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夕恋
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勇気を出して重い扉を開けた。
そこは田舎のカフェだった。明るい木目調の広い店内には、いくつかの丸テーブルに、そして奥にはカウンターが五席。どうやら先客はいないようだ。あちらこちらに観葉植物が広がる店内にはさわやかな夏の夕日が射し込んでいる。入り口近くのアップライトピアノが、この田舎のカフェをどこか格調高いものにしている。
「いらっしゃいませ」
このカフェ全体を包みこむような上品なきらめく声が耳をなで、全身に鳥肌が走った。うつむいていた顔を上げると、カウンターの奥から輝く瞳がまっすぐにこちらの眼の玉を射抜いた。思わずうぶな僕は気恥ずかしさのために眼をそらしかけたが、あまりの美しさのためにそらせない。強烈な拮抗の中で心動かされ混乱しながら僕はおずおずと店内に入っていった。歳はおそらく僕と同じかわずかに下かもしれない。二十歳前後という、退きながらもまだ確かに残っている幼さと若さ、これと育ちかけている成熟した心とがせめぎ合っている最も美しい歳頃の乙女に僕は恋をした。
吸い寄せられるように彼女に最も近いカウンター席に腰を下ろした。一杯の水とメニューを渡された時、心臓が内側から規則的に強く胸骨を叩くのを感じた。心に余裕を持つんだ!余裕を!
気を紛らわせるために周囲をちらり見渡すと、窓の外でおばさんがジョウロで水をまいている。どうやら屋外にも席があるらしく、そこにも観葉植物が広がっているらしい。それに水をやっているこのおばさんがおそらく店長だろう。歳は五十代半ば、もしかしてこの美女の母親か?あるいはこの美女はアルバイト?
「アメリカンコーヒーをください」
「はい」
この一往復の会話だけで僕は幸福だった。しかし、幸福は尽きても尽きないものです。もっと会話を!
機会を見計らっては、ありきたりのことを一つ二つ言ってみる。ぎこちないながらも返事が返ってくる。それがたまらなく嬉しくてまたたわいもないことを二言三言、今度はこちらの眼を見て返事が返ってきた。僕の掌から一滴がしたたり落ちた。
「どうぞ」
コーヒーは、ベージュとアイボリーであしらわれたカップとソーサーとともに僕の目の前に置かれた。添えられている小さなクッキーをよけて、コーヒーを一口いただくとまあまあ美味しい。しかしそれどころではない。なんとかもっと話をしたい!覚えてもらいたい!
そこに外から店長らしきおばさんが戻ってきた。このおばさんは母親か?
僕はこのおばさんの前でこの後光さす美人と会話することはできなかった。向こうもそれを察したのか、そわそわそわそわ、互いに目があってはそらし、そらしてはまたあい、ちぐはぐはらはらどきどき。
しばらくすると、用を頼まれたのか裏に引っ込んでしまって出てこない。おばさんと二人きりでは気まずいので話をすれば意外と盛り上がる。なぜならば余計な緊張がお互いにないからだ。しばらく盛り上がっていると、裏から美女が現れた!かわいい赤と黄緑のチェックのエプロンは外していて、アップだった髪も下ろしている。
「おつかれさまでした」
とおばさんに向かい挨拶をしたので、おそらくおばさんの娘ではなくアルバイトだろう。
「さよなら」
とこちらにも!ああ!こんなに幸せな日があってもいいのだろうか!
