このスリルが、たまらない。

杉本けんいちろう

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このスリルが、たまらない。

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奈々さんは今、毎日ドキドキしています。なぜかというと、親や友達にも内緒で、アダルトビデオに出たからです。
いつ誰にバレるか分からない、このギリギリのスリルが、毎日たまらないのです。

奈々さんは普段、国立の大学に通う四年生です。一流企業への内定も決まっています。もう、卒業を待つだけの学生生活最後の夏、久しぶりに街でかけられたまさかの一声に心を踊らせてしまいました。

奈々さんには、付き合って三年にもなる同じ大学に通う同い年の啓太くんという彼氏もいます。当然、アダルトビデオに出た事は、啓太くんにも内緒です。啓太くんに対する不満は、もちろん何もありません。

では、なぜ奈々さんはアダルトビデオに出る事を決めたのでしょう。

奈々さんは現在、都内で一人暮らしをしています。でも決して、お金に困ってるというわけではありません。毎月、十分すぎる程の仕送りを貰って生活している資産家の娘だからです。
つまり、お金の為のビデオ出演ではないという事です。

奈々さんがアダルトビデオに出た本数は一本のみです。もちろん偽名を使い、年齢も偽っています。それでも、レンタル店にも並んでいる為、身内にバレるリスクは非常に高いのです。

もしも、友達にバレてしまったら…。

奈々さんの友達は皆、名門大学在籍のエリートです。その中にあって奈々さんの立ち位置は、容姿が良い為に実は、それなりに持て囃されて過ごしていました。
しかし、男性経験は啓太くんが初めてで、一人しかありません。それだけシャイで人見知りなのです。

そんな奈々さんを落とした啓太くんも、奈々さんが初めての相手でした。絵に描いたような真面目で人望も厚い、実直な人間です。奈々さんが惹かれたのも、一見、派手に見える容姿からは似つかない誠実な一面に心を鷲掴みにされたからです。もちろん、一流企業への就職も決まっており、エリート街道まっしぐらです。奈々さんとの結婚も視野に入れ、まさに順風満帆なのです。

友達にバレてしまうという事は当然、啓太くんにバレるのは時間の問題という事なのです。

啓太くんとの将来はもちろん、大学での人間関係、はたまた、就職先の内定まで取り下げられる可能性が出てくるのです。つまり、ここまで積み上げたモノ全てが跡形もなく崩れ去るという事なのです。

昔かたぎで堅物な両親にバレてしまったなら…。

言うまでもありません。恐らく勘当でしょう。奈々さんには、一つずつ歳の離れた兄と姉がいます。一言で表すと優秀以外にない兄と姉。決して仲は悪くはないのですが、いざという時、味方につくのは両親側でしょう。

つまり、アダルトビデオに出た事がバレてしまう事は、家族を失い、恋人を失い、友人を失い、有望な将来を失い、孤独を意味する事になるのです。

そうなる事、全てを想定して、それでも奈々さんは一本のアダルトビデオに出たのです。

そう、理由は一つ。毎日、このギリギリのスリルを味わう為だったのです。このドキドキは何物にも代え難い、たまらない快感。周りのみんなが考えてるような可憐で清楚な出来た乙女像は、ただのハリボテに過ぎない。欲求は、みんなと一緒。性癖は誰にだってある。ただ、やり方が極端的だっただけなのです…。

『ねぇ、啓太。いよいよ卒業だね。』

『そ、そうだな。』

『って事は、私達が付き合ってもう丸三年だよ!凄くない?』

『あ、ああ…。』

『正直、こんなに続くなんて思ってなかったな…。ありがとね、啓太。啓太とじゃなかったら、こんなに長く続いてなかったと思う。』

『奈々…。』

『卒業して社会人になっても宜しくね!ずっとずっと一緒にいようね!』

『は、はい!こ、これからもよろしくお願いします!』

『何で敬語?…ってか、何かさっきから可笑しくない?ちょっと変だよ?今日の啓太。何かあったの?』

『な、何にもないよ!何にも可笑しくないって!いつもの俺だよ!はい!こっちおいで!奈々ちゃん!はい!チュウ!』

『もう!なに?何か怪しいな…。』

奈々さんは、もしかしたら啓太くんにバレているのではと不安になりました。でも当然、問い詰める事も出来ずに益々、スリルの重圧がのし掛かって来ました。

しかし、奈々さんの思惑通り実は、啓太くんは奈々さんがアダルトビデオに出た事を知っていました。
偶然にも、レンタルビデオ店で見つけてしまったのです。確かに、見つけた時の衝撃は凄まじいものがありました。そして、かなり落ち込みました。かなり悩みました。けれど、人の良い啓太くんは、非は全て自分にあると思い込みます。何よりも、奈々さんを女として満足させてあげられてないのだろうと…。

『クソッ!俺が悪いんだ!俺が悪いんだ…!は!待てよ!もしこれが奈々にバレたら、もう奈々との関係は、きっと、お終いだ!結婚だって考えてるのに!イヤだ!絶対イヤだ!奈々を失いたくない!何が何でも俺がこの事実を知ってる事は、奈々にバレないようにしないと…。』

啓太くんは、この事実を墓場まで持って行く。そう決めたのです。
それからの啓太くんは、毎日がドキドキです。誰か他の友人達が知ってしまったらどうしよう。そんな事になったら、いずれ絶対、自分にその知らせが回って来る。そうなったらお終いだと…。

奈々さんも、啓太くんも人の顔が、まともに見れなくなってしまう程のスリルと格闘する毎日です。でも、ある時、気づいてしまったのです。そのスリルに快感を覚えてしまっている事に…。

そして、実は、それは二人だけに限った事ではなかったのです…。

『まさか、奈々ちゃんがアダルトビデオなんかに出てるとはね。やっぱり友達として、言った方が良いのかな。でも、とりあえず、ヌいとくでしょ。…はぁ、これがバレたら、もう友人関係は終わりなのかな…。』

『まさか、あの太田奈々が、こんなモノに出てるとはね。ハハ、これは私だけの秘密にしておこう。我が社に入社した後に、色々と楽しませてもらおうか。それまでは、私がこんなモノを持ってるなんて部下達にも絶対バレないようにしないとな…。』

『まさか奈々がね…。でも妹のビデオをオカズにヌいてるなんてバレたら俺も、もうこの家には居られなくなっちまうな…。』

『なんて事だ!あの奈々が何故だ!?しかし、不覚にも娘のビデオを見て、発情してしまったなんてバレたら、父親として、いや、一家がお終いだ…。』

でも実は、みんな、いつ誰にバレるか分からない、このギリギリのスリルが、毎日たまらないのです。

                                    ー完ー
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