【完結】後宮の才筆女官 

たちばな立花

文字の大きさ
4 / 8

04 忠告の鈴が鳴る

しおりを挟む
 後宮の妃にも苦悩はあるようだ。紅花は紅妃となって初めて知った。ずっと女官であったならば、この苦労を知らずにいただろう。

 煌びやかな服は重い。これこそが威厳を示す物の一つではあるが、ただの重しではないのか。頭には金や翡翠の簪をさす。三日経てば首の凝りがひどくなった。

(やっぱり人生身軽が一番)

 紅花は妃たちを前にその気持ちを強くするのだ。

 妃の数少ない仕事の中に、朝の挨拶がある。皇后に朝のご機嫌伺いに行くのだ。紅花はそのご機嫌伺いを十日も無視している。歯が痛いに始まって、昨日は何だっただろうか。

 焦らしに焦らして、今朝はとうとう皇后付きの侍女が迎えにやってきたのだった。

「おまえが新しく入ったという紅妃か。入内して以来毎日陛下の呼び出しを受けていると聞く」

 上座に座る皇后は威厳たっぷりに言った。左右の椅子に妃たちが並んで座る中、ぽつんと立たされたままの紅花はにこりと笑みを返す。

 皇后含め妃たちの冷たい視線に晒されながら、紅花は身震いした。

(これが話に聞く新人苛めね……)

 紙と筆が欲しい。この棘を全身で受ける感覚を鮮明に書き残さねば気が済まない。なぜ、この場には紙も筆も用意されていないのか。

「皇后陛下がお聞きなのよ。何とか言ったらどうなの?」

 皇后の右斜め前に座る妃が言った。名は知らない。右目の泣き黒子が印象的な妃だ。座っている位置からしても位の高い妃なのだろう。

 紅花は順繰りと妃たちを見る。全部で二十人はいるだろうか。この中に五人の妃を手に掛けた者がいる可能性が高い。

 全員ではないが、ほとんどが新しい寵妃に敵意を見せている。

 紅花は笑みを深めた。紅花が普通の妃であったならば震え上がるところだが、紅花は楽しくて仕方がない。まるで、物語の主人公を体験しているようではないか。

(四巻からは殿下の助手役を作るのもいいかも)

 相棒がいることで物語は深みを増すだろう。新しい構想が浮かび、紅花は緩む頬を止めることができなかった。

「紅妃。なんとか言いなさい」
「失礼いたしました」

 紅花は震える声で言った。恐怖からではない。笑いを堪えるのに必死だったのだ。肩が揺れる。

「初めてお姉様方にお会いするので、緊張してしまって……」

 紅花は袖で口元を隠す。これ以上言葉を紡げば、笑い転げてしまいそうだ。淑やかでひ弱なところを見せねばならない。犯人をおびき寄せるためには、容易く殺せると思わせる必要があるだろう。

 うつむきがちになりながら、紅花は膝を曲げた。

「わからないことだらけですので、お姉様方に色々教えていただけたら嬉しいです」

 今にも消え入りそうなほど弱々しい声で言う。紅花が殊勝な顔をして畏まると、皇后含め妃たちは満足そうに笑った。

 紅花の挨拶が終わると、下座に座らされ長話を聞かされたのだが、つまらなくてあまり覚えていない。皇帝を独り占めするのはいけないことだとか、三日も続けば他の妃を薦めるなど気を利かせることを示唆された。

真面目な顔をして頷きはするが、その指示に従う予定はない。

(きっと明日も怒られるんだろうな)

 今夜も皇帝は紅妃を夜の相手に指名するだろう。新しい妃にはまった愚かな皇帝を演じ、後宮の治安を守ろうとしているのだ。

 寵愛だけを求め、自身の保身ばかりを考える女たちはその事実に気づくことはないだろう。

 よくわからない朝の挨拶を終え蘇芳殿までの道を歩いていると、一人の妃から声を掛けられた。

「紅妃。少しいいかしら?」
「えっと……」
「私のことは鈴妃りんひと」
「鈴妃。すみません。まだ名前を覚えていなくて」
「いいのよ。私も覚えるのに苦労したもの」

 鈴妃は人のいい笑みを返すと、紅花の横を歩いた。

「今日はごめんなさいね。怖かったでしょう?」
「……はい少し」

 紅花はしおらしい様子で答えた。怖くないかと聞かれたら、そこまでの恐怖は感じなかった。死よりも怖いものはない。雲嵐に剣先を突きつけられたときよりは穏やかな気持ちだったと思う。

 しかし、犯人をおびき寄せるためにはか弱い妃のふりのほうがいいのだろう。

「最近色々あってみんなピリピリしているの」
「色々とは……?」
「……あまり脅したくはないのだけれど……」
「知らないほうが怖くて眠れません。教えてください」

 紅花は鈴妃の手を取って見つめた。

「そ、そこまで言うのなら……。私が言わなくても遅かれ早かれ誰かから聞くでしょうし」

 鈴妃は何度か悩む素振りを見せながらも、おずおずと話を始めた。

「最近、陛下の寵愛を受けた妃が謎の死を遂げているわ」
「謎の死……ですか。こわーい」

 紅花は高い声で言うと、身体を震わせた。少し大袈裟過ぎただろうか。しかし、鈴妃は気にしていないようだ。彼女は神妙な顔で頷く。

「もう五人よ」
「五人も亡くなっているのですか?」

(確か亡くなったのは三人だったはず。未遂が二人だとは聞いたけど)

 後宮内の情報を網羅しているわけではない。もしかしたら知り得ない情報があったのかもしれない。

「ええ、三人は陛下の寵愛を受けた妃。あとの二人は……」

 鈴妃は言い淀んで自身の腹を撫で、一筋の涙をこぼした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる

gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く ☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。

雪嶺後宮と、狼王の花嫁

由香
キャラ文芸
後宮に降る雪は、呪いではなく嘆きだった。 巫女として献上された少女セツナは、 封じられた狼王の“花嫁”としての前世を思い出す。 人と妖、政と信仰の狭間で、 彼女が選ぶのは従属ではなく均衡。 雪嶺を舞台に描く、異種婚姻×後宮伝承譚。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー 庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。 そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。 しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

下っ端宮女のひたむき後宮恋譚 ~前世の夢を追いかけていたらいつのまにか寵愛されていました~

紀本明
キャラ文芸
妃嬪から嫌がらせを受けつつも耐え忍んでいた下っ端宮女の鈴風(りんふぁ)はある日突然前世の記憶を取り戻す。料理人になるのが夢だった彼女は、今世でもその夢を叶えようと決意した矢先、ぼさぼさ頭の宦官・雲嵐(うんらん)と出会い、毎晩夕飯をつくることになる。料理人になるべく奮闘するも、妃嬪からの嫌がらせはひどくなる一方だった。そんなある日、事件が起こり、鈴風は窮地に立たされるが……――?

同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」  クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。  だが、みんなは彼と楽しそうに話している。  いや、この人、誰なんですか――っ!?  スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。 「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」 「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」 「同窓会なのに……?」

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

処理中です...