簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

文字の大きさ
224 / 281
簒奪女王

王の隣人たち 1

しおりを挟む
 リードホルムの氷河王ノアとグラディスの宝石ベアトリス――ふたりの婚姻からひと月が過ぎようとしていた。ノアは結婚前と全く変わらぬ様子で、政務に忙殺ぼうさつされる日々を送っている。
 リードホルムの内政に関してベアトリスはほとんど蚊帳かやの外だが、これは結婚直前まで家門存亡の窮地にあった彼女に対してノアが配慮した結果でもある。そうではあるのだが、当のベアトリスはノルドグレーン――ヴァルデマルへの対応に専念することは叶わなかった。
 かつてベアトリスの本拠地だったグラディスは、今や対ノルドグレーンの最前線となった。そこから、現在ベアトリスが身を置くリードホルム王国の首都ヘルストランドは遠く離れすぎている。距離という足かせによって、できることは大きく制限されているのだ。
 ランバンデッドとグラディスの間で情報伝達に活躍した伝書鳩も、ヘルストランドまでの航路を飛ぶ訓練をさせた鳩はいない。また、グラディスの運営を委任したエディット・フォーゲルクロウとグスタフソン連隊に任せておけば、少なくとも冬の間は大事に至ることはないだろう――この安心感が、対ノルドグレーン戦略におけるベアトリスの切迫感を低減させていた。
 こうしてベアトリスには、思いがけない精神の余裕と時間の猶予ゆうよがもたらされた。無論ベアトリスはこの寸暇すんかを無駄にはしない。図書省のサンテソン長官や軍務省のミュルダール長官のもとに自ら通い、リードホルムの政治機構や、その要路に立つ人物についての理解を深めるための時間に充てることにしていた。リードホルムの内務に精通すれば、ノアの両肩にのしかかる多大な政務のいくつかを、いずれ肩代わりすることもできるだろう。

 ある日の午後、ベアトリスは侍従じじゅうたちを招いてのアフタヌーンティーを準備させていた。これも単なる娯楽ではなく、侍従たちの視点からしか見えない情報を得るため、という側面もある。
 だがそこに、ノアが会議をひとつ終えて午後は予定がない、という話が舞い込んできた。ベアトリスはノアの体調を案じつつも、茶会への同席を申し入れた。それは無事に認められ、ティーセットや焼き菓子を載せた三段式スタンドがノアの休憩室に運び入れられることになった。
 夕方などには仮眠を取っていることが多いノアだったが、誘いに乗っただけあって顔色もよく、無理をしている様子はない。穏やかに紅茶を口にするノアに、ベアトリスは問いかけるように軽い愚痴ぐちを言った。
「やっと儀礼めいた門閥貴族との面会が落ち着いたと思ったら、今度はいろいろな物が届くようになりましたわ」
「いろいろなもの……?」
 この頃ベアトリスのもとに、結婚祝いの品という名目で、主として反国王派の貴族たちから相次いで貢物みつぎものが届けられていた。ベアトリスとしては、軽々けいけいに受け取るべきか判断に迷うところがあり、ノアの知恵を借りたかったのだ。
「なるほど……隔世かくせいの感があるな。別に皮肉で言うのではないが、私の即位時にはそのような献呈品はごく少数だったのだ。皮肉にしか聞こえないだろうが」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~

放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」 最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!? ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...