって…。』

相変わらずの、その笑顔で飄々と言ってのけた彼女。その怖いもの知らずのKYに毎回俺は、悩まされてきたんだなぁ。
もう、無意識だった…。

『綾香、結婚しよう!』

あれだけ言えなかった、この一言が何のためらいもなく、すっと出た…。
綾香の天然さに、あれだけやられて来たのに、この大事な場面でその天然さに後押しされた。

まったく、もう…。
こんな心配に胸を破裂させられそうな俺とは、どうせ気付いてないんだろうな。

綾香は、やっぱり変わらない、その優しい優しい笑顔でそっと、うなずいた…。

『"こんな嫁"でよかったら。』

                                          ー完ー
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