簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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ノア王の心裏

凪の終わり 2

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 フィスカルボ諍乱じょうらんの際、ラーゲルフェルトは不審な監視の目、尾行を察知して、さまざまな安全策を講じていた。だがそのとき彼を尾行していたのは、情報収集のためフィスカルボに潜入していたノアの配下だったのだ。
 ラーゲルフェルトは監視者の正体を、――当時ベアトリスと敵対していた――イェルケル・オットソンの配下だろうと見当をつけていた。ベアトリスやアルバレスもその意を迎え、フィスカルボでの行動は慎重を旨としている。だがどうやら、オットソンは存外なことに、綿密な根回しや水面下での交渉をよくする人物ではなかったようだ。
 ベアトリスは数ヶ月前、オットソンを計算高い人物だと思い込み、彼の採った決闘という手段によって思わぬ痛手をこうむった。その認識が、ここで正しく改められたのだった。
「あなたの麾下きかに面白い男がいると聞いてね。すこし調べさせていた」
「……あの状況でノア様が絡んでいるとは、ラーゲルフェルトも私も考えられませんでしたわ」
「歳は彼のほうが上のようだが、先生の謦咳けいがいに接したのは私のほうが先、兄弟子というわけだ」
 ノアは得意げな顔で、テーブルに広げた本のページをひとつめくった。

 白樺しらかばの葉のすき間から柔らかな木漏こもれ日の差す中庭で、ノアがテーブルに本を広げ、その肩越しにベアトリスが覗き込む。ベアトリスの髪がノアの頬にかかりそうに流れ、ベアトリスは右手で肩にかきあげた。その様子を遠巻きに眺めていたアルバレスが、ご満悦といった様子で鼻を鳴らす。
「実に絵になりますね。この町から出た二人を何が待ち受けていようと、いまこのときは神が祝福していますよ」
「また歯の浮くようなことばっかり言って」
「おやアリサ、主公しゅこう様が美しくないと?」
「そんなわけないです」
「そうでしょう。それにノア王もなかなかのものです。ふたり並ぶと、月と太陽の双子神アルテミスとアポロンもかくやといった風情ですね」
「そこも認めてますよ」
「じゃあ何です」
「いや、隊長どうせこの光景を、どこかの暇を持て余した貴婦人とか口説くときの話の種として使うんでしょ?」
「……」
「否定しないんですね!」
「……あなたは自ら剣を取るよりも、人の行動を予測して戦略を立てるほうが向いていそうですね、アリサ」
 アルバレスの意図はともかく、清爽せいそうたる夏の日差しの下にたたずむベアトリスとノアの姿には、たしかに現実離れした優美さがあふれていた。

 一方、神話世界の住人のようなふたりは、神代じんだいの物語をずいぶん批判的な目で読み進めていた。ノアが広げていた古い本のページには、「ラミア伝」と題された怪物の物語が挿絵さしえ入りで記されている。
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