【完結】5年続いた男女の友情、辞めてもいいですか?

たちばな立花

文字の大きさ
21 / 75

21.そういう気分じゃないの

しおりを挟む
 歩くたびに痛む足では、アウルに迷惑をかける。
 彼に格好悪いところは見せたくなかった。
 父からの仕打ちも知られたくはない。原因が狩りに行ったことだと知ったら、アウルが悲しむだろうから。

「……悪いけど、私はそういう気分じゃないの」

 マデリンは絞り出すように言った。
 アウルがポツリと呟く。

「そうか」

 マデリンは慌てた。
 アウルを傷つけたのではないかと思ったからだ。

「あなただってダンスは嫌いでしょ?」
「まあ、そうだな。あまり好きではないな」

 アウルは困ったように笑って頭をかく。

「ダンスが嫌いなのにわざわざ私を誘わなくてもいいのよ」

 マデリンはいつになく早口になる。
 もっといい言い訳を考えているのに、こういうときはまったく出てこない。

「そんなふうに気を遣わなくて大丈夫だから……」
「ああ、そうだな。ありがとう」

(なんで今日なのよ)

 今日でなければ。
 今日でなければその手を取ることができたのに。
 今まで一度だってマデリンを誘ったこともないのに。

「マデリン。なら、あっちに軽食を食べに行こう」

 アウルがマデリンの手を引く。
 マデリンは一生分のチャンスを逃したのかもしれない。
 もう二度と、アウルはマデリンをダンスにはさそわないかもしれない。
 膝の裏がジクジクと痛んだ。

 ***

 マデリンは次の日から、ほとんどをベッドの上で過ごした。
 傷が痛いからだ。
 けっして、ダンスのことを引きずっているわけではない。

「お嬢様、大丈夫ですか?」
「大丈夫ではないわ。今回はまだ痛むの」

 マデリンは枕に顔を埋めた。

「腫れも傷もおさまったのですが……。お医者様をこっそりお呼びしますか?」
「いいわ。寝てれば治るはずよ」

 この痛みは医者では治せない。しかし、マデリンも治し方はわからなかった。

「わかりました。招待状がたまってますから、もしも調子がよくなったらご確認ください」
「そう……」

 テーブルの上には山のような招待状があった。
 ルイードと婚約破棄をしてから、招待状が増えたように感じる。
 令嬢たちはスキャンダルが大好きだ。きっとマデリンの口から真相を聞きたいのだろう。
 好奇心旺盛な同年代の令嬢の顔を思い浮かべる。

(今はそんな気分じゃないんだけど)

 けれど、ベッドの上にいても考えるのは先日のダンスのことばかり。
 あのあと、アウルとは何事もなかったかのように過ごした。
 ダンスに誘われたのは、マデリンの見た夢だったのではないかというほど普通に。
 だからこそ不安になる。
 アウルはダンスを断った新しい婚約者に嫌気がさしていないだろうか。
 マデリンは膝を抱えた。

(私の馬鹿。なんで断ったのよ)

 痛みに耐えて手を取っていれば、毎回誘ってくれたかもしれない。
 先日断ったせいで、もうアウルは二度とマデリンをダンスに誘わないだろう。

(馬鹿、馬鹿、馬鹿……)

 この五年間、何度夢見ただろうか。
 彼の手を取ってダンスを踊る姿を。
 運命は意地悪だ。

(うじうじしてても、何にもならないわ)

 マデリンはベッドから出ると、招待状を手に取った。
 メイドは優秀で、上から期日が近い順番に招待状が並んでいる。
 だから、それの一番上を開いた。そして、ほとんど内容も読まずに返事を書いたのだ。

「これに参加するわ」
「お茶会ですか? 珍しいですね」
「そういう気分なの」

 お茶会なんて趣味ではない。しかし、何か環境を変えないと、自分の後悔に押しつぶされそうだったのだ。
 だからと言って、すぐにアウルに会いに行く気にはなれない。
 会えば余計なことを言ってしまいそうだったのだ。
 お茶会はちょうどよかった。

 ***

 数日後、予定通りマデリンはお茶会に参加した。
 席に座るマデリンを見て、令嬢たちはみんな同じ顔をする。
 珍しいものでも見たかのような顔だ。
 社交場を嫌い、最低限しか参加しないことで有名なマデリンが来たからだろうか。

「マデリンがお茶会に!?」

 最初に声を上げたのは、ハンナだった。
 彼女はどのお茶会にもいる。
 毎日のようにお茶会に参加してるのに、抜群のプロポーションを維持しているのはどうしてだろうか。
 ハンナはすぐさまマデリンに飛びついた。

「聞いていないわ! お茶会に来るなら来るって連絡してちょうだいよ」
「そういう気分になったの」
「マデリンが? あのマデリン・トルバが!?」

 ハンナは楽しそうに笑うとマデリンの隣に腰を下ろした。

「噂の婚約者さんと夜会に行ったって聞いたわ」
「情報が早いわね」
「なんで教えてくれなかったのよ! 教えてくれていたら私も潜入していたのに!」

 ハンナは頬を膨らませた。

「私にハンナの好奇心を満たす義務はないわよ」
「もう……。私はマデリンがどんな顔で婚約者の隣に立つのか見たかっただけよ」
「それを好奇心というのではなくて?」

 ハンナはペロリと舌を出した。

「せっかくクズと縁が切れたんだから、幸せになってほしいじゃない?」
「案外、友人思いなのね」
「それはそうよ! マデリンは親友だもの。あ、噂をすれば、クズ男の新しい婚約者さんが来たわ」

 ハンナが目を細めて笑う。
 彼女の視線を辿ると、一人の令嬢に行き着いた。

(新しい婚約者?)

 マデリンは何度か目を瞬かせた。

「もう忘れちゃったの? 元婚約者の浮気相手のナターシャさんよ」
「ああ、あのときの」

 あられもない姿で気絶した、ルイードの浮気相手だ。
 ナターシャという名前だったのか。
 彼女はマデリンをキッと睨みつけた。
 そして、すぐに取り出した扇子で口もとを隠す。

「あら、誰かと思えばルイード様に捨てられた、元婚約者さんじゃない?」

 捨てられたというのは少々語弊があるような気がするが、似たようなものだろうか。
 マデリンは紅茶を飲みながら、笑みを浮かべた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

ほーみ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】捨てたものに用なんかないでしょう?

風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。 戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。 愛人はリミアリアの姉のフラワ。 フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。 「俺にはフラワがいる。お前などいらん」 フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。 捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。 ※他サイト様にも載せています。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

処理中です...