それからというものおばさんと音楽の話をかわしながら、あっという間に一杯のコーヒーを飲み干し、小さなクッキーを一口で平らげると、会計を済まし外へ出た。
日は落ちて星空の明るさが目立つほどの暗い夜、涼しい清らかな風に吹かれて家路につきながら考えた。またここへ来ればしつこくくどい、もうここへ来ないのはさびしくてあまりに情がない。来ようか来まいか迷う。しかし、その答えは時が来ればきっと、この風が教えてくれるだろう。
そこは田舎のカフェだった。明るい木目調の広い店内には、いくつかの丸テーブルに、そして奥にはカウンターが五席。どうやら先客はいないようだ。あちらこちらに観葉植物が広がる店内にはさわやかな夏の夕日が射し込んでいる。入り口近くのアップライトピアノが、この田舎のカフェをどこか格調高いものにしている。
「いらっしゃいませ」
このカフェ全体を包みこむような上品なきらめく声が耳をなで、全身に鳥肌が走った。うつむいていた顔を上げると、カウンターの奥から輝く瞳がまっすぐにこちらの眼の玉を射抜いた。思わずうぶな僕は気恥ずかしさのために眼をそらしかけたが、あまりの美しさのためにそらせない。強烈な拮抗の中で心動かされ混乱しながら僕はおずおずと店内に入っていった。歳はおそらく僕と同じかわずかに下かもしれない。二十歳前後という、退きながらもまだ確かに残っている幼さと若さ、これと育ちかけている成熟した心とがせめぎ合っている最も美しい歳頃の乙女に僕は恋をした。
吸い寄せられるように彼女に最も近いカウンター席に腰を下ろした。一杯の水とメニューを渡された時、心臓が内側から規則的に強く胸骨を叩くのを感じた。心に余裕を持つんだ!余裕を!
気を紛らわせるために周囲をちらり見渡すと、窓の外でおばさんがジョウロで水をまいている。どうやら屋外にも席があるらしく、そこにも観葉植物が広がっているらしい。それに水をやっているこのおばさんがおそらく店長だろう。歳は五十代半ば、もしかしてこの美女の母親か?あるいはこの美女はアルバイト?
「アメリカンコーヒーをください」
「はい」
この一往復の会話だけで僕は幸福だった。しかし、幸福は尽きても尽きないものです。もっと会話を!
機会を見計らっては、ありきたりのことを一つ二つ言ってみる。ぎこちないながらも返事が返ってくる。それがたまらなく嬉しくてまたたわいもないことを二言三言、今度はこちらの眼を見て返事が返ってきた。僕の掌から一滴がしたたり落ちた。
「どうぞ」
コーヒーは、ベージュとアイボリーであしらわれたカップとソーサーとともに僕の目の前に置かれた。添えられている小さなクッキーをよけて、コーヒーを一口いただくとまあまあ美味しい。しかしそれどころではない。なんとかもっと話をしたい!覚えてもらいたい!
そこに外から店長らしきおばさんが戻ってきた。このおばさんは母親か?
僕はこのおばさんの前でこの後光さす美人と会話することはできなかった。向こうもそれを察したのか、そわそわそわそわ、互いに目があってはそらし、そらしてはまたあい、ちぐはぐはらはらどきどき。
しばらくすると、用を頼まれたのか裏に引っ込んでしまって出てこない。おばさんと二人きりでは気まずいので話をすれば意外と盛り上がる。なぜならば余計な緊張がお互いにないからだ。しばらく盛り上がっていると、裏から美女が現れた!かわいい赤と黄緑のチェックのエプロンは外していて、アップだった髪も下ろしている。
「おつかれさまでした」
とおばさんに向かい挨拶をしたので、おそらくおばさんの娘ではなくアルバイトだろう。
「さよなら」
とこちらにも!ああ!こんなに幸せな日があってもいいのだろうか!
それからというものおばさんと音楽の話をかわしながら、あっという間に一杯のコーヒーを飲み干し、小さなクッキーを一口で平らげると、会計を済まし外へ出た。
日は落ちて星空の明るさが目立つほどの暗い夜、涼しい清らかな風に吹かれて家路につきながら考えた。またここへ来ればしつこくくどい、もうここへ来ないのはさびしくてあまりに情がない。来ようか来まいか迷う。しかし、その答えは時が来ればきっと、この風が教えてくれるだろう。
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