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68.恩情に揺れる心
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マデリンはにこやかに笑みを浮かべた。
その問いは想定内だ。
この狩猟大会に参加すると決めたときから、アウルたちと相談を重ねてきた。
「殿下に覚えていただき光栄です」
「もちろんだ。体調を崩していると聞いていたが……」
「はい。長いあいだ体調を崩していたのですが、だいぶ調子が戻って参りました。ぜひ、今回の狩猟大会に参加したいと父にお願いしたのですが、心配されてしまいまして……」
マデリンは眉尻を下げる。
王太子は納得顔で頷いた。
「親とはそういうものだろう。私もよく父王に心配をかけている」
「はい。ですが、本日は殿下の大切な日。少しでも参加したいと思い、婚約者のアウル様に相談をさせていただきました」
「その気持ち、感謝する。しかも、一人の命を助けたとあってはあまり咎められないな」
王太子は小さく息を吐いた。
タイミングを見計らって、アウルがマデリンの隣に並ぶ。そして、マデリンに助け船を出した。
「殿下、マデリン嬢がいなければ、ナターシャ嬢は助けられなかったかもしれません」
「そうか。二人とも、よくやった」
「私たちは当然のことをしたまでです」
「しかし……なぜこの者はナターシャ嬢を狙ったのか」
王太子は地面に転がる男のもとへと歩いた。王太子の従者たちが慌てて男を拘束する。
少しでも王太子に危害を加える隙を与えないためだろう。
男は朦朧とした目で王太子を見つめた。
「この者はルイードの従者だというのは本当か?」
「……はい。アレス家の使用人で間違いありません」
ルイードが硬い表情で言った。
(全部吐いてくれれば楽なんだけど……)
男に忠誠心があるのか。そこが問題だ。
マデリンは静かに男を見つめた。
王太子は虚ろな目をした男には問う。
「なぜ、ナターシャ嬢を狩場に誘い出し、命を狙った?」
男の目は王太子をとらえ、そしてまた離れていく。
悩んでいるようにも、葛藤しているようにも見える。
いや、ルイードの視線に怯えているのかもしれない。
素直に言っても、ルイードの名を出さなくても、この男に未来はないのだから。
「今回、幸い被害は出ていない。事実を話せば、温情を与えよう」
「殿下っ!?」
王太子の言葉に誰よりも早く反応したのは、ルイードだった。
「彼はアレス家の使用人です。アレス家で罰を与えましょう」
「いや、これは私が主催した狩猟大会で起こった。私が裁量すべきだ。そうは思わないか?」
王太子はみんなに視線を巡らせた。
貴族たちは深く膝を折り、「そのとおりでございます」と答えるだけだ。
王太子の見えないところで、ルイードは奥歯を噛み顔を歪めた。
「さて、男。話せ。なにゆえ、私の狩猟大会でこのようなことをしでかした」
王太子の怒りは男に向けられた。
この狩猟大会は、王太子にとって大切なものだ。王位継承権第一位の威厳を見せなくてはならないのだから。
(あのとき、アウルを止められて本当によかった)
マデリンは思い出して震えた手を握りしめる。
もしも、アウルが引き金を引いていたら、この男ではなくアウルが王太子の怒りをぶつけられていたのだ。
しばらくの沈黙のあと、男はブルブルと身を震わせたながら口を開いた。
「も、申し上げます。すべては若様の指示でございます」
「何を言っているんだ!?」
男の告白にルイードが叫んだ。
すぐさま王太子の従者がルイードを取り押さえる。
王太子はルイードを一瞥したのち、男に向き直した。
「続けよ」
「ナターシャ様は公爵夫人になるには狭量で、振る舞いもよろしくありません。若様はナターシャ様との婚約を白紙にしたいと考えてたおいででした」
男は震える声で、しかしはっきりと言った。
王太子の温情を期待してのことなのか、それとも諦めてしまったのかはわからない。
動機はマデリンとアウルが想像していたとおりだった。
そして、計画も。
「ルート家の若様に罪を着せ、再びマデリン様との婚約をと考えておいででした……。これが、すべてでございます」
男は深く深く頭を下げ、地に頭をこすりつけた。
「この男の処分は後ほど決める。牢に連れて行け。ルイード、そなたからも詳しく話を聞かなければならないようだ」
ルイードはわなわなと震え出した。
ナターシャがルイードの足にすがりつく。
「ルイード様、嘘ですよね? ルイード様が私を……だなんて」
ナターシャの声は震えていた。
愛している相手に命を狙われていたと知って、正気でいられるわけがない。
ルイードはナターシャを蹴ると、叫び声を上げた。
「うううううう……! おまえ達のせいだっ!」
ルイードは従者の腕の中で暴れる。王太子の従者を蹴り上げ、彼の腰にあった剣を引き抜く。そして、それを振り上げた。
「うああああああああ!」
その剣はまっすぐマデリンに向かっている。しかし、マデリンは突然のことに動けずにいた。剣を振り下ろすルイード、そんなルイードを止めようとする従者たち。
