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簒奪女王
悠遠の果て 1
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リードホルム王宮を炎で包んだ後宮勢力の反乱は、のちに「終焉の乱」と呼称されるようになった。前王の時代と、その象徴とも言える時の黎明館が雲上人の不夜城でなくなったことを端的に表す呼び名だ。また歴史家の視点では、これ以後リードホルム王国はまったく新しい時代に突入する。その転換点ともなった出来事でもあった。
炎の下から永久凍土が姿を現したような夜のあと、ベアトリスは心身の不調を訴えて寝込んでいた。肉体の不調は冬空に水をかぶって走り回ったことの報いだろうが、精神においては、ノアが目の前でラーシュを惨殺した衝撃こそ要因だろう。
ベッドに横になり、見慣れた天蓋、見慣れた部屋、見慣れた女中たちの顔なのに、ここにいると自らに誓ったはずなのに、ベアトリスはどこか別の世界にいるように、現実から遊離した気持ちでぼんやりしていた。
事件から三日後、身体的な不調だけはいくらか回復した頃に、エステル・マルムストレムがベアトリスの部屋を訪れた。といっても、友人の見舞いに気軽に顔を見せたというのではなく、看護のために療養食を持ってきたのだ。
「お加減はいかがですか、王妃様」
「エステル・マルムストレム……あなたなの?」
やや芝居がかったエステルの声を聞いて、ベアトリスは塞いでいた気持ちが少しだけ和らいだ。終焉の夜に目にしたことを今まで誰にも話せず、ただベッドで鬱々と過ごしていたのだ。ノア以外であの夜のことを話せそうな相手は、王宮にはおそらくエステルしかいない。
味は薄いがハーブが香るえんどう豆のポタージュスープを飲み終えたベアトリスは、ようやく重い口を開く気力が湧いてきた。
「……エステル、あなたの子どもたちと同じくらいの、ラーシュという子を知っているかしら?」
「いいえ。直接には」
「間接的には知っているのね」
「ノア様から聞いたことはあります。悲しい子でした。その最期まで」
「今となっては、そうとしか言いようがないわね……」
「王妃様、ノア様はその……本当にラーシュを、自らの手で?」
「ええ」
「まだちょっと信じられないわ……ノア様はラーシュのことを、争うことしか教えられず育てられた獣のようだ、と哀れんでいたわ。彼に罪があったとしても、助命してリードホルムを追放する程度で済ますんだろうと思っていたけど……」
「私もこうしてぼんやり考えていて気づいたのだけれど……ラーシュは過去に一度、すでに大赦を受けているのよ」
「……すでに、って?」
「ラーシュは、三年前にリードホルム王家に背いて滅亡したアッペルトフト公爵家の血筋に連なっているわ。本来ならば、前王の妹にして彼の母、アッペルトフト公爵夫人エヴェリーナとともに、三年前の時点でラーシュは死罪になっていたはず」
「ああ、それをノア様が助けたんだ……」
「エヴェリーナには蟄居を命じ、ラーシュは後宮に閉じ込めてね。だけど……ノア様がああしたのは、二度目だから許すことができなかった、というのじゃないわ」
炎の下から永久凍土が姿を現したような夜のあと、ベアトリスは心身の不調を訴えて寝込んでいた。肉体の不調は冬空に水をかぶって走り回ったことの報いだろうが、精神においては、ノアが目の前でラーシュを惨殺した衝撃こそ要因だろう。
ベッドに横になり、見慣れた天蓋、見慣れた部屋、見慣れた女中たちの顔なのに、ここにいると自らに誓ったはずなのに、ベアトリスはどこか別の世界にいるように、現実から遊離した気持ちでぼんやりしていた。
事件から三日後、身体的な不調だけはいくらか回復した頃に、エステル・マルムストレムがベアトリスの部屋を訪れた。といっても、友人の見舞いに気軽に顔を見せたというのではなく、看護のために療養食を持ってきたのだ。
「お加減はいかがですか、王妃様」
「エステル・マルムストレム……あなたなの?」
やや芝居がかったエステルの声を聞いて、ベアトリスは塞いでいた気持ちが少しだけ和らいだ。終焉の夜に目にしたことを今まで誰にも話せず、ただベッドで鬱々と過ごしていたのだ。ノア以外であの夜のことを話せそうな相手は、王宮にはおそらくエステルしかいない。
味は薄いがハーブが香るえんどう豆のポタージュスープを飲み終えたベアトリスは、ようやく重い口を開く気力が湧いてきた。
「……エステル、あなたの子どもたちと同じくらいの、ラーシュという子を知っているかしら?」
「いいえ。直接には」
「間接的には知っているのね」
「ノア様から聞いたことはあります。悲しい子でした。その最期まで」
「今となっては、そうとしか言いようがないわね……」
「王妃様、ノア様はその……本当にラーシュを、自らの手で?」
「ええ」
「まだちょっと信じられないわ……ノア様はラーシュのことを、争うことしか教えられず育てられた獣のようだ、と哀れんでいたわ。彼に罪があったとしても、助命してリードホルムを追放する程度で済ますんだろうと思っていたけど……」
「私もこうしてぼんやり考えていて気づいたのだけれど……ラーシュは過去に一度、すでに大赦を受けているのよ」
「……すでに、って?」
「ラーシュは、三年前にリードホルム王家に背いて滅亡したアッペルトフト公爵家の血筋に連なっているわ。本来ならば、前王の妹にして彼の母、アッペルトフト公爵夫人エヴェリーナとともに、三年前の時点でラーシュは死罪になっていたはず」
「ああ、それをノア様が助けたんだ……」
「エヴェリーナには蟄居を命じ、ラーシュは後宮に閉じ込めてね。だけど……ノア様がああしたのは、二度目だから許すことができなかった、というのじゃないわ」
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