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離しきれない
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◇
背にあたたかな感触。
私は抱えていた薬草の入ったかごを、落とさないように机の上に置いた。
「リルフィア」
少し低くなった声。すがりつくように、強く抱きしめてくる腕。
「ラレス」
見返りながら、私は近い距離にいる、灰色の髪を後ろにくくった、蒼い眼の少年に話しかける。
――気づけばこんなに大きくなって……。
最近では互いの頭の位置が近くなってきていることに気づいて、子供の成長の速さに驚きが隠し切れない。
「リルフィア、リルフィア」
心地よい聞き慣れた呼び声。
全然抱きつき癖が抜けない。それなりに大きくなればと思っていたけれど、同じくらいの背丈になっても、そのまま――中身は小さいままなのだろう。甘えん坊だ。
「リルフィアはおれのだ」
ぐりぐりと頭を擦り寄せてくる。本当、いつまで経っても子供だ。こんなに大きくなったのに。
――本当、大きくなった……。
道端で、フードを目深に被った子供がついてきて、それを追い返し切れず、ついついで育ててしまった。
その中身は、小さくか弱そうだったのに――
人の子の成長の速さに、驚いてしまう。
自分の腰ほども背丈がなかったというのに、ぐんぐん伸びて、もうしばらくすれば、私の背を越えるかもしれない。
小さな子供が可愛かっただけに、少し残念な気もするけれど、大きくなっても、中身が変わらずで、困ったものだと思う。
「何言ってるの?」
綺麗な蒼の瞳。蒼穹の色だ。
ラレスは私の碧の瞳の方が綺麗だと言ってくれるけれど――
大きな瞳。抜けるような遠い空の蒼に目が吸い寄せられ、遠い記憶が揺さぶられる。遥か遠い、もう遠いもの――
「ラレス」
顔立ちも綺麗な子だったけれど、端正な顔立ちに気付けばなっていって。
どこか思い込みなのかもしれないけれど、似てきているようなそんな気がして、思いを振り払うように頭を振る。
「あんなに小さかったのに」
可愛かった子供が、背も伸び、大人びてきている。
伸びた手足もしっかりしてきているし、声も低くなった。狩りや薬草摘みや家の手伝いもよくしてくれる。
親代わりなのだろうけれど、こんなふうに抱きついてきて、たまにどきりとする。
頬を擦り寄せてくる。肌の感触が子供から大人へと変わっていく。
私は、ラレスに、ストップをかける。
意識するのもどうかと思うけれど、小さかった時のままとは段々違ってくるのだからと思う。
人の子というものの距離がよく掴めない。
「ラレス、いい加減離れなさい」
「嫌だ」
イヤイヤ期はきているみたいだけれど、抱きついたり、頭を擦り寄せたりとかは嫌にならないみたいで。
でもこうずっと抱きついたままも困る。
「リルフィアはおれの」
「はいはい、ラレスのだから離れてね」
寂しいのだろう。きっと。いつだって肯定するまで離れない。
私も片手で、トントンとラレスの体を軽くたたく。
もっとと言わんばかりに抱きついてくるラレスに嘆息しながらも、望まれているみたいな自分に少し安心していなくもない。
いつかは離れていくだろうし、離れるものだから――
それでも、今はこうして望まれているのだから、望んでいてくれるのだろうから。このままで。もう少し、でもつらくなるから、このぬくもりを引き離したくて、でも引き離せなくて。
すがりつく腕を振り払い切れない。いつかは居なくなってしまうというのに……。
「リルフィアは全然変わらない」
「ラレスよりずっと長く生きているわよ」
髪をすくように撫でる。目を閉じて気持ち良さそうにしているラレス。
「リルフィア、待っていて。早く早く大きくなって、リルフィアを護るから。おれが護る。ずっとの約束だ」
ずっとなんてないのに、それでも思ってくれる気持ちは嬉しい気がする。
大きくなったのだから、人里にかえしてしまえばいいというのに、結局もう少しもう少しと手元においてしまっている。
初めて顔を見た時、あの人のような、蒼の瞳に目を奪われた。
顔立ちも似ているような気がする。気のせいだろうけれど。
そんなはずないのに。ないというのに。
だからだろうか。追い返し切れず、つい一緒にいてしまった。
ひとりきりの寂しさに負けて、つらくなるだけなのに、ついそばに寄せてしまったぬくもりが、愛おしくて。
離しきれない。
望むことが間違いだというのに。
「リルフィアは笑っていて。おれだけを見て笑っていて」
考えに沈み込みそうな私をひっぱりあげるように、腕に力を込めてくる。痛くはない。痛くはないけれど、心地よくて――不安になる。
失ってしまう未来に。
距離を離してしまえば、忘れてしまえるだろうか。
遠く過ぎ去った時の中のあの人の面影が脳裏によぎり、胸が痛んだ。
「リルフィア、好きだよ」
ぬくもりが後ろから抱きしめる。あたたかくて、それでいてしがみつくような思いを感じて、苦笑する。
――もう少し、もう少しだけ。
