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ノア王の心裏
氷解 6
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「そんな時代遅れの武人が最後に輝けたのは、ジュニエスの戦いですが……どちらの戦線に?」
かつて、間接的にではあってもベアトリスとノアが戦った場所の名に、ブリクストの目つきがわずかに険を帯びる。
「……お互い、その点については知らぬほうがよかろう。仮に、互いが各々にとって大切な者の仇であったとしても、我らは軽々に剣を向け合うわけにもゆかぬ立場にある者同士」
「なるほど、卓見ですね」
「我らが新しい時代を担う方々の枷となるのでは、なんのためにここにいるのか分からんではないか」
アルバレスは小さく鼻で笑い、懐から小さな本を取り出して組み合わせた脚の上に置いた。ブリクストは腕組みをして目をつぶり、なにか考え事をはじめたようだ。
「手間をおかけした。何しろ、此度同行してきた侍従の中にさえ、何人かは旧国王派の手の者がまぎれているのでは、と疑わねばならん身でね」
ノアはそう言いながら、フード付きの上着を脱いで衣桁に掛けた。
「……今日、視察についてきていた数人のうちの誰か……といったところでしょうか」
「おそらくな」
「厄介なものですわね」
「同行者の人選こそ私みずから行ったが、旧国王派から金を握らされたり脅されたりすれば、それに従わざるを得ない者もあるだろう。……まったく、王になると気軽に人と会うことさえままならん。最近は手紙さえ盗み見られているようだしな」
「不穏ですわね……門閥貴族たちが、そこまで神経を尖らせているというのは」
ノアは二日目以降、侍従たちには休暇を取るよう告げていた。だがそれでも数人、仕事熱心にノアとの帯同を申し出てくる者たちがいた。そのうちの誰かが、ノアと敵対する勢力から、彼の言動を報告するよう指示を受けていたのだろう。
「すまないな、今日のことでもしかすると、あなたの名に傷がつくことになるかも知れない」
「か、構いませんわ」
もともと政略結婚の話が出ている間柄です、という台詞をベアトリスは飲み込んだ。
ノルドグレーン最高議会で、海を漂う幽霊船のようにときどき姿を表すノアとベアトリスの政略結婚――その計画に進展があったように見せかけることで、ヴァルデマルを相手にしたチェスの盤面がひとつ進む。そうすることで、ここのところ政略結婚の話を出してこなくなったヴァルデマルの真意に近づくこともできるはずだ。
ノアに文机の椅子を勧め、ベアトリス自身は暖炉の前に置かれた椅子に座った。暖炉に火は焚かれておらず、少しだけひんやりとした空気が流れ込んでくる。
「さて、聡明なあなたならば、すでに察しているだろう。私がわざわざランバンデッドを視察先に選んだ理由を」
「ええ……」
ノアがにわかに本題を切り出してきた。
「エル・シールケルのことですね?」
「ああ。彼女らはもともと、優秀な鉱山技術者だ……それだけでもないがな。リードホルムにめぼしい鉱山がないからと言って、裏稼業だけに専念させるには惜しい。そこに、あなたが開発のための技術者を揃えられず、一年以上も鉱山を放置しているという話が舞い込んできた」
「……だからと言って、ずいぶんな仕打ちですのね」
「申し訳なかったと思っているよ。先程も言ったとおり、最近は手紙さえうかつに出せない状況なのでね。とはいえ、それでもあなたなら大丈夫だと思っていた」
「……え?」
「ジュニエスのあと、あなたはずいぶん変わられた」
「変わった、とは……?」
かつて、間接的にではあってもベアトリスとノアが戦った場所の名に、ブリクストの目つきがわずかに険を帯びる。
「……お互い、その点については知らぬほうがよかろう。仮に、互いが各々にとって大切な者の仇であったとしても、我らは軽々に剣を向け合うわけにもゆかぬ立場にある者同士」
「なるほど、卓見ですね」
「我らが新しい時代を担う方々の枷となるのでは、なんのためにここにいるのか分からんではないか」
アルバレスは小さく鼻で笑い、懐から小さな本を取り出して組み合わせた脚の上に置いた。ブリクストは腕組みをして目をつぶり、なにか考え事をはじめたようだ。
「手間をおかけした。何しろ、此度同行してきた侍従の中にさえ、何人かは旧国王派の手の者がまぎれているのでは、と疑わねばならん身でね」
ノアはそう言いながら、フード付きの上着を脱いで衣桁に掛けた。
「……今日、視察についてきていた数人のうちの誰か……といったところでしょうか」
「おそらくな」
「厄介なものですわね」
「同行者の人選こそ私みずから行ったが、旧国王派から金を握らされたり脅されたりすれば、それに従わざるを得ない者もあるだろう。……まったく、王になると気軽に人と会うことさえままならん。最近は手紙さえ盗み見られているようだしな」
「不穏ですわね……門閥貴族たちが、そこまで神経を尖らせているというのは」
ノアは二日目以降、侍従たちには休暇を取るよう告げていた。だがそれでも数人、仕事熱心にノアとの帯同を申し出てくる者たちがいた。そのうちの誰かが、ノアと敵対する勢力から、彼の言動を報告するよう指示を受けていたのだろう。
「すまないな、今日のことでもしかすると、あなたの名に傷がつくことになるかも知れない」
「か、構いませんわ」
もともと政略結婚の話が出ている間柄です、という台詞をベアトリスは飲み込んだ。
ノルドグレーン最高議会で、海を漂う幽霊船のようにときどき姿を表すノアとベアトリスの政略結婚――その計画に進展があったように見せかけることで、ヴァルデマルを相手にしたチェスの盤面がひとつ進む。そうすることで、ここのところ政略結婚の話を出してこなくなったヴァルデマルの真意に近づくこともできるはずだ。
ノアに文机の椅子を勧め、ベアトリス自身は暖炉の前に置かれた椅子に座った。暖炉に火は焚かれておらず、少しだけひんやりとした空気が流れ込んでくる。
「さて、聡明なあなたならば、すでに察しているだろう。私がわざわざランバンデッドを視察先に選んだ理由を」
「ええ……」
ノアがにわかに本題を切り出してきた。
「エル・シールケルのことですね?」
「ああ。彼女らはもともと、優秀な鉱山技術者だ……それだけでもないがな。リードホルムにめぼしい鉱山がないからと言って、裏稼業だけに専念させるには惜しい。そこに、あなたが開発のための技術者を揃えられず、一年以上も鉱山を放置しているという話が舞い込んできた」
「……だからと言って、ずいぶんな仕打ちですのね」
「申し訳なかったと思っているよ。先程も言ったとおり、最近は手紙さえうかつに出せない状況なのでね。とはいえ、それでもあなたなら大丈夫だと思っていた」
「……え?」
「ジュニエスのあと、あなたはずいぶん変わられた」
「変わった、とは……?」
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