簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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ノア王の心裏

王の旧友、王の過去 7

「さあ、着いたよ」
 ダニエラが両開きの白い扉を開け、室内に招き入れるように右手をあげた。開け放たれた戸口からはさわやかな花の香りがあふれ、出窓からの明るい日差しが、紫や緑の草花を鮮やかに照らしている。屋内だが開放的なサロンの風情ふぜいに、ベアトリスの気分も少しだけやわらいだ。
 窓際に置かれた白塗りの椅子にかけたダニエラは、揃いの色のテーブルを挟んだもう一対の椅子をベアトリスに勧めた。アリサとルーデルスは、開け放たれたままの扉の左右に立っている。
「あんたらも掛けなよ。どうせ誰も押し入って来やしないって」
 門番を決め込んでいたアリサとルーデルスに、ダニエラが声をかける。ふたりは一度ベアトリスのほうを向いて、彼女がうなずくとようやく、勧められたベンチに腰を下ろした。
「ちょっと待ってな。いまにヨハンナがアフタヌーンティーを持ってくるだろう」
「……レディ・ノルデンフェルト、お聞きしてよろしいですか?」
「ダニエラでいいよ」
「ダニエラさん、さきほど、姓をノルデンフェルト・エーベルゴードと名乗っておられましたが……」
「ああ、それね」
「それは私に原因がある」
 サロンの入り口には、小綺麗な白いシャツにベストを羽織ったフランシスが立っていた。フランシスは早足で歩き、ダニエラの隣りに椅子を引き寄せて座った。
「ずいぶん早かったね」
「早替えは間諜スピオネラとして必須の技能だったからな」
「ちょっと、いきなりその話をするのかい?」
「どうせノアから伝わっているだろう」
「……なんのお話です?」
 困ったような顔のベアトリスに、ダニエラとフランシスはぽかんとした顔を向けた。ダニエラが苦りきった顔で、肘でフランシスの脇腹をつつく。
「……ひょっとして、あたしらが夫婦だってことも聞いてないのかい?」
「はい。ご様子からは充分に察していますが」
「そりゃ結構。……でまあ、さっきの質問がそこに絡んでるわけだけど」
「そして私に原因があると言ったが……順を追って話すほうが分かりやすかろうな。四年前の一時期、私は間諜としてリードホルムの地下監獄に捕えられていたのだ」
「間諜……?」
「カッセル王にしてみれば、リードホルムの第二王子であるノアと親交のある私を、間諜などという仕事には就けなくなかったようだが……」
「信じられないだろ? 長子じゃないって言ってもカッセルきっての大貴族の息子がさ、他国に潜入して雑貨屋の真似まねごとをしてたんだよ」
「名もヨアキム・クロンクヴィストなどと偽ってな。……当時は、二国間の関係が今より険悪だったのだ」
「でもなぜ、そんな危険なことを……」
「あたしのためさ」
「ダニエラさんの?」
「あの頃ノルドグレーンは、いつまでもあたしを守護斎姫さいきとして幽閉し続けてたろ?」
「一体なぜそんな事態が続いているのか、自分の手で確かめようと思ってな。間諜はそのだ」
「それで身元を偽って、ヘルストランドに潜入していたと……?」
「それだけじゃないよ。四年前にあたしがノルドグレーンから逃げ出せたのは、ダーリン自身が幽閉先から脱走させてくれたからなんだ」
「す、すごい!」
 アリサが身を乗り出し、興奮して声を上げた。
「当時どの国も仲悪かったのに、恋人を救うために敵国に潜入するなんて……」
 うっとりした様子のアリサに、ダニエラも得意げに応じる。
「ふふん。だろ? そもそもあたしらは、その六年も前に婚約してたんだけどね」
「ああ……確かその、六年前の時点では、リードホルムの第二王女、ノアの妹にあたるリースベット様が次の守護斎姫となるはずだったのだが……」
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