あたたかなぬくもりと共にいたい。望んでくれている間だけ。
end
背にあたたかな感触。
私は抱えていた薬草の入ったかごを、落とさないように机の上に置いた。
「リルフィア」
少し低くなった声。すがりつくように、強く抱きしめてくる腕。
「ラレス」
見返りながら、私は近い距離にいる、灰色の髪を後ろにくくった、蒼い眼の少年に話しかける。
――気づけばこんなに大きくなって……。
最近では互いの頭の位置が近くなってきていることに気づいて、子供の成長の速さに驚きが隠し切れない。
「リルフィア、リルフィア」
心地よい聞き慣れた呼び声。
全然抱きつき癖が抜けない。それなりに大きくなればと思っていたけれど、同じくらいの背丈になっても、そのまま――中身は小さいままなのだろう。甘えん坊だ。
「リルフィアはおれのだ」
ぐりぐりと頭を擦り寄せてくる。本当、いつまで経っても子供だ。こんなに大きくなったのに。
――本当、大きくなった……。
道端で、フードを目深に被った子供がついてきて、それを追い返し切れず、ついついで育ててしまった。
その中身は、小さくか弱そうだったのに――
人の子の成長の速さに、驚いてしまう。
自分の腰ほども背丈がなかったというのに、ぐんぐん伸びて、もうしばらくすれば、私の背を越えるかもしれない。
小さな子供が可愛かっただけに、少し残念な気もするけれど、大きくなっても、中身が変わらずで、困ったものだと思う。
「何言ってるの?」
綺麗な蒼の瞳。蒼穹の色だ。
ラレスは私の碧の瞳の方が綺麗だと言ってくれるけれど――
大きな瞳。抜けるような遠い空の蒼に目が吸い寄せられ、遠い記憶が揺さぶられる。遥か遠い、もう遠いもの――
「ラレス」
顔立ちも綺麗な子だったけれど、端正な顔立ちに気付けばなっていって。
どこか思い込みなのかもしれないけれど、似てきているようなそんな気がして、思いを振り払うように頭を振る。
「あんなに小さかったのに」
可愛かった子供が、背も伸び、大人びてきている。
伸びた手足もしっかりしてきているし、声も低くなった。狩りや薬草摘みや家の手伝いもよくしてくれる。
親代わりなのだろうけれど、こんなふうに抱きついてきて、たまにどきりとする。
頬を擦り寄せてくる。肌の感触が子供から大人へと変わっていく。
私は、ラレスに、ストップをかける。
意識するのもどうかと思うけれど、小さかった時のままとは段々違ってくるのだからと思う。
人の子というものの距離がよく掴めない。
「ラレス、いい加減離れなさい」
「嫌だ」
イヤイヤ期はきているみたいだけれど、抱きついたり、頭を擦り寄せたりとかは嫌にならないみたいで。
でもこうずっと抱きついたままも困る。
「リルフィアはおれの」
「はいはい、ラレスのだから離れてね」
寂しいのだろう。きっと。いつだって肯定するまで離れない。
私も片手で、トントンとラレスの体を軽くたたく。
もっとと言わんばかりに抱きついてくるラレスに嘆息しながらも、望まれているみたいな自分に少し安心していなくもない。
いつかは離れていくだろうし、離れるものだから――
それでも、今はこうして望まれているのだから、望んでいてくれるのだろうから。このままで。もう少し、でもつらくなるから、このぬくもりを引き離したくて、でも引き離せなくて。
すがりつく腕を振り払い切れない。いつかは居なくなってしまうというのに……。
「リルフィアは全然変わらない」
「ラレスよりずっと長く生きているわよ」
髪をすくように撫でる。目を閉じて気持ち良さそうにしているラレス。
「リルフィア、待っていて。早く早く大きくなって、リルフィアを護るから。おれが護る。ずっとの約束だ」
ずっとなんてないのに、それでも思ってくれる気持ちは嬉しい気がする。
大きくなったのだから、人里にかえしてしまえばいいというのに、結局もう少しもう少しと手元においてしまっている。
初めて顔を見た時、あの人のような、蒼の瞳に目を奪われた。
顔立ちも似ているような気がする。気のせいだろうけれど。
そんなはずないのに。ないというのに。
だからだろうか。追い返し切れず、つい一緒にいてしまった。
ひとりきりの寂しさに負けて、つらくなるだけなのに、ついそばに寄せてしまったぬくもりが、愛おしくて。
離しきれない。
望むことが間違いだというのに。
「リルフィアは笑っていて。おれだけを見て笑っていて」
考えに沈み込みそうな私をひっぱりあげるように、腕に力を込めてくる。痛くはない。痛くはないけれど、心地よくて――不安になる。
失ってしまう未来に。
距離を離してしまえば、忘れてしまえるだろうか。
遠く過ぎ去った時の中のあの人の面影が脳裏によぎり、胸が痛んだ。
「リルフィア、好きだよ」
ぬくもりが後ろから抱きしめる。あたたかくて、それでいてしがみつくような思いを感じて、苦笑する。
――もう少し、もう少しだけ。
あたたかなぬくもりと共にいたい。望んでくれている間だけ。
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