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42.若奥様
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マデリンはゆっくりと息を吐いて、アウルに言った。
「お揃いで作るなら、作ってもいいわよ」
「お揃い?」
不思議そうにアウルが首を傾げる。
心臓が張り裂けそうなほど緊張していた。
「仲良しアピール。……するんでしょう?」
「ああ、そうだった」
マデリンがどうにか絞り出した言葉を聞いて、アウルは破顔した。
「それなら二人分作ろう。マデリンの父君も納得のお揃いの服を」
この笑顔を見ていると、彼はマデリンのことを好きなんじゃないかと思うときがある。
しかし、それは幻想だ。彼は友人としてマデリンに接しているのだと理解していることは、わかっているではないか。
いや、そうなのだとマデリンは自分自身に言い聞かせた。
そうしないとマデリンの心が傷ついてしまいそうだったからだ。
期待は時に急所を狙う銃弾のような威力を発揮するときがあるから。
マデリンの心の内など知らないアウルが、話を続けた。
「足が治ったら、うちに来るといい」
「アウルの? どうして?」
「まずは乗馬から慣らさないと」
「そうね。でも、そうなると毎日行かないと」
マデリンは冗談めかして言った。
「構わない。つきっきりにはなれないかもしれないけど」
当然とでも言うかのように、アウルは頷いた。
冗談が冗談として通じなくて、マデリンは面食らってしまった。
「さすがに迷惑になるわ」
「ただの友人なら迷惑だけど、マデリンは婚約者だろ? 周りも仲がいいなと思うくらいだろう」
「そう……ね」
マデリンはアウルとのいつも距離感を測りかねている。
恋人ではない。
でも婚約者で、二人の友情は一応形を保って五年続いている。
曖昧な距離を取ろうとすると、アウルはマデリンの懐に入ってくる。
マデリンはいつもアウルに翻弄されっぱなしだ。
彼の友人として、そして妻として側にいられるだけでいい。そう思っていたのに、もっと深い関係を望みそうになる。
どんどんわがままになる自分自身がこわかった。
今はこの婚約者という不安定な関係を楽しむべきなのだろう。
自身の中に渦巻く感情を隠して、マデリンは笑みを浮かべる。
「仲よしアピールのために、頑張ろうかしら」
「ああ、ぜひ頼む。今日は猟銃を構える練習からだな」
アウルは猟銃をマデリンに手渡す。ずっしりと重い。
しかし、気持ちは浮き立っていた。
また、昔のように野を駆け回る日々を想像して。
***
それからの毎日は幸せだった。
マデリンの人生で五本の指に入るだろう。
足の傷が治るまで、本当にアウルはマデリンのもとへ通ってきた。
アウルは次期侯爵。しかも、両親は今領地に行っているらしく、戻ってくるあいだ王都の屋敷はアウルが管理しているはずだ。
忙しくないわけがないのに、彼は必ず来て侍女に賄賂を渡し、マデリンの側にい続けた。
今日もアウルは手土産とともにマデリンの部屋を訪れる。侍女や他の使用人たちも慣れた様子で対応していた。
「もう傷も治ったと思う。だから、この生活も終わりね」
「そうか。来る理由がなくなるのは残念だが、よかった」
アウルは目を細めて笑い、何度も頷く。
「私の見舞いとかこつけて、サボれなくなってしまうわね」
素直に「ありがとう」と言いいたいのに、なかなかマデリンの口は素直になれない。
もっと言い方があったのではないかと、内心悔いているとアウルは笑った。
「本当だ。残念だな。でも、明日からはうちに来てサボる口実をくれるだろ?」
(懐が深いというか……)
マデリンは小さくため息をつく。
彼は素直に礼すら言えないマデリンとは違う。
「しかたないわねぇ……。次は私が賄賂を配る番かしら?」
「それはいい。未来の若奥様から賄賂なんてもらったら、みんな涙を流して喜ぶだろうな」
アウルの口から『若奥様』という単語が出てきて、マデリンの胸が跳ねた。
彼にとってはなんとなしに言った言葉なのだろう。
「若奥様だなんて、気が早すぎるわ」
「そんなこと言っていると、すぐ来るぞ」
結婚の準備は着々と進んでいる。
マデリンのやることも多いが、ほとんどのことは母や使用人がやってくれる。
だから、まだ実感が湧いていなかった。
「そうね。早く慣れるためにも今から足しげく通わないといけないわね」
この結婚はマデリンから提案したものだ。それのに、はずかしがっていてはアウルから変に思われるに違いない。
だから、なんともないふりをして笑って見せるのだ。
***
次の日から、マデリンはルート家に通うことになった。
毎日の手土産を考えるのは大変ながらも楽しい。使用人たちがどういう物を好むかわからなかったため、侍女や使用人たちから意見を聞いた。
みんな、そんなマデリンに協力的だ。アウルからの賄賂をたくさんもらったからだろう。
愛馬の世話をし、一緒に駆け回った。
アウルと一緒のときもあれば、マデリンひとりのときもある。
彼は侯爵代理としての仕事があるのだ。
マデリンが愛馬と戯れていると、足音が聞こえた。振り向きながら声をかける。
「アウル、早かったの――……ね」
マデリンは目を見開いた。後ろに立っていたのが、アウルではなかったからだ。
「やあ、マデリン」
「お揃いで作るなら、作ってもいいわよ」
「お揃い?」
不思議そうにアウルが首を傾げる。
心臓が張り裂けそうなほど緊張していた。
「仲良しアピール。……するんでしょう?」
「ああ、そうだった」
マデリンがどうにか絞り出した言葉を聞いて、アウルは破顔した。
「それなら二人分作ろう。マデリンの父君も納得のお揃いの服を」
この笑顔を見ていると、彼はマデリンのことを好きなんじゃないかと思うときがある。
しかし、それは幻想だ。彼は友人としてマデリンに接しているのだと理解していることは、わかっているではないか。
いや、そうなのだとマデリンは自分自身に言い聞かせた。
そうしないとマデリンの心が傷ついてしまいそうだったからだ。
期待は時に急所を狙う銃弾のような威力を発揮するときがあるから。
マデリンの心の内など知らないアウルが、話を続けた。
「足が治ったら、うちに来るといい」
「アウルの? どうして?」
「まずは乗馬から慣らさないと」
「そうね。でも、そうなると毎日行かないと」
マデリンは冗談めかして言った。
「構わない。つきっきりにはなれないかもしれないけど」
当然とでも言うかのように、アウルは頷いた。
冗談が冗談として通じなくて、マデリンは面食らってしまった。
「さすがに迷惑になるわ」
「ただの友人なら迷惑だけど、マデリンは婚約者だろ? 周りも仲がいいなと思うくらいだろう」
「そう……ね」
マデリンはアウルとのいつも距離感を測りかねている。
恋人ではない。
でも婚約者で、二人の友情は一応形を保って五年続いている。
曖昧な距離を取ろうとすると、アウルはマデリンの懐に入ってくる。
マデリンはいつもアウルに翻弄されっぱなしだ。
彼の友人として、そして妻として側にいられるだけでいい。そう思っていたのに、もっと深い関係を望みそうになる。
どんどんわがままになる自分自身がこわかった。
今はこの婚約者という不安定な関係を楽しむべきなのだろう。
自身の中に渦巻く感情を隠して、マデリンは笑みを浮かべる。
「仲よしアピールのために、頑張ろうかしら」
「ああ、ぜひ頼む。今日は猟銃を構える練習からだな」
アウルは猟銃をマデリンに手渡す。ずっしりと重い。
しかし、気持ちは浮き立っていた。
また、昔のように野を駆け回る日々を想像して。
***
それからの毎日は幸せだった。
マデリンの人生で五本の指に入るだろう。
足の傷が治るまで、本当にアウルはマデリンのもとへ通ってきた。
アウルは次期侯爵。しかも、両親は今領地に行っているらしく、戻ってくるあいだ王都の屋敷はアウルが管理しているはずだ。
忙しくないわけがないのに、彼は必ず来て侍女に賄賂を渡し、マデリンの側にい続けた。
今日もアウルは手土産とともにマデリンの部屋を訪れる。侍女や他の使用人たちも慣れた様子で対応していた。
「もう傷も治ったと思う。だから、この生活も終わりね」
「そうか。来る理由がなくなるのは残念だが、よかった」
アウルは目を細めて笑い、何度も頷く。
「私の見舞いとかこつけて、サボれなくなってしまうわね」
素直に「ありがとう」と言いいたいのに、なかなかマデリンの口は素直になれない。
もっと言い方があったのではないかと、内心悔いているとアウルは笑った。
「本当だ。残念だな。でも、明日からはうちに来てサボる口実をくれるだろ?」
(懐が深いというか……)
マデリンは小さくため息をつく。
彼は素直に礼すら言えないマデリンとは違う。
「しかたないわねぇ……。次は私が賄賂を配る番かしら?」
「それはいい。未来の若奥様から賄賂なんてもらったら、みんな涙を流して喜ぶだろうな」
アウルの口から『若奥様』という単語が出てきて、マデリンの胸が跳ねた。
彼にとってはなんとなしに言った言葉なのだろう。
「若奥様だなんて、気が早すぎるわ」
「そんなこと言っていると、すぐ来るぞ」
結婚の準備は着々と進んでいる。
マデリンのやることも多いが、ほとんどのことは母や使用人がやってくれる。
だから、まだ実感が湧いていなかった。
「そうね。早く慣れるためにも今から足しげく通わないといけないわね」
この結婚はマデリンから提案したものだ。それのに、はずかしがっていてはアウルから変に思われるに違いない。
だから、なんともないふりをして笑って見せるのだ。
***
次の日から、マデリンはルート家に通うことになった。
毎日の手土産を考えるのは大変ながらも楽しい。使用人たちがどういう物を好むかわからなかったため、侍女や使用人たちから意見を聞いた。
みんな、そんなマデリンに協力的だ。アウルからの賄賂をたくさんもらったからだろう。
愛馬の世話をし、一緒に駆け回った。
アウルと一緒のときもあれば、マデリンひとりのときもある。
彼は侯爵代理としての仕事があるのだ。
マデリンが愛馬と戯れていると、足音が聞こえた。振り向きながら声をかける。
「アウル、早かったの――……ね」
マデリンは目を見開いた。後ろに立っていたのが、アウルではなかったからだ。
「やあ、マデリン」
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