それを知る者

杉本けんいちろう

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それを知る者。

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この国の長となり、野党やマスコミからの痛烈なバッシング、国民からの不支持の声…。

『誰がなっても同じでしょ!』

私は、同じではない。
そうでない事を、証明する為に訪れた最初で最後の人生全てを賭けたチャンス―。

『総理、明日は総理になられてから初めての休日ですが、何をして過ごされますか?』

『そうですね…。ここのところ、ゆっくりしてる時間がなかったですからね。たぶん明日は、家内と一日、家でゆっくり過ごすと思います。』

ーーー。
 
追い掛けられる毎日の奔走を、少し忘れて静かな時間を…。小便をしようとも夢現つ、窓から見える晴れ渡る青空に心躍らされ、広がる土手を少し歩こうか…。
警備も出来る限り遠くから…。一人気ままに川の辺の人の声、楽しげに響く笑顔が華やいで…。

『しかし、帽子をかぶって、ただの老人一人、こんな所にいたら誰も気付かないものだな…。』

すれ違う人皆、私に気付く事もなく自分を謳歌…。それが、必然で本望だ。
河辺のグラウンドで野球に打ち込む子供達。眩しい笑顔に魅せられて自然と止まる足。少し腰掛け眺めていると、同年代と思われる老人からの声…。

『あの…、お嫌でなければ、お隣よろしいですか?』

『…ええ、どうぞ、どうぞ。』

『すいません、では失礼して…。』

『もしかして、この中にお孫さんが?』

『いえいえ、私の孫は、もう少し大きいですので、ちょうど今この子達が夢見る先の一年目になった所です。』

『…高校一年生ですか。野球をやられてるんですね。』

『ええ。でも、名門校に入ったは良いけど大分、現実を見さされているみたいでね、猛練習に次ぐ猛練習に追われてる毎日だそうなんですよ。』 

『そうですか…。やはり厳しいですね。私も野球をやっていましたから、良く分かります。ま、今の野球と私達の時代とでは、やり方も大分変わってきてるでしょうけど…。』

『確かに、私も野球経験者ですから、よく孫の様子を見にグラウンドに足を運ぶんですが、今の練習の仕方は賢いですよ。ま、根本は一緒なんでしょうけど、全てが理に適ってると言いましょうか、無駄がなく、とてもスマートですね。我々の時代は軍隊そのものでしたからね。』

『はっはっは!本当にそうでしたね!いじめとは全然違いますけど、〝手をあげる〟なんてのは日常茶飯事でしたからね。』

『今の子達は、そういう意味では不敏ですよ。今、その手の事をおかしたら直ぐにマスコミが駆け付けて、まつり挙げられますからね。』

『全くですな。やはりそれは移り変わる世代の中で、あくまで野球部活動であって、教育の一貫であることを指し示しているという世相ですかね。』

『なるほど。それは、もうこの国が戦争国家でない、武力を必要としない軍兵でないことの証明かもしれませんね…。』

『学徒出陣がない現代に、やはりもっと感謝しなくてはいけませんよ。それを当たり前として取り組む事は、一つの山を越えられないことです。自分のやりたい事に、夢に無心で集中出来る喜びを知ってやれるかですね。』

『それに気付かせてやるのが、我々の役目と…。』

『そういう事ですな。』

『いやー、久々に良い話しが出来ました。すいませんでしたな、余計な話しをベラベラと…。』

『何をおっしゃいます!私も楽しませて頂きましたよ!中々、こんな話し出来ませんからね。』

『やっぱり、あなたは、この国の長になれるお方だ。』

『え…!』

『あなたが、首相になって良かったですよ。これからも期待してますよ。我々、歳を取った人間にしか出来ない事もあります。勢いある新たな若い力に負けないで下さい。〝かつて〟を知るあなたが、この国を変えて下さい。』

『…気付いてらしたんですね。ありがとうございます。その言葉、しかと胸に染み入りました。綻びは見逃しません。私は今、夢の真っ最中ですから。』

実に、有意義な休日…。

明日からの政治に活路を見出だし、それぞれの生活、それぞれの情事の為に、改めて決心を強く…。

有望ある全ての為に自らを投じ、その名の通り望みを叶える。

それが私の仕事。

                                  ー完ー
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