「マデリンッ」
名前を叫ばれ、われに返る。
その問いは想定内だ。
この狩猟大会に参加すると決めたときから、アウルたちと相談を重ねてきた。
「殿下に覚えていただき光栄です」
「もちろんだ。体調を崩していると聞いていたが……」
「はい。長いあいだ体調を崩していたのですが、だいぶ調子が戻って参りました。ぜひ、今回の狩猟大会に参加したいと父にお願いしたのですが、心配されてしまいまして……」
マデリンは眉尻を下げる。
王太子は納得顔で頷いた。
「親とはそういうものだろう。私もよく父王に心配をかけている」
「はい。ですが、本日は殿下の大切な日。少しでも参加したいと思い、婚約者のアウル様に相談をさせていただきました」
「その気持ち、感謝する。しかも、一人の命を助けたとあってはあまり咎められないな」
王太子は小さく息を吐いた。
タイミングを見計らって、アウルがマデリンの隣に並ぶ。そして、マデリンに助け船を出した。
「殿下、マデリン嬢がいなければ、ナターシャ嬢は助けられなかったかもしれません」
「そうか。二人とも、よくやった」
「私たちは当然のことをしたまでです」
「しかし……なぜこの者はナターシャ嬢を狙ったのか」
王太子は地面に転がる男のもとへと歩いた。王太子の従者たちが慌てて男を拘束する。
少しでも王太子に危害を加える隙を与えないためだろう。
男は朦朧とした目で王太子を見つめた。
「この者はルイードの従者だというのは本当か?」
「……はい。アレス家の使用人で間違いありません」
ルイードが硬い表情で言った。
(全部吐いてくれれば楽なんだけど……)
男に忠誠心があるのか。そこが問題だ。
マデリンは静かに男を見つめた。
王太子は虚ろな目をした男には問う。
「なぜ、ナターシャ嬢を狩場に誘い出し、命を狙った?」
男の目は王太子をとらえ、そしてまた離れていく。
悩んでいるようにも、葛藤しているようにも見える。
いや、ルイードの視線に怯えているのかもしれない。
素直に言っても、ルイードの名を出さなくても、この男に未来はないのだから。
「今回、幸い被害は出ていない。事実を話せば、温情を与えよう」
「殿下っ!?」
王太子の言葉に誰よりも早く反応したのは、ルイードだった。
「彼はアレス家の使用人です。アレス家で罰を与えましょう」
「いや、これは私が主催した狩猟大会で起こった。私が裁量すべきだ。そうは思わないか?」
王太子はみんなに視線を巡らせた。
貴族たちは深く膝を折り、「そのとおりでございます」と答えるだけだ。
王太子の見えないところで、ルイードは奥歯を噛み顔を歪めた。
「さて、男。話せ。なにゆえ、私の狩猟大会でこのようなことをしでかした」
王太子の怒りは男に向けられた。
この狩猟大会は、王太子にとって大切なものだ。王位継承権第一位の威厳を見せなくてはならないのだから。
(あのとき、アウルを止められて本当によかった)
マデリンは思い出して震えた手を握りしめる。
もしも、アウルが引き金を引いていたら、この男ではなくアウルが王太子の怒りをぶつけられていたのだ。
しばらくの沈黙のあと、男はブルブルと身を震わせたながら口を開いた。
「も、申し上げます。すべては若様の指示でございます」
「何を言っているんだ!?」
男の告白にルイードが叫んだ。
すぐさま王太子の従者がルイードを取り押さえる。
王太子はルイードを一瞥したのち、男に向き直した。
「続けよ」
「ナターシャ様は公爵夫人になるには狭量で、振る舞いもよろしくありません。若様はナターシャ様との婚約を白紙にしたいと考えてたおいででした」
男は震える声で、しかしはっきりと言った。
王太子の温情を期待してのことなのか、それとも諦めてしまったのかはわからない。
動機はマデリンとアウルが想像していたとおりだった。
そして、計画も。
「ルート家の若様に罪を着せ、再びマデリン様との婚約をと考えておいででした……。これが、すべてでございます」
男は深く深く頭を下げ、地に頭をこすりつけた。
「この男の処分は後ほど決める。牢に連れて行け。ルイード、そなたからも詳しく話を聞かなければならないようだ」
ルイードはわなわなと震え出した。
ナターシャがルイードの足にすがりつく。
「ルイード様、嘘ですよね? ルイード様が私を……だなんて」
ナターシャの声は震えていた。
愛している相手に命を狙われていたと知って、正気でいられるわけがない。
ルイードはナターシャを蹴ると、叫び声を上げた。
「うううううう……! おまえ達のせいだっ!」
ルイードは従者の腕の中で暴れる。王太子の従者を蹴り上げ、彼の腰にあった剣を引き抜く。そして、それを振り上げた。
「うああああああああ!」
その剣はまっすぐマデリンに向かっている。しかし、マデリンは突然のことに動けずにいた。剣を振り下ろすルイード、そんなルイードを止めようとする従者たち。
「マデリンッ」
名前を叫ばれ、われに返る。
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