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簒奪女王
悠遠の果て 7
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「壊されたいのですね。ある血筋が、王という地位が、国を統べる権利を神から与えられている、という幻想を」
「そうだ。だが、まだまだ願望混じりの言葉でしかなかったな……」
「私、これでも知っていますのよ。その具体的な方法を」
「ほう、興味深いな。……私が考えているのと同じだと嬉しいのだが」
「おそらく同じですわ。ノア様も若かりし頃に学ばれたはず」
「やはりそうか」
「はい。議会を作り、王権を議会に割譲なさってください。そして憲法を作り、王と議会の権力に制約を設けてください」
ノルドグレーン出身のベアトリスにしてみれば、この考え方はごく慣れ親しんだものだった。
リードホルム王国の属領からはじまったノルドグレーン公国は、ジグフリードソン大公によって一度は王権を廃し、議会制を打ち立てたのだ。もっとも、それも今では過去の栄光と成り果ててしまった。ヴァルデマル・ローセンダールが、自身が国王同然となる権力体制を作り上げ、ベアトリスを放逐したのだから。
「なるほど。あなたはこのリードホルムに故国で失われた議会制を再興し、第二のノルドグレーンにしようというのだな」
「え、そんなことは……」
「冗談だ」
「相変わらずお人が悪い!」
「ふふ」
機嫌が良いなら良いで、悪いなら悪いなりの皮肉を言う――終焉の夜のあとだというのに、この点でノアに変わったところはない。
「ただ、議会については、ただ作るだけでは不足だ」
「憲法があっても、ですか?」
「ああ。まずわが国には、その担い手がいない。養成するにしても一朝一夕にはゆくまい。だが対岸を見るとどうかな」
「対岸?」
「ノルドグレーンにおいてあなたも、まったくの孤立無援だったわけではなかろう?」
「なるほど……。程度の差こそあれ、私に友好的だった開明派の国民議会議員や学者たち……彼ら彼女らはいま、ヴァルデマルの権勢に圧されて職を解かれ、無聊を託つているはずです……そういった者たちを登用しようというのですか」
「能力においては申し分ないだろう」
「そこまでお考えだったのですね……」
ノアは意地の悪い微笑を浮かべた。
「そうは言っても、これにもまだ粗漏がある。彼らには能力はあっても、リードホルムのために働くなどという意欲はない」
「それは、確かに」
「だが例えば、ノルドグレーン諸侯の連合軍がリードホルム王家とグラディス・ローセンダールの軍に大敗し、ついに公国の独立性が保てなくなったとしたら、彼らはどう思うかな。共和制の存続に失敗し、そのかけがえのなさにようやく気づいて、歯噛みする者も少なくないのではないか?」
「……まさか、そんな者たちが、リードホルム内にノルドグレーンの栄光、すなわち議会を作ろうとする、と?」
「自身が奉じていた制度の正しさを、違った場所で実証するためにな」
まだまだ国力においては劣位にあるリードホルムが、ノルドグレーンを打ち負かす――さきほどまでと違って一分の皮肉も込められていないノアの言葉に、ベアトリスは戦慄を覚えた。
少なくともノアは国王として、平衡感覚を欠いた為政者ではない。一体何が彼にこんな大言壮語をさせるのだろう。ノアの表情には皮肉めいた冷笑や自暴自棄の陰はなく、ただ真摯で深刻なひとりの青年がそこにいる。
「……知っているか? 私の妹が、何に殺されたか」
「妹……リースベットさんが?」
「そうだ」
「そうだ。だが、まだまだ願望混じりの言葉でしかなかったな……」
「私、これでも知っていますのよ。その具体的な方法を」
「ほう、興味深いな。……私が考えているのと同じだと嬉しいのだが」
「おそらく同じですわ。ノア様も若かりし頃に学ばれたはず」
「やはりそうか」
「はい。議会を作り、王権を議会に割譲なさってください。そして憲法を作り、王と議会の権力に制約を設けてください」
ノルドグレーン出身のベアトリスにしてみれば、この考え方はごく慣れ親しんだものだった。
リードホルム王国の属領からはじまったノルドグレーン公国は、ジグフリードソン大公によって一度は王権を廃し、議会制を打ち立てたのだ。もっとも、それも今では過去の栄光と成り果ててしまった。ヴァルデマル・ローセンダールが、自身が国王同然となる権力体制を作り上げ、ベアトリスを放逐したのだから。
「なるほど。あなたはこのリードホルムに故国で失われた議会制を再興し、第二のノルドグレーンにしようというのだな」
「え、そんなことは……」
「冗談だ」
「相変わらずお人が悪い!」
「ふふ」
機嫌が良いなら良いで、悪いなら悪いなりの皮肉を言う――終焉の夜のあとだというのに、この点でノアに変わったところはない。
「ただ、議会については、ただ作るだけでは不足だ」
「憲法があっても、ですか?」
「ああ。まずわが国には、その担い手がいない。養成するにしても一朝一夕にはゆくまい。だが対岸を見るとどうかな」
「対岸?」
「ノルドグレーンにおいてあなたも、まったくの孤立無援だったわけではなかろう?」
「なるほど……。程度の差こそあれ、私に友好的だった開明派の国民議会議員や学者たち……彼ら彼女らはいま、ヴァルデマルの権勢に圧されて職を解かれ、無聊を託つているはずです……そういった者たちを登用しようというのですか」
「能力においては申し分ないだろう」
「そこまでお考えだったのですね……」
ノアは意地の悪い微笑を浮かべた。
「そうは言っても、これにもまだ粗漏がある。彼らには能力はあっても、リードホルムのために働くなどという意欲はない」
「それは、確かに」
「だが例えば、ノルドグレーン諸侯の連合軍がリードホルム王家とグラディス・ローセンダールの軍に大敗し、ついに公国の独立性が保てなくなったとしたら、彼らはどう思うかな。共和制の存続に失敗し、そのかけがえのなさにようやく気づいて、歯噛みする者も少なくないのではないか?」
「……まさか、そんな者たちが、リードホルム内にノルドグレーンの栄光、すなわち議会を作ろうとする、と?」
「自身が奉じていた制度の正しさを、違った場所で実証するためにな」
まだまだ国力においては劣位にあるリードホルムが、ノルドグレーンを打ち負かす――さきほどまでと違って一分の皮肉も込められていないノアの言葉に、ベアトリスは戦慄を覚えた。
少なくともノアは国王として、平衡感覚を欠いた為政者ではない。一体何が彼にこんな大言壮語をさせるのだろう。ノアの表情には皮肉めいた冷笑や自暴自棄の陰はなく、ただ真摯で深刻なひとりの青年がそこにいる。
「……知っているか? 私の妹が、何に殺されたか」
「妹……リースベットさんが?」
「そうだ」
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