【完結】5年続いた男女の友情、辞めてもいいですか?

たちばな立花

文字の大きさ
44 / 75

44.うるさい男

しおりを挟む
 最初、ルイードの言いたいことがわからなかった。
 ルイードからナターシャを引き離したかった? どうしたらそんな発想に行き着くのだろうか。
 ルイードと婚約していた五年間、彼の浮気はあの一回ではない。もしも浮気を止めたいのであれば、もっと早くに動いている。
 マデリンはこめかみを押さえた。

「おかしなことを仰るのですね。私は未練などありません」
「当てつけのようにすぐ新しい婚約を結んでおきながら?」

 ルイードは昔からマデリンの言葉など耳に入れない。彼の中でマデリンは「ルイードとナターシャを引き離したかったのに婚約破棄になってしまったかわいそうな令嬢」なのだろう。
 想像するだけでうんざりする。
 その上、「当てつけにアウルとの婚約を結んだ」と言い出したのだから。

「そうでなければ、アウル・ルートなんかと婚約を結ぶわけがない」

 ルイードは信じて止まないのだろう。
 自分と結婚することがマデリンの一番の幸せであると。
 公爵夫人になることをマデリンは望んでいると、本気で思っているのだ。
 マデリンは深いため息をついた。

「ほんっとうに、うるさい男ね」

 腹の底から低い声が出る。
 もう婚約者でもなんでもない。顔色を伺う必要もないのだ。
 そもそも、婚約者だったとしてもしおらしくしている必要はなかったのではないか。

(婚約者だったときから私はどうにかしていたわ)

 祖父が亡くなり、マデリンの周りには味方がいなくなった。だから、身を守ることに徹していた五年だったと思う。
 けれど、今は違う。
 少なくとも、アウルはマデリンの味方だ。
 それが愛ではなく友というなの情だったとしても。

「私のことは好きに言っていいわ。でもアウルのことを悪くいうことは許さない」

 ルイードは目を丸くしたまま硬直した。

「あなたにはアウルが下に見えているようだけれど、アウルはあなたたちとは違うわ」

 アウルはルイードや父とは違う。
 彼の頬が引きつった。

「馬鹿を言うな! 僕よりもあんな地味で冴えない男を選ぶだと?」
「多くの令嬢は結婚相手を選べるなら、派手に遊んでいる男よりも誠実な男を選ぶと思いますが」

 アウルを地味で冴えないと評するのは、彼のことを知らないからだ。
 彼は誠実で少し不器用なところがある。
 彼を知れば知るほど、彼のよさに気づくだろう。

「五年前、選べる立場だったら私はあなたを選んでいないわ。父に押しつけられたからしかたなく受け入れただけ」

 ルイードの顔が歪む。

(ようやく言えた)

 ずっと、我慢していた言葉だ。
 マデリンは思わず頬を緩めた。
 マデリンは一度だってルイードとの結婚を望んだことはない。
 父が公爵家との繋がりを求めたから。そして、ルイードが求める公爵夫人像にマデリンが一番近かったからだろう。

「あんな男の何がいい? 公爵夫人になるよりも魅力的だと?」
「アウルは私から何も奪わなかった」
「……は?」

 アウルのいいところはたくさんある。
 それを今、一つずつ並べるつもりはなかった。何を言っても無駄だとわかっているのだ。
 ルイードに言葉は通じない。
 まったく別の言語を話す別の個体だと思ったほうがいいくらいだ。

「アウルは私を私でいさせてくれる。あなたは私からすべてを奪って、家畜のように飼おうとしたわ」

 父もそうだ。父もルイードもマデリンから何もかも奪っていった。
 野蛮だという、それだけの理由でマデリンから狩猟という趣味を。
 祖父の形見を。
 子どものころから連れ添った愛馬を。

「女は男に従うものだ。君に公爵夫人という名誉では足りないというのか?」
「私がそれを欲しいと言ったことがありますか?」

 マデリンにだって分別はある。
 貴族として、令嬢として生まれた以上、責任が伴うことはわかっている。
 好きなことだけをして生きていけるとは到底思ってはない。
 いつか他家に嫁ぎ、夫人としての役割をこなしていく覚悟は出来ていた。
 しかし、大切なものをすべて奪われ、夫人としての義務だけを落ち着けられるのは耐えられなかっただろう。
 長い人生の中のたった五年。
 その五年ですら耐えがたい息苦しさを感じて生きてきたのだ。

「公爵夫人の価値がなぜわからない?」
「高価な宝石に魅力を感じる人もいれば、いない人もいる。あなたと私の価値観が違うだけでしょう」

 ルイードは納得できないといった様子で顔を歪めた。
 この男の悪いところだ。他人の気持ちなど考えたことがないのだろう。

「その価値がわかる相手が近くにいるではありませんか」
「あの女にそこまでの器量はない」
「宝石は磨けば輝きますよ」

 マデリンの言葉にルイードは鼻で笑った。

(このまま続けていても、時間の無駄ね)

 堂々巡りになることは想像に容易い。

「用件がそれだけでしたら、そろそろ帰っていただけますか? 私も忙しいので」

 マデリンはルイードに背を向けた。そして、愛馬を撫でる。
 このまま馬に乗って逃げてしまえばいい。そう、思った。マデリンがいなくなれば、彼も諦めて帰るだろう。
 そう考えたのだ。

「マデリン! まだ、話は終わっていない!」

 ルイードがマデリンの腕をつかむ。

「離して!」

 マデリンは大きな声で叫んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

ほーみ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

処理中です...