capriccio

月季花

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救出編

8譜-presente-

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 デート、その言葉に真衣が赤面すると暗乃が笑い冗談だよ、と街の散策へと繰り出した。
 街は確かに云われて見ればリーウェンの街並みに似ている、それはどことなく雰囲気がと云う意味ではあるが。
 まだどきどきとして慣れない感覚があるものの暗乃はそんな真衣の歩みに合わせて歩いてくれる。
 見慣れない植物や果物、暗乃はその全てを説明してくれる。
 このような為に呼んだわけではないのだがその都度丁寧に更に面白く説明をされるのだから真衣も聞かない理由もない。
 砂漠ではよく飲まれると云う果汁のジュースを飲みながら歩くのは新鮮で、真衣は自然に笑顔が溢れてくるのを感じた。
 元の目的も忘れてはいない、暗乃へのお礼だ。
 リーウェンでは何かお礼をするともなれば物を送るのが普通だったが、今の真衣の手持ちはけして潤沢なわけでもなければ大きな物などではこの先も旅で嵩張ってしまう。
 軒先に出ている露店でもけして物が安いと云うわけではない。
 様々な店を歩き回りながらも依然としてお礼は見つからない。もういっそのこと暗乃に直接聞くのが早いのではないかと隣を歩く暗乃を少し見上げるとすぐに気付かれる。

「何か欲しい物は見つかった?」
「うーん、まだかな……、付き合わせちゃってごめんね」
「いいよ、楽しいから」

 そう告げる暗乃の機嫌は確かに悪いようには見えない。
 楽しんでくれていればいいと思いながら次の露店を覗き込む、そこには美しい紅い宝石の填められたピアスが置かれていた。
 真衣の眸よりも更に深い紅に思わず惹かれると店主が声を掛けて来る。

「お目が高い、これは狼血石と云う石でね、宝石ではないんだが珍しいものなんだ」
「狼血石……」

 聞き慣れない物だが金額を確認しても確かに宝石よりも手軽なものだ。
 暗乃は様々なピアスを着けているのは確認済だ、少し悩んだ後これ以上に良い物に出会えるとも思えないと店主に購入を伝えると笑顔でピアスを渡される。

「真衣、ピアス開ける予定あるんだ?」
「え?……うーん、ないかな?」
「ならそれは?」
「プレゼントにしようかなって」

 その言葉に暗乃が少し眦をぴくりと動かしたがすぐに笑顔に戻る。
 今この場で本人に渡すのは少し気が引けると真衣は貰った袋を大切にしまう。
 街の散策をもう少しするか悩みながら真衣は近場の噴水に腰を掛けた。思ったよりも歩いたが普段の旅よりも楽しい気持ちが強いのか足の痛みはそこまで感じない。
 暗乃がジュースの入っていた器を捨てて来ると告げその場から離れると真衣は先ほどの袋を取り出した。
 綺麗な石だったが上等過ぎない物で普段のお礼としても重くないだろうと再確認する、何より装飾品であれば気に入らなければ身に付けなければいいだけなのだ。
 照れくさくなりながらも気持ちをそう落ち着けると噴水の反対側が騒がしくなり始める。
 振り返った真衣はそこにキャラバンが集まっていたことに気付いた。
 キャラバン隊には様々な人々がいる、売買を生業とするキャラバンもいれば芸を生業とするキャラバンもいる。
 そして今後ろで始まろうとしていたのはその芸を売りにしているキャラバンのショーのようだった。
 いつの間にか戻って来ていた暗乃が反対に回るように誘導すればそれに従い、キャラバンを取り囲む人々の中に紛れ込む。
 離れないようにと繋がれた手が暖かいのは気のせいではないだろう。
 ナイフ投げに道化師の茶番、踊り子の演舞。
 どれも新鮮で真衣は思わずその世界に魅了される、こうした演目はいつも舞台の上だけのものだった。
 離れた場所から見るには真衣の背は低く、いつも退屈に感じていた。
 今は目の前にそれがある、活き活きとした彼等のショーに思わず拍手も出る。踊り子の舞が終わった後、あっと云う間のショーもこれで最後になる。
 寂しさも感じながら現れたのは先ほどの踊り子とうり二つの少女だった。
 見慣れない楽器を担ぎ、礼をすれば彼女は旋律を奏でる。聴き慣れない不思議な旋律だった。 
 だが、その場にいる誰もが黙りその音を聴いている。
 軽やかでいて荘厳にも聴こえるその旋律に真衣は息を飲んで聴き入っていた。今にも爆発しそうな「謡いたい」と云う本能にも近い欲求を抑え込みながらその旋律の一つ一つを身体の奥にまで刻みつける。
 不思議な感覚のまま気が付けば旋律終わり、周りから大きな拍手が飛ぶ。少女は緊張が解けたように綻んだ笑顔を見せ始まる前よりも更に深く深く礼をする。
 その様に一段と拍手が大きくなった。
 これで終わりだと云う座長の言葉に人が解散して行くのを確認して真衣は座長に走り寄った。

「あの!」
「おっと、如何なされたかな?」
「さっきの楽器の女の子とお話すること、出来ますか」

 難しいことを云っているのはわかっているが彼女と話を、否先ほどの旋律をもう一度聴きたい、その気持ちが強かった。
 困った反応をする座長に暗乃が銀貨を見せるとその顔はすぐに柔和な物になった。

「アナスタシア!皇女さまがお呼びだ!」

 やはり真衣が皇女であると云うのは座長ともなればすぐにわかっていたのだろう、それでも金を要求するのはさすが商売人と云うところだろうか。
 先ほどの少女、アナスタシアが慌てて何かしでかしてしまったのかと走って来る。
 真衣ほどではないものの濃い青い髪に美しい橙玉の眸、仄かに座長と似通っている彼女は親子か何かなのだろうか。
 真衣の前で膝を着き顔を下げる彼女に真衣は優しく告げる。

「顔を上げて欲しいの、あなたの演奏素晴らしかったわ」
「……ッ、滅相もありません!お褒めに預かり、何と、光栄か」

 なるべく威圧的にならないよう優しい言葉遣いを、母の教えを真衣は反芻する。
 緊張が解けるはずもないことはわかっていた。
 それでも溢れるこの気持ちを伝えたい。

「あの楽器、見慣れない物だけれど」
「バグパイプと云う物です、デゼルトの伝統楽器になります」



 座長が後ろからアナスタシアに先ほどの楽器、バグパイプを差し出す。
 さすが歴戦のキャラバン隊の座長と云うところだろう、真衣が何を云いたいのか今の会話で理解したらしい。

「もう一度、弾いてみせてくれないかしら」
「皇女さまのご指名とあらば喜んで!」

 アナスタシアは顔をぱあっと綻ばせ、バグパイプを準備する。

「そんなに気に入った?」
「うん、とっても素敵だった」

 こそりと聞いてくる暗乃に笑顔で返せば暗乃はなら良かった、と微笑む。
 準備が出来たのかアナスタシアの演奏が始まる。
 思いがけないリサイタルに回りに人が集まって来るが真衣は気にはしていられない、先ほどはあんなにも我慢したのだ。
 溢れんばかりの欲求に従い先ほどの音に沿った謡を紡ぐ。
 その様子に驚いたアナスタシアだったが、謡は自然と旋律に馴染み美しさを増幅させる。
 楽しい、と真衣は心の底から思う。
 まるで鳥が飛ぶ楽しさを初めて知ったような感覚だと、真衣は思う。
 たくさんの人がこの旋律を聴いている、自分の謡を聴いてくれている。
 終わって欲しくないと思うと同時に終わるからこそ美しいのだとも思う。
 アナスタシアも楽しそうに先ほどよりも緊張の解けた旋律を奏でる、いつの間にか周りには人だかりが出来ていた。
 二人のリサイタルが終わった瞬間、街が割れるような拍手と歓声が響く。
 真衣は終わってしまったとアナスタシアを見れば彼女も同じ心境なのか、へにゃりと笑う。ちゃっかりと鑑賞料を徴収する座長を後目に真衣はアナスタシアに手を差し出す。

「ありがとうございます、アナスタシアさん」
「滅相もありません、皇女さま」

 そう言葉では云いながらも今の音楽で通じるものがあったのだろう、握手に応じたアナスタシアに真衣は笑顔を返した。
 アナスタシアの所属するキャラバン、デッグ一団は家族経営なのだと云う。
 旅先のことを口外することはけしてないから安心してくれと悪い顔をして笑う座長はまたどこかで会うことがあれば、また一緒にリサイタルしてくれと云って見せた。

「楽しかった?」
「うん、とっても!」

 暗乃の言葉に真衣は笑顔で答える。
 本当に本当に楽しかったのだ、爆発しそうな感情が喜びにもあるのだと真衣は知った。
 そこではっと気づく。

「暗乃、さっきの銀貨!」
「いいよ、返して貰ったから」
「どうやって……?」
「秘密」

 そんなことより、と暗乃は真衣に手招きする。
 他にも回れていない場所があると云うのだ。
 それに着いて行きながら、またどこかで出会えれば、と真衣は心の中で強く願った。
 そこからの露店は食事系が多く、全て回った時にはさすがに真衣もくたくたになっていた。
 暗乃が適度に飲み物などを勧めてくれてはいたが、それでも疲労は蓄積するものだ。
 ああでも、と真衣は今日の宿を考え微笑みが零れる。
 遠い昔、夜が怖いと泣いて兄の部屋で寝たことがある。
 侍女がそれを知らず真衣が失踪した騒ぎになってからは止めたのだが。
 建物の前には鼓が立っており、少し難しい顔をしたものの屋敷の中へと戻った。

「いやー、盛り上がっていましたね、真衣さま」
「そんなに、ですか」
「箝口令は絶対です、問題はありませんがこちらにも歓声が聞こえてきましたよ」

 屋敷に入ってダゴンにそう云われ真衣はさすがにやりすぎたかと目を逸らす、鼓の難しい表情はこのことだったのだろう。
 今日はもう休むように云われ、明日話をしようとダゴンは丁寧に伝えて来る。
 鼓が現在の真衣の、そして傀の状況を伝えたのだろう、真衣は気を引き締め頷いた。
 先に部屋に戻ろうとする暗乃を引き留め真衣は大事にしまっていた袋を取り出した。

「うん?」

 本当にわからないと云う顔で首を傾げる暗乃に真衣は袋を両手で持って差し出す。

「いつも、ありがとう、と思って」
「僕に?」

 ぽかんとした顔と少し情けないような声で自分を指さす暗乃に真衣は何度も頷く。
 今日はとても楽しい一日だった、何よりここまで来れたのは暗乃のおかげなのだ。
 暗乃は自分を指さしていた手で口元を抑えた後、真衣から袋を受け取った。

「僕のほうこそありがとう、大切にするね」

 嬉しそうに笑う顔を見て、真衣は安心して肩を撫でおろした。
 部屋に戻りながら今日のことを反芻する。
 たくさんのことがあった、楽しいこと嬉しいこと、そしてそこに暗乃がいたこと。
 真衣は部屋に入り首を傾げる。
 暗乃を誘ったのは自分なのだからそこに暗乃がいるのは当たり前のことなのだ。
 少し考えて真衣はゆっくりと眠りに落ちていった。

──夢を見る。
 優しい夢だ。
 陽だまりの中で見るような夢。
 幸せをその夢を見る時は感じている。
 それでもその幸せな感覚はいつか終わることを知っていて。
 それでも、だからこそこの瞬間を愛そうと夢の中で私は思うのだ。

 夢を見た。
 そんな気がする。
 嫌なものではなかったことだけは確実だ。
 真衣はそこが傀が用意していた部屋だと気付くのに少し時間を掛けながら寝ぼけた頭で、何だったっけと首を傾げた。
 シャワーを浴び昨日買い直したワンピースに身を包む。
 今までのものも良かったが今回は露店で色々と悩んだ上で買ったものだ、今までの選択肢がない状況で選んだものとは異なる。
 鏡で身の回りをチェックし、ふと母の言葉を思い出す。

「女の一番の武器は、笑顔」

 ぼそっと呟きながら真衣は鏡に向かって笑って見せる。
 何となく違う気がして照れくさくなって止めて、廊下に出る。
 朝食は準備してくれると云う話だったはずだ。
 そこで様々な話が聞けるのだろう。
 朝食の席にはもう暗乃がいた、そしてその耳には昨日真衣がプレゼントしたピアスが光っていた